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32.王女退場


 騎士たちに抑え込まれたコンスタンスが連れていかれた場所は小さめの談話室。

 大国らしく最高級の調度品が並び、普段なら心地の良い部屋なのだろう。だが今この部屋には、王太子ライアン、王弟マシュー、そしてオーランドの三人の王族がいる。護衛は二人だが、立っているだけでも気力が必要なほど威圧感があった。


 誰もがコンスタンスに座るように勧めない。罪人のように立たされたままだ。頭が混乱して何も言えないコンスタンスはその場に立っていた。

 ライアンはひどく冷たい眼差しでコンスタンスを見据えていた。表情は穏やかだが、その眼差しに込められているのは怒りだ。


「さて、コンスタンス王女。可能な限り最速で貴女の国へ戻る手配をする。その間、離宮の部屋から出ることを禁止する」

「なぜ帰らなくてはならないのですか? わたくしはオーランド王子と結婚するのです」


 掠れた声できっぱりと拒絶する。ライアンはコンスタンスの主張に、眉を寄せた。


「あれほどのことをしたにもかかわらず、理由はわからないという事か?」

「あれほど、って。たかが平民に婚約破棄、いえ離縁するようにお願いをしただけでしょう? わたくしのお願いを拒否するからいけないのよ」

「ほう、平民にね。しかも殺されそうになるのも当然だと」


 ライアンの心証はますます悪くなっていく。

 やれやれといわんばかりに、オーランドがため息をついた。


「コンスタンス王女、君の言葉は王太子である兄上よりも上なのか」

「そんなつもりは」

「兄上が祝福した。祝福された夫婦に離縁を要求する行為は、そんなつもりではなかったという言葉では済まされない」


 コンスタンスは唇を噛みしめた。祖国にいた時、兄の決定をよく我儘でなかったことにしたことが何度もある。大抵は許されてきた。


「ごめんなさい、そういうつもりじゃなかったの。わたくしは、ただ侍女のバイオレットを幸せにしたくて。お兄さまだったら、きっと許してくれるから」


 コンスタンスは帰国命令を撤回させようと、気持ちを伝えた。ライアンは煩そうにコンスタンスを見る。


「ほう、祖国でも王太子の言葉を自分の気持ちだけで撤回させてきたのか」

「えっと、そうではなくて。お兄さまが勝手に」


 言い訳をしている声が小さくなる。流石のコンスタンスもこれはまずい言い訳だと気が付いた。だけども、他にいい言い訳が思いつかない。


「この国では序列は重要だ。それが理解できない、そう振舞えないのであれば、王族の妃になることを認められない。そもそも、言うことを聞かないから殺せばいいという感性がわからない。貴女は民を何だと思っているんだ」


 厳しい言葉に、コンスタンスは涙が浮かんだ。これほどきつく咎められたことは今までになかった。姉以外の家族はコンスタンスにとても甘く、悪いことでも困った顔で窘める程度。

 沈黙したところで、ノックの音が響いた。ライアンが許可を出せば、扉が開く。


「コンスタンス殿下!」


 飛び込んできたのはクーパー伯爵だ。彼は気の毒なぐらい真っ青だ。コンスタンスと三人の王族を見て、何か不味いことをやらかしたのだと理解した。


「一体……何をしたのでしょうか?」


 事情を知らずに呼びされたクーパー伯爵はとにかく理由を知ろうと、震える声で問う。それに対して、マシューが答えた。


「コンスタンス王女は自分の侍女とオーランドの護衛騎士を結婚させたいがため、護衛騎士の妻を殺そうとした」

「何ですと!」


 驚愕に、クーパー伯爵は目を大きく見開いた。信じられない思いでコンスタンスを見る。彼女は拗ねたような顔をした。


「だって、バイオレットに幸せになってもらいたくて。あの人だって悪いのよ、わたくしの希望に頷かないから」

「な、なんてことをしたんですか……」


 クーパー伯爵はコンスタンスの少しも反省していない口ぶりに崩れ落ちた。マシューが他国の二人を眺め、話した。


「そちらの国ではどうか知らないが、そもそも近衛騎士の結婚には様々な制約がある。婚姻するためには王族の許可が必要なこと、近衛騎士の妻は三代遡っても、この国の民であること、この二つが決められている」

「三代?」


 コンスタンスはよくわからなかったのか、首を傾げた。


「そうだ。間諜を入れないためだ。当然、王女の懇意にしている侍女は絶対に婚姻が認められない。もっとも、ヒューバートがそれでも結婚したいと、近衛騎士をやめるのなら可能だが」

「そんな」


 自分が夢見たことはそもそも実現できないことだった。ようやくそのことに思い至って、顔色を悪くする。


「どちらにしろ、コンスタンス王女との婚約は白紙にする。荷物をまとめ、早急に帰国されよ」

「わかりました。ご迷惑をおかけしました」


 茫然としていたクーパー伯爵は我に返ると、そう頭を下げた。ライアンとしても表沙汰にするつもりはなった。素直に帰国するならそれでいい。


「王女との婚約は正式なものではなかった。公にしていたら、明確な罰を下すことになったが、今回は二人の追放という形で手仕舞にしたい。外交については、のちに話し合おう」

「追放!?」


 強い言葉に、コンスタンスが悲鳴を上げる。ライアンは表情を変えることなく頷いた。


「王女と侍女は二度とこの国に入れないだけだ。国に戻れば、表には出られなくともそれなりに生きていけるだろう。後の処罰については、そちらの国で行ってもらえばいい」

「温情、ありがとうございます」


 クーパー伯爵は深々と頭を下げた。

 それを受け入れてから、王太子が護衛騎士に合図する。コンスタンスは慌ててライアンに縋ろうとした。だが、それはオーランドによって遮られる。


「貴女も王女としての矜持があるのだろう。貴人らしく、従ってくれ」


 そう言われてしまえば、言葉を紡ぐことができない。

 クーパー伯爵に促されて、コンスタンスは談話室から退出した。


 気が付けば、離宮の居間にいた。慌ただしく、荷造りがされていく。コンスタンスはソファーに腰を下ろし、その様子をぼんやりと見ていた。

 この国に来た時は最小限の荷物であったが、この二か月で随分と増えた。それもすべて持っていくことを許されているのか、どんどんとまとめられていく。

 忙しく働く侍女たちの中にバイオレットがいないことに気が付いた。


「ねえ、バイオレットはどこ?」

「バイオレットなら、別室で待機しています」

「そう」


 待機、つまり閉じ込められているのだ。余計なことをこれ以上しないように。

 国に戻っても、二度とバイオレットと顔を合わせることはないだろう。それに、コンスタンスもどうなるのかわからない。甘い両親ならば、修道院へ閉じ込めるぐらいだろうが、兄はどう行動するかわからない。


 余りにも見通せない未来に、コンスタンスは体を震わせた。自然と後悔の涙が零れ落ちる。


「どうしてこんなことになってしまったの? わたくしはただ……」


 祖国よりも強くて豊かな国の王子妃となって。

 誰もが傅いて。

 誰よりも華やかな世界で暮らしたかっただけなのに。

 ついでにバイオレットも幸せになれたらと。


 己の無知が、自ら掴んだ未来を壊してしまった。

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