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13.会えない日々

 ヒューバートの一日はほぼオーランドの側で終わる。


 王族であるオーランドの専属護衛騎士はとても名誉ある職だ。なので、どれほど忙しくても、それを苦に思ったことはないし、不満を持ったこともない。第二王子であるオーランドは王太子の手足として動いているため、外遊も多く、常に気を張り詰めていた。そう思えば、オーランドが執務室に籠る状態はヒューバートとしては忙しい部類ではなかった。安全が幾重にも確保された部屋の片隅に控えているだけ。外を回る仕事よりも精神的にも楽だった。だからオーランドは余裕のあるうちに、とヒューバートの婚約を急がせたのだ。


「婚約者が国に来るだけなのに、やることが多いな。使用人たちの面談に教師の手配、それから話し相手になる貴族夫人の選定……時間が足りない」


 オーランドはそうぼやきながら、書類をめくる。側近の一人であるモーリス・メイズは手早く書類を片づけながら、オーランドのボヤキに付き合う。


「仕方がありません。婚儀の準備と変わりませんから」

「それだけでも憂鬱なのに、何故、お断りが多いんだ?」


 一通り書類を見終わって、だらりと椅子に背中を預けた。掃除などをする使用人はそれなりに集まりつつあるが、侍女や教師はほとんど決まっていない。お願いしても、力不足でと断られる。


「婚約者に収まった経緯が経緯ですからね。仕えたいと思えないのでしょう」

「大問題じゃないか」

「まったくです。ここまで人気のない王女とは……本当にこの縁談をまとめた輩を絞め殺したいですね」


 モーリスの物騒な言葉に、オーランドは力なく笑う。そもそもオーランドには婚約者候補がいたのだ。幼い頃からの付き合いで、彼女の願いをかなえるために候補としていたのが裏目に出た。


「はあ、もう言っても詮無き事だが、恨み言を言いたくなる」

「……少し休憩しましょう」


 愚痴が零れ始めたので、モーリスは休憩を提案した。オーランドはだらしない恰好のまま、時計に視線をやる。


「時間が早い」

「ちょっとだけ早いだけですよ。問題ありません」


 モーリスは立ち上がると、侍従にお茶を用意するようにと指示する。オーランドも椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。固まった体が少しほぐれ、気持ちが楽になる。


「ヒューバートも休みなしで悪いな。結婚準備が滞っていないか?」

「エレオノーラがよくやってくれています。それにローサ先輩が時々手伝いに顔を出していて」

「は? ローサが?」


 思わぬ人の名を聞いて、オーランドは驚く。

 ローサは近衛騎士で、主に王妃と王太子妃の護衛を担当している。中性的な顔立ちをしたローサは王妃や王太子妃に気に入られており、ほとんど手放さないため、常に忙しい。ローサが女性だとわかっていても、近衛騎士の制服を着れば優男に見えるのだから王妃たちも楽しいのだろう。


「ええ。不本意ながら。細かい相談は彼女にしているそうです」


 むっつりとした顔をしてヒューバートは頷いた。オーランドも初めて聞くことのようで、目を瞬いた。


「ローサが手伝いになるのか? あれはどちらかというと男に近い生き物だろう」

「まったくです。行くたびにローサからのプレゼントの花で溢れかえっています」


 ヒューバートは花を飾った玄関ホールを思い出し、苦々しい気持ちになる。華やかな薔薇や香りのいい百合、その他ヒューバートの知らない花たちがコルトー子爵家を占領している。その自分では選ばない花たちに、自分とは違う別の人の存在を思い出させる。婚約前よりも格段に少なくなったエレオノーラとの逢瀬も相まって、苛立ちの象徴になりつつあった。


