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25.二人の生活

 少し息苦しくて身じろぎすれば、さらにぎゅっと抱きしめられてしまった。エレオノーラは驚いて目を開ける。昨夜は戻ってこられないと聞いていたため、随分と早い時間に休んだのだが。いつの間にかヒューバートが隣に潜り込んでいて、枕のようにエレオノーラを抱きしめている。


 熟睡しているのか、彼の目が開くことはない。彼を起こさないように、くるりと体を回し、向かい合わせになった。そっと彼の胸に耳をつければ、規則正しい鼓動が聞こえる。夫として一緒にいることに幸せを感じ、エレオノーラは自然と笑みを浮かべた。


 書類に署名をした後、エレオノーラは実家から新居へと生活の場を移した。すでにセロン侯爵家の伝手で使用人たちは揃い、暮す準備が整っていたためだ。ヒューバートも結婚したからには、と寮からこちらに引っ越してきて、今は一緒に暮らすようになった。とはいえ、週の大半は城に詰めており、エレオノーラと一緒に過ごす時間は前よりも増えたものの、満足できるほどではない。


 それでも、ヒューバートはただいまとエレオノーラのもとに帰ってくる。その些細な変化がとても幸せで、結婚したことを実感できる瞬間だ。


「連絡をしてくれたら、起きて待っていたのに」


 長い睫毛。冬の空のような薄い青い瞳が今は閉ざされている。整った顔をしているけれども、瞳を閉じているせいか険しさが取れて少し優しい顔になる。それに朝になればうっすらと髭が生えていた。

 そんな彼を見つめ、ついつい不満を漏らす。


「戻ってきたのは明け方だから」

「起きていたの!」


 突然、目が開き、エレオノーラは飛び上がってしまうほど驚いた。慌ててヒューバートから離れようと体を起こす。

 だが、彼は腕を伸ばすとそのままエレオノーラを抱き込んだ。体重を掛けられ、ベッドに押し倒されてエレオノーラは息を吐く。ゆっくりと彼の体に腕を回した。


「おかえりなさい」

「ただいま。いつになるかわからないから、起きて待っていなくていい」

「でも、顔が見たいじゃない」

「俺がぐっすり眠っているエレオノーラを見られるから問題ない」

「問題だらけよ!」


 エレオノーラは自分の寝顔を見られていると知って、恥ずかしさに声を上げた。ヒューバートはそんな彼女をさらに抱きしめる。


「寝起きにエレオノーラがすぐ手の届くところにいるのはいいな。結婚を早くしてよかった」

「本当にあっという間に整ってしまって。アマンダお姉さまだけでなく、嫁いでいった他のお姉さまたちから驚きの手紙が届いているわ」

「ローサ先輩は仕事が早いからな。それに、セロン侯爵夫人が色々と手を貸してくれたんだろう」


 その言葉から、それなりに前から準備していたのではないかと、と疑惑の目を向ける。ヒューバートはそんなエレオノーラに笑顔を見せるだけで、それ以上のことは教えてくれない。仕方がなく、この件は追及しないでおく。


「今日、お仕事は?」

「休みをもらった」

「そう。ではもう少し休んで。疲れているでしょう?」


 彼が休みを取れるようになったのはとても喜ばしく、エレオノーラはほっとした顔になった。ずり落ちた上掛けを引っ張り上げると、彼の体に掛ける。二人で包まると、不思議な気分になる。


「エレオノーラの予定は?」

「午後、買い物に行くつもり」

「じゃあ、一緒に行くよ」

「そう?」

「ああ。二人でお揃いのものを探そう」


 先日の会話を覚えていたのか、そんな希望を出してくる。エレオノーラはくすくすと笑った。


「無理しなくても。生活で必要な物は用意できているのよ。もっと時間が取れる時に探しに行きましょう?」

「それでいいのか?」

「もちろんよ」

「じゃあ、一か所、連れて行きたい場所が」


 どうやら、連れて行きたい場所があったようだ。エレオノーラは先にそれを言ってくれてもいいのに、と思いつつ、こちらの都合に合わせてくれる彼に笑顔を見せた。


「久しぶりのお出かけね。とても嬉しいわ」

「そうだな」


 ヒューバートも嬉しそうに目を細めた。



◇◇◇



 二人で早めの昼食を取り、王都の街へ出かけた。

 エレオノーラの用事は、新しいメッセージカードを買うこと。事前に予約をしておいたので、すぐに終わった。エレオノーラが大量にメッセージカードを購入する様子を見て、ヒューバートが苦笑いをする。


