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30.夜会1

 ヒューバートを見送った後、エレオノーラは笑みを消し、息を吐いた。

 笑顔で見送ったものの、このような場所で一人でいるのはとても心細い。もっと夜会慣れしていれば、一人でいてもなんてことはなかったのかもしれない。楽な方へ流れた過去の自分が恨めしい。


 さりげなく周囲を見渡すと、遠巻きにされながらもこちらを注目している人がちらほらいる。

 居心地悪い思いを笑顔で隠す。どこか退避できるところはないかと、探していれば姉のアマンダを見つけた。彼女も一人でいるエレオノーラに気が付いたのか、足早にこちらにやってきた。


「ごきげんよう、お姉さま」

「先ほど、ヒューバート様から伝言を貰ったのよ。どういうこと?」


 アマンダは一人でいるエレオノーラに訊ねた。やや怒り口調なのは、こんな敵ばかりの場所に一人にするなんてという気持ちの表れだろう。エレオノーラは小さく笑った。


「お仕事よ。すぐに戻ってくると聞いているわ」

「仕事!?」


 アマンダは信じられない気持ちで目を見開いている。エレオノーラはアマンダの気持ちがよく理解できた。


「緊急みたいなの。オーランド殿下が申し訳なさそうにしていたわ」

「緊急なら、断れないかもしれないけれど。こんな嫉妬まみれの令嬢が多そうな場所で一人にするなんて」

「大丈夫よ。王族の皆様に祝福されている日に、突撃してくる令嬢もいないと思うの」


 王太子夫妻と王弟に声を掛けられ、祝福されているのは非常に大きい。視線の色が変わったのはあの対応があったからだ。

 アマンダは一応納得したのか、難しい顔をしながらも頷いた。エレオノーラは落ち着いたアマンダにこれからしばらくの間過ごせる場所を聞いた。


「それよりも、一人で時間を潰しても問題ない場所、知っている?」

「庭には出ては駄目よ」


 先に釘を刺されて、苦笑した。前の夜会の時も庭に出て失敗したのだから。もっともそれがなければ、ヒューバートと出会うことはなかったのだけども。


「わかっているわ」

「それ以外となると、一人で問題ない場所なんてないわね。そうだわ、戻ってくるまでの間、わたしが一緒にいてあげる」

「お姉さまも挨拶があるのでは?」

「今日一日ぐらい、問題ないわよ。あなたの方が大切だから」


 次期子爵となるアマンダの交流範囲は広い。夜会に参加するとほとんどがあいさつ回りで終わるほどだ。それを知っているエレオノーラは申し訳なくなった。それでもその気持ちが嬉しくて、素直にお礼を言う。


「ありがとう」


 アマンダは未婚の時のようにエレオノーラを連れて、会場を歩き回る。そして、エレオノーラも知っている貴族たちと話をしているうちに、次第に一人であるという緊張が解けていった。


「少し休みましょう。あそこのテラス窓がいいわ」


 アマンダの示す方を見れば、バルコニーに繋がるテラス窓がある。バルコニーも大きすぎず、休憩用のベンチが置かれていた。こうして気にしてみれば丸見えだが、つい見過ごしてしまう作りをしている。何かあっても誰かがすぐに気が付いてくれそうだ。


「わたし、飲み物を貰ってくるわね。先に行っていてちょうだい」

「わかったわ」


 エレオノーラはアマンダとわかれて、バルコニーに向かった。



◇◇◇



「あなたがヒューバートの婚約者ね」


 バルコニーにたどり着くと、すぐさま声をかけられた。

 驚いて振り返れば、栗色の髪に青い目をした見覚えのない令嬢がいる。ドレスはキラキラとした銀糸を使っていてとても豪奢だ。


 こうして名乗りもせず、ヒューバートを呼び捨てにし、不躾に声をかける可能性のある人間は一人だけ。間違っていなければ、彼女はオーランドの婚約者であるコンスタンスだ。彼女も自分のことがわかっていることを前提に、名乗る気はないらしい。


 名乗るほどの価値がないと思われているのか、使用人だと思われているのか。

 どう思われているのかによって、振る舞いが変わってくる。


 内心の動揺を悟られないように表情を繕い、簡略的ではあるが王族に対する礼をする。姿勢を保ったまま、彼女の言葉を待った。


「あなた、ヒューバートとの婚約を破棄して頂戴」


 驚きに下げていた頭をぱっと上げた。

 あまりにも直接的に言われて衝撃を受けた。礼儀とかはすでに頭の中にない。

 冗談だろうかと不敬にもまじまじと顔を見てしまった。その表情があまりに真面目なので、どうやら本気で言っていることだけがわかる。緊張に喉が渇いたが、混乱する気持ちをぐっと押さえつけた。


 笑っていなさい。


 夜会が始まる前のシェリーの言葉が頭をよぎった。

 今、声をかけてきたのはコンスタンスであるが、ヒューバートに心寄せる貴族令嬢の可能性もあった。誰であっても、対応は同じ。相手に呑まれてしまえば、いいように翻弄されてしまう。苦手だとか嫌いだとか言っている場合ではない。


 気持ちを整えるために、ゆっくりと息を吸う。声が震えないように下腹に力を入れる。


「発言をお許しください」

「何かしら?」

「先ほど王太子殿下より祝福を頂いております。婚約破棄はできません」


 エレオノーラはしっかりと自分の口で拒否した。はっきりと答えず曖昧にして誤魔化すのも、権力を持たないエレオノーラには良い手段だ。だが、そうしたくなかった。ヒューバートが守ってくれてたのに、怖いからと言って逃げたくない。


 ただ、相手も納得できるように、発言を取り消してもらえそうな理由を口にした。

 普通ならこれで下がる。他国の王族が祝福した婚姻だ。祝福を授けたすぐ後に破棄などできない。それは王侯貴族であれば理解していること。このまま下がってほしいと願う。


 エレオノーラが承諾しなかったことが不愉快だったのか、コンスタンスは険しい表情できゅっと眉を寄せた。


「王太子の祝福なんて関係ない。たかが平民の婚約じゃない。愛されていないお前が気の毒だから助言をしてあげたのに」

「愛されていない、ですか?」


 理解できずに繰り返すと、コンスタンスは馬鹿にしたようにくすくすと笑う。


「可哀想に、お前は何も知らないのね。ヒューバートとバイオレットは愛し合っているのよ。バイオレットと出会う前にお前と婚約してしまったから、二人は結婚できないのだわ」


 ありえない内容に、眉をひそめた。

 バイオレットというのが今までの情報からすると、ヒューバートに纏わりついているコンスタンスの侍女だろう。エレオノーラの立場が揺らぐような噂などないことを知らないのだろうか。それとも知っているけれども、エレオノーラに揺さぶりをかけているのかもしれない。


 エレオノーラの態度を別の意味に捕らえたのか、コンスタンスは彼女の反応に満足そうに笑う。


「ほら、あちらをごらんなさい」


 そう言って示されるまま庭の方を見れば――。

 ヒューバートと女性が抱き合っていた。薄暗い庭であっても、所々に明かりはともされており、会場から洩れる光も二人を判別させるには十分だった。


「ヒューバート様?」


 思わず零れた言葉に、コンスタンスがひどく耳障りな声で笑った。

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