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20.気持ちの悪い眼差し

 楽し気に話をするコンスタンス、そして穏やかに相槌を打つオーランド。

 そして、ヒューバートに向けられるのは、コンスタンスの侍女からの粘着した気持ち悪い眼差し。


 ヒューバートはオーランドの護衛のため、二日に一度のコンスタンスとの交流会には必ずと言っていいほど同行している。何度か交流会以外の仕事に変えてくれとお願いしたが、オーランドは許可しなかった。

 理由は余剰人員がいないから。ヒューバートもそれはわかっているので、要求を下げるしかない。

 結果として、今日も侍女から気持ちの悪い眼差しを向けられていた。


 なるべく意識しないように無に徹しながら、終了時間まであと少しだと自分自身に言い聞かせる。それでも気持ち悪いものは気持ち悪い。

 コンスタンスの思惑も、オーランドの思惑も透けて見えて、ヒューバートは早くこの時間が終わることを祈っていた。

 あと少しで交流会も終わりだという頃に、コンスタンスが改めた様子で切り出した。


「オーランド王子、どうか護衛騎士を貸していただけませんか?」


 そう言いながら、ちらりとヒューバートへ視線を投げる。ヒューバートは内心罵りながら、その視線を無視した。オーランドはさも不思議そうに理由を尋ねる。


「護衛騎士を? なぜ?」

「侍女たちの話から、王都で流行っている菓子を知りましたの。是非ともわたくしも食べてみたくて」

「そうだね、王都には様々な菓子がある。欲しいのなら、侍女に買いへ行かせたらいい」


 何でもないことのように答え、切り上げようとするが、コンスタンスはそうさせなかった。


「バイオレットに行ってもらおうと思っています。ですが、彼女は王都に不慣れなので……。オーランド王子の護衛のエイル殿に同行をお願いしたいのです」


 オーランドは目を細めた。先ほどとは打って変わり冷ややかな眼差しを向けられ、コンスタンスは焦ったように言葉を重ねる。


「あの、もちろん都合もあるでしょうから、今すぐに、というわけではありません」

「そもそもヒューバートをあなたの侍女のために連れ出す許可はできない。彼は私の護衛だからね。もし、案内役が必要ならば、王都をよく知っている侍女に申し付けよう」

「そうじゃなくて!」


 オーランドが壁際に控えている侍女を呼ぶので、コンスタンスは慌てて声を上げる。


「何か不都合でも?」


 コンスタンスはしどろもどろに説明した。バイオレットの目の前でおねだりするのは気まずいのだろう。バイオレットも無言であるが、動揺している。


「できればバイオレットにいい思いをしてもらって、この国にずっといてもらいたくて」

「いい思い? もしかしてヒューバートと縁を結びたいとかそういうことか?」

「できれば」

「無理だな。ヒューバートはすでに溺愛する婚約者がいる。勘違いするような行動をさせるわけにはいかない」

「え、婚約者?」


 コンスタンスの視線がヒューバートに向く。彼はオーランドに許可をもらうと、口を開いた。


「そうです。仕事以外で女性と出かけることは絶対にしません」

「そう固く考えなくてもいいの。一度でいいの、バイオレットと一緒に行ってもらえないかしら?」


 コンスタンスは気楽にそう告げる。オーランドは流石にこれは、と苦笑した。


「縁を結ぶことができないのに、一緒に出かけてほしいとは。縁談が欲しければ、他に用意するが」

「だから、バイオレットにはエイル殿を」


 無理を押し通そうとするコンスタンスに、オーランドはひどく突き放したような目を向けた。だがコンスタンスはとにかく必死で、気が付かない。如何にバイオレットが自分にとって重要な侍女であるかを訴える。


「一度付き合ってもらえば、彼女の良さがわかるはず」


 その言葉を聞いて、ヒューバートは押さえていた感情をむき出しにした。豪雪地帯にいるのではないかと言わんばかりの冷ややかな目がコンスタンスに向けられる。


「なるほど、王女殿下は貞操観念が緩いのですね」

「ヒューバート、言い過ぎだ」


 オーランドがすぐさま注意した。コンスタンスは顔色を悪くする。ヒューバートは淡々とした様子で続けた。


「そうでしょうか? 婚約者がいる男性に未婚の女性と出かけるように仕向け、良さがわかれば乗り換えればいいと唆す女性ですよ。ああ、それとも、お国柄ですか。確かに、そちらの侍女。仕事をしている護衛に向ける目ではありませんね」