「毎日出しているとそうなるよな」

「商会にお願いすればすぐに持ってきてくれるのだけど。気分転換に自分で買いに来ているの。ヒューバート様も大量に持っているのでしょう?」

「いや、俺は事務所のを貰っているから」


 だから何も飾のないカードなのかと納得した。ヒューバートはエレオノーラの手を握り、目的地へと向かう。王都の店の立ち並ぶ一角を抜け、さらに奥の閑静な場所へと抜けていく。初めて来る場所に、エレオノーラはつい聞いてしまった。


「どこに行くの?」

「もう少し先だ」


 どうしても教えてくれないようだ。

 エレオノーラは黙ってついていく。人通りのない道は馬車が通れない狭さで、建物と建物の間には小道がある。この道の両脇に立っている建物は基本的には居住用。この先に店があるとは思えない。とはいえ、誰かの家に行くわけでもないだろう。どこに行くのだろう、とあれこれと推測した。


 しばらくすると、ヒューバートは足を止めた。古びた様子の建物で、古めかしい看板には宝石店と書いてある。味があるというのか、営業しているのかと言った方がいいのか。エレオノーラは目を丸くした。


「宝石店でいいのかしら?」

「ここはオーランド殿下のお気に入りだ。個性的なものを作ってくれるんだ」


 ヒューバートが扉を押し開けると、ちりんとベルが鳴る。


「いらっしゃいませ。ああ、エイル殿」


 ふっくらとした体つきの年配の女性がヒューバートの顔を見てすぐに笑顔になった。


「出来上がったと聞いて、取りに来た」

「すぐ用意しますので、座ってお待ちください」


 店の奥の長椅子へ案内される。興味深く店を見回した。ガラスケースがカウンターにあり、いくつかの宝飾品が並んでいる。カウンターの奥には本棚。そこには額縁に入った宝飾品のデザインがいくつも飾ってある。他にも色々と、ガラス玉や黄金のプレート、ガラスの瓶に入った液体など、様々なものが所狭しと並んでいた。宝石店というよりも雑貨屋といった様子。


「ここは本当に宝石店なの?」

「メインはそうらしい。注文を受けてから作るから、素材が転がっていることもある」

「そういうお店もあるのね」


 不思議な雰囲気に、納得してしまった。ほどなくして、ふさふさした白髪頭の初老の男性がやってくる。彼がこの店の主だとヒューバートが囁く。


「お待たせしました。こちらがご注文のお品です」

「見せてもらおう」


 ヒューバートの目の前にネックレスの入ったトレイが置かれた。

 雫型の緑の宝石に、薄青色の花を模った宝石。緑の宝石をまるで守るように花が添えられている。


「宝石の入手に時間がかかってしまいましたが、ご希望通りでしょうか」

「ああ、よくできている。ありがとう」


 店主はほっとした顔をすると、にこやかにエレオノーラを見る。


「こちらのお嬢さまへの贈り物ですか?」

「妻だ。結婚の記念の贈り物なんだ」


 ヒューバートは恥ずかしげもなく告げる。店主は微笑ましい物を見るように、目を細くした。


「それはおめでとうございます」

「ありがとうございます」


 エレオノーラは恥ずかしそうに頬を染めた。二人の結婚はごく一部の人間しか知らない。祝福を受けるのはお披露目をした後になる。こうして見知らぬ人に祝福されるのは初めてで、少し照れてしまう。


「エレオノーラ」


 ヒューバートはネックレスを手に取ると、エレオノーラの後ろに回った。丁寧な手つきで、ネックレスをエレオノーラにつける。


「綺麗だ、似合っている」

「ありがとう。すごく嬉しい」


 忙しい中、ヒューバートがこうして用意してくれたことが嬉しくて、胸がじんわりと温かくなる。

 このネックレスはブレスレットと共にエレオノーラの宝物となった。

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