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18.会えない寂しさ

 エレオノーラは最後の一針を入れて、糸の後始末をした。出来上がったベッドカバーを広げる。

 白地に蔓と葉の紋様を緑色で、花紋様は柔らかなピンクと黄色で刺繍を入れた。エレオノーラの好きなモチーフで、華やかではないがとても落ち着きがある。ぐるりと裾に刺繍を入れたものだから、とても時間がかかってしまった。

 自分でも納得の出来。でも気分が晴れない。


「お嬢さま」


 喜びではなく、ため息をついたエレオノーラにカレンが心配そうに声を掛ける。


「ああ、心配かけてごめんなさい。仕方がないことだとちゃんとわかっているのよ」


 ヒューバートにはどんなモチーフで刺繍するかは手紙で告げてある。彼もとても喜んでくれて、出来上がりを楽しみにしているとも返事をもらっていた。途中で一度見せてほしいとも。でも、実際に見せることができずに、完成してしまった。

 左腕のブレスレットに視線を落とす。

 最後に彼と会ったのがこのブレスレットを貰った時。もう二か月以上経っている。


「会えないって、こんなに寂しいものなのね」


 つい寂しい気持ちが言葉になる。エレオノーラは友人が多い方ではない。家の仕事を細々としながら、時折友人たちとお茶や買い物をするのがちょうどいいぐらいで、長く会えなかったとしても寂しさを感じたことはなかった。なのに、今はヒューバートと会えない時間が長くなるほど、寂しさが募っていく。それはメッセージでは埋められないほどの寂しさで、思いのほかエレオノーラの心に影響していた。


「エレオノーラ」


 沈んでいた彼女の所にアマンダがひょっこりと顔を出した。アマンダは次期当主としての仕事が忙しく、午後の時間に顔を出すことなどめったにない。エレオノーラは驚いて姉を迎え入れた。


「お姉さま、お仕事は?」

「先方のキャンセルで時間が空いてしまったの」


 そう言いながら、エレオノーラの手元にあるベッドカバーを見る。


「まあ、素敵だわ。もう出来上がったのね」

「ええ。他にやることもなくてあっという間にできてしまったわ」

「ヒューバート様、ここしばらく顔を出さないものね」


 エレオノーラの憂鬱さが、不満げに聞こえてしまったようだ。アマンダが心配そうに表情を曇らせた。エレオノーラは慌ててアマンダに言い訳する。


「メッセージはちゃんと毎日送られてくるの。約束もしているのよ」

「わかっているわよ。でも人の気持ちはどうしようもないでしょう? 寂しいのはあなたがそれだけ彼のことを好きなのだわ」


 エレオノーラは表情を繕うのをやめた。笑顔をやめてしまえば、押さえつけていた泣きたい気持ちがこみ上げてくる。


 目が潤んできたエレオノーラを見て、アマンダは隣に腰を下ろした。そっと抱き寄せて、背中を撫でる。幼い頃によくしてもらった慰めに、エレオノーラの頬に涙が零れ落ちた。慌てて瞬きをして、涙を散らす。


「約束が何度か駄目になってしまって」

「そうみたいね。嫌がらせかしらと思うほど多くなっているから、抗議したっていいぐらいよ」

「お姉さま、待って。オーランド殿下は忙しくなる前にとおっしゃっていたから、仕方がないことだと思うの」

「まあ、あなたは殿下を庇うのね。それでヒューバート様は何と言っているの?」

「……毎回、休暇が延期になったと怒って、落ち込んでいるわ。いつも申し訳ないと」

「案外、熱い人なのね。女嫌いの冷徹騎士とか言われていたから、もっと冷ややかな対応をしてくるかと思っていたけど」

「仕事では随分と無表情らしいわ、わたしは見たことないけれども」


 エレオノーラはふふっと笑った。寂しさを言葉にして、さらに笑ったことで、少しだけ気分が浮上する。アマンダはベッドカバーを片付けさせると、お茶の準備をカレンに頼んだ。


「休暇が延長になる原因は小国の王女よね。この二か月、随分と好き勝手に過ごしているようよ。まだ仮の婚約だということを知らないのかしら?」

「そんなこと言っては……」


 不敬ともいえる発言に、エレオノーラは慌てる。アマンダは肩を竦めた。


「あちらこちらで噂になっているわ。他国の王女が嫁いでくる条件なんて、公然の秘密じゃない。ある程度の貴族なら誰でも知っている話よ。特に、今回の結婚は我が国にとって大して利益はないのだから、冷ややかに見ている人も多いわね」


 この国の王族が他国の王族と結婚するにはいくつかの条件がある。

 王位継承権争いにならないようにと定められたことで、こればかりは当事者が条件をクリアしなくてはいけない。王女の性格は伝わってこないが、伝わってくる振る舞いを見れば、自由気ままな性格をしているようだ。正直、とてもではないがオーランドの妃として相応しくない。


「でも、噂が真実とは限らないわ」

「そうね。とはいえ、そのような噂を立てられてしまう時点で、貴族たちに歓迎されていないということよ」


 アマンダははっきりと告げた。貴族たちに歓迎されていないということは、これから何か起こるかもしれないという事。当然、ヒューバートは近衛騎士だ。落ち着くまで仕事を優先するだろう。会える日はいつになるのかと、憂鬱になる。


「何もなければいいけれども」


 エレオノーラには知らされないことが沢山あることだろう。そういうこともあると覚悟をしたつもりでも、不安に駆られる。

 エレオノーラを励ますように、アマンダは妹の手を握った。


「リックを通して、休暇を予定通りに取らせるようにお願いしてみましょう」

「でも、お義兄さまにご迷惑では?」

「大丈夫よ。このぐらいでリックの立場は揺らがないわ。それにあと結婚まで四か月じゃない。用意できるところは手配しているとはいえ、二人で決めなくてはいけないこともあるでしょう?」


 現実を考えればその通りだ。

 規模は小さいながらも結婚式を行う予定だ。当然、招待状や式場の準備など二人で決めなくてはいけないことがある。これはヒューバートの知らないところですべきではないというコルトー子爵家とエイル伯爵家の意見だ。エイル伯爵の懸念事項としては、妹夫婦を招くかどうか。招くことは決定しているのだが、ヒューバートがちゃんと納得してからでないと、と歯切れ悪く言われた。二人の間の確執についてはなんとなく聞いているが、判断できるほどの情報はない。


 それでも、リックにまで頼むのはどうかと躊躇する。私的なことをお願いしてもいいものだろうか。


「エレオノーラ、こういう時は頼るべきよ」

「え?」

「別に強引に進めるわけではないのだから。無理なら無理と言ってくるでしょう」


 一人で抱え込まないと言われ、エレオノーラはようやく頷いた。


「では、よろしくお願いします」

「任せてちょうだい。それにしても、近衛騎士とは全く縁がなかったから知らなかったけれども、こうして何も知らされずに待つのは大変なものね」

「本当に。でも、わたしは周りの人に助けられているわ」


 言葉で聞いていて知っていても、一人だったらきっと思い悩んで潰れてしまうだろう。近衛騎士の妻としての心構えを教えてくれたセロン侯爵夫人やローサに感謝しかない。


「わたしやお母さまにも愚痴を言ってもいいのよ? ちゃんと慰めてあげるから」

「うふふ、じゃあ、そのうちお願いしようかしら?」


 茶化すようにアマンダが言うので、エレオノーラも素直に甘えた。

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