 想像以上の強烈な言葉に、オーランドが苦笑した。コンスタンスとバイオレットは今にも倒れてしまいそうなほど、顔色が悪い。


「王女の国はどうであるかわからないが、この国は婚約者を持つ者が独身者と二人で出かけることを良しとしない。文化の違いだと理解してもらえないだろうか」

「わ、わかりましたわ。そういうことでしたら」


 文化の違いで纏めたオーランドに、コンスタンスはすぐに同調した。ここで貞操観念が緩いと判定されてしまえば、婚約は白紙に戻されてしまうのを危惧したのだろう。

 オーランドは満足そうに頷いた。



◇◇◇



 交流会の場から十分離れてから、オーランドが疲れたように息を吐いた。


「まいったね。想像通りというのか、なんというのか。まさか、正面からお願いしてくるとはね」


 ヒューバートはオーランドの少し後ろを歩きながら、こちらも高ぶる感情のまま言い捨てる。


「もう交流会の護衛はしなくていいですか。誰かと交代させてください」

「あの侍女を外す方向でどうだろうか? 見えなくなれば熱も冷めるだろう」

「無理です。ああいうタイプは、勝手に解釈して暴走します」


 ヒューバートは思い込み過ぎた令嬢たちからの攻撃を今までも受けてきた。今は落ち着いた状態になっているのは、国内の令嬢達にはヒューバートの冷ややかな姿勢を見せてきたからだ。

 なのに、ここに来て厄介な立場にいる相手からのアプローチ。

 しかも遠回しに拒否しても、理解しないタイプだ。自分の不運に嘆くことで、さらに気持ちを暴走しそうでもある。


「王女が理解してくれると問題ないのだが。あの様子だと、難しそうだ」

「勘弁してください」


 ヒューバートは天を仰いだ。今まではヒューバートは一人だった。迷惑が掛かるのは家族だけだ。でも今は、エレオノーラがいる。彼女が嫌な気持ちにならないか不安に駆られた。


「何かしら対策する。エレオノーラ嬢に手を出させないよ」

「直接の攻撃だけが傷つけるわけではありません」

「そうだな。そのあたりは様子を見ながら考えよう」


 オーランドはそう請け負ったが、離宮とごく一部の貴族の中でヒューバートとバイオレットの仲が噂されるようになるまで時間がかからなかった。

 離宮に関係する人たちには揶揄い交じりに確認されて、否定する毎日。こちらは単に事実を確認したいだけで、否定すればまた暴走した令嬢がいたのか程度の扱いだ。ごく一部の、ヒューバートをよく知らない貴族たちの方が声高に囀っていて、ヒューバートは怒り心頭だった。


 イライラした様子で近衛騎士棟へ戻ってくれば、ローサに捕まった。彼女は今、オーランドの要請で侍女対策を受け持ってくれている。文句はないのだが、腹を抱えて笑っているのを見るのは気分が悪い。挨拶だけして離れようとしたが、ローサは簡単に放してくれない。


「ヒューバート、本当に受難だな。教会へ祈りに行った方がいいんじゃないか」

「本当にそう思います」

「貴族たちに流れている噂、手を打っておいたから。エレオノーラ嬢の耳には入らないと思う」


 驚きに、ヒューバートはローサを見つめた。


「わたしも彼女を大切に思っているからね。変なことで傷つけたくはないんだよ」

「ありがとうございます」

「しかし、無茶な噂だね。ヒューバートが城で勤務しているというのに、侍女と二人でデートに出かけているそうだよ」

「妄想だとしても聞きたくないですね」


 ローサがおかしそうに笑い、そして表情を改めた。


「噂を流しているのはバックリー男爵だ」

「コンスタンス王女に後見人なのだからと、押し切られて手を貸しているのでしょう」

「バックリー男爵の周辺の貴族が付き合いで頷いている程度だ。なんせ、本人は城で働いているのだから、聞いた人間も首をかしげているよ」


 なるほどと頷いた。近衛騎士が休みを取れていないのは周知の事実だ。仕事を抜け出して、なんてあり得ない。少しだけほっとして、表情を和らげた。


「それから、ヒューバートにはしばらくの間、近衛騎士寮に戻らなくていい。近衛騎士棟の仮眠室で暮らしてもらう」

「何故です?」

「もちろん、突撃を防ぐためだ。寮まで距離があるだろう? 既成事実を作られるのは困るんだ」


 あり得なくない。ヒューバートは近衛騎士だ。侍女に後れを取ることはないが、それはあくまで一人だった場合。複数人で襲いかかられたら、どうなるかわからない。


「これは王太子命令だ。お前の貞操を近衛騎士団で守ってやるから安心しろ」


 ローサはにこりと笑った。

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