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11.婚約したら忙しい

 婚約が前倒しになったことで、彼女の生活は急速に変わりつつあった。オーランドの言葉が両家の予定を狂わせ、彼女の未来が一気に形作られていく。受け入れたのはエレオノーラであったが、現実を目の当たりにすればその変化に目が回る。


 日当たりの良いサロンに足を踏み入れると、柔らかな光が窓から差し込み、部屋全体を温かく包み込んでいた。エレオノーラは、淡いクリーム色の壁に飾られた絵画や、優雅なソファに目をやりながら、母の姿を探した。すると、コルトー子爵夫人が微笑みを浮かべて立っているのが見えた。彼女の髪は優雅にまとめられ、上品なドレスが彼女の気品を一層引き立てていた。そして、アマンダもそこにいた。彼女はすでに席に座り、エレオノーラに小さく手を振る。


「エレオノーラ、いらっしゃい。お茶の準備ができているわ」

「改めて、婚約、おめでとう」


 二人はエレオノーラを歓迎し、婚約のお祝いを述べる。家族の喜びの笑顔に、少しくすぐったく思う。


「ありがとう。急な婚約で無理をさせてしまって」


 エレオノーラとヒューバートには継ぐ爵位はないものの、婚約の前倒しにはやはり時間がかかる。特にヒューバートの母と兄は領地にいたため、王都までわざわざ出てきてもらっていた。両家揃っての婚約式ができたのは、どちらの両親も急いでくれたからに他ならない。

 コルトー子爵夫人は娘を慈しむ目を向け、座るように促した。


「正直言うとね、ヒューバート様は近衛騎士だから、エレオノーラには荷が重いと思っていたのよ」


 そう本音を零したのは母のコルトー子爵夫人。エレオノーラはそんなことを思っていた母親に驚いた。


「そう?」

「ええ。あなたはどちらかというと静かに暮らしていきたいのかと思っていたから……近衛騎士で、しかも女性に人気のある相手を選ぶとは想像していなかったの」


 確かにその通りだ。ヒューバートと出会う前のエレオノーラは結婚に乗り気ではなかった。アマンダが婚活を、と騒いでいても、両親はエレオノーラの自由にさせてくれていた。


「以前のわたしならヒューバート様から逃げてしまっていたかもしれないわ。でも、彼といるととても安心できるの」


 エレオノーラはもじもじしながらも、はっきりと自分の気持ちを伝える。恥ずかしがるその様子にコルトー子爵夫人とアマンダは微笑ましいと笑みを浮かべる。


「ちゃんと彼と一緒にやっていくという気持ちがあるのなら大丈夫ね」


 コルトー子爵夫人は安堵の息を吐いた。アマンダは身を乗り出すようにして、エレオノーラに聞き始めた。


「まずは新居よね。どんな所に住みたいとか、もう話し合っているの?」

「新居? もう少し後でもいいと思っているの」

「何を言っているの。ちっとも早くないわよ。あなたたちはすべてを準備しなくてはいけないのだから、一年なんてあっという間よ」


 暢気に構えていたエレオノーラにアマンダは呆れた目を向ける。いまいち理解していないエレオノーラは不思議そうな顔をしている。


「そう?」

「そうよ。ヒューバート様は今寮住まいでしょう? あそこは独身者だけが入れる場所だわ。新しく住まいを見つけないと」


 そう言われて、先日オーランドにも新居からの準備には時間がかかると言っていたことを思い出す。世間話から出てきた話だったから、もう少し後でもいいと