「まあ、そういうことはさらっとやりそうだ」

「最近、メッセージを出すだけで精一杯です。贈り物を選びに行く時間すらない」


 ここぞとばかりに、ヒューバートが愚痴る。モーリスがそんな彼に同情的な眼差しを向けた。


「そういえば、婚約して四か月ですか? そろそろブレスレットやネックレスなどを贈る時期ですね」


 この国では婚約者に贈り物をする習慣がある。絶対ではないが、やはり贈られた女性は嬉しいもので、茶会や夜会などでそのような話題は耳にすることが多い。


「手元にはもうあります。ただ会いに行けていないだけで」

「そうなのか? 少しの時間なら、何とかするが」


 オーランドの護衛はヒューバートだけではない。婚約している者たちにとって重要なイベントだ。その程度の融通なら付けられる。


「慌ただしく渡すだけにしたくないんです。せめて半日休みが取れる時に、と思っていたのですが」

「……なるほど。それは間違いなく私のせいだな」

「ローサ先輩は半日訪問している時もあるのに」


 ブツブツとヒューバートの愚痴が始まる。忙しい原因が自分の婚約であるから、オーランドは気まずく感じた。二人のやり取りを聞いていたモーリスが首をかしげる。


「ローサ殿は王太子妃殿下のご指示で動いていると聞いていますよ」

「それ、聞いていないが」


 オーランドがびっくりして姿勢を正した。モーリスは主が知らなかったことに、少しだけ慌てる。


「え、そうですか? てっきり殿下にもお話がいっているものだと」

「義姉上のお願いだと私の方までなかなか届かないな。まあ、とにかくヒューバートの休みが少ないのは問題だ。使用人が決まったらまとめて休みを取らせるから我慢してくれ」


 思わぬところで休暇を約束されて、ヒューバートは表情を緩めた。


「ありがとうございます。では、さっさと決めてしまってください」

「そうしたいのは山々なんだが」


 ため息を貰いつつ、書類の山に視線を向けた。


「何か気になることでも?」

「紹介者は全く違う人間でも、その先に繋がっているのがバックリー男爵なんだ」

「バックリー男爵」


 モーリスとヒューバートは表情を険しくした。

 オーランドが小国の王女と婚約しなくてはいけなくなった元凶だ。


 そもそもオーランドには仮婚約者がいた。相手はグルスト侯爵家の娘セリーヌで、代々医局長を務める家柄。領地を持たない侯爵だ。王族に忠誠を誓っている一族でもあり、身分的にも劣らず、政治的にも問題がない。彼女との結婚なら、と議会も認めていて、彼女が薬師の資格を取って王都に戻ってきた後、婚約することが決定した。


 ところが、小国の香辛料の生産技術を欲しがった一部の貴族が小国の王女をオーランドの正妃に、と横やりを入れた。その程度ならば、王女が婚約者になることはなかった。後押しした派閥がいたのだ。それが王太子に側室を持たせたい高位貴族たちの集まり。二つが結託した結果、王女との婚約が成立してしまった。


 当然抗議したが、彼らの言い分は、仮婚約なのだから国の事情で白紙に戻っても問題ないということだった。


「できる限り、後ろ盾だと言っている貴族たちの息のかかっている人間を入り込ませたくない」

「気持ちはわかりますが……正直、旨味がなさ過ぎて、半分程度しか人が集まりません」

「そうなんだよ。兄上の所からも数人出してもらったけど、誰もが期限付きだ」


 オーランドが様々な人にお願いしているが、彼が声を掛ける人たちはもともとセリーナを将来の主として見ていた。そのためグルスト侯爵令嬢を押しのけた王女には良い感情が持てないから無理、と正直に告白される始末。もう一つのネックとしては、王女の人となりがわからないこともある。


「集まらないのなら、腹をくくるしかないのでは?」

「わかっている。わかっているんだが……自分のテリトリーに入れるのは気持ちが悪るすぎる」

「気持ちはわかります」


 冷静なモーリスの言葉に、オーランドは突っ伏した。


「それに、変な輩を入れたことでこれ以上、兄上の足を引っ張りたくない」

「やっぱり騒ぎ出しますか?」

「騒ぐだろう。王女を正妃に捻じ込んだのも、貴族のバランスを考え王太子に側室を、と言い出すのが目的なんだから」

「王太子殿下にはすでに二人もお子様がいらっしゃるのに」


 その場にいた人たちはそれぞれがため息をついた。

 高位貴族たちの狙いは王太子に側室を取らせること。

 過去、オーランドの親の代、つまり現国王と王弟の間で継承権争いがあった。王妃の息子である現国王、寵姫の息子である王弟。年の差は十三歳。前王妃が寛大な心を持っていたことで、二人の仲は良かった。そのため、王位継承権争いなど起こるはずもなかった。ところが寵姫が迂闊な一言を零したことで、忖度した貴族たちが王弟を王座につけようと動き出す。内乱の危機に陥ったのだ。王弟が自分を持ち上げる貴族たちを粛清したことで何とか収まった。


 そんな過去があることから、オーランドは政治的に力を持たない貴族の令嬢、もしくは独身でいることを望まれていた。慎重に選ばれたのがセリーヌだ。そんな背景があったにもかかわらず、欲の皮の突っ張った貴族たちによってあっという間に覆ってしまう。

 第二王子が王女を娶ったのだから、伯爵家出身の王太子妃ではバランスが悪い。

 そう言い出すのも時間の問題。


「貴族たちは時間が経つとすぐに都合の悪いことを忘れる」


 はあ、とオーランドがため息を吐けばモーリスは薄く笑った。


「だったら排除しましょうか?」

「排除って簡単に言う」

「国王陛下と王弟殿下の事件を覚えている世代も多いですから。後ろ暗いことがわかれば、また元のようになるのではないでしょうか」


 何かしらの考えがあるようだが、傍で聞いていたヒューバートは顔をひきつらせた。それは近衛騎士団の仕事が増えることに他ならないからだった。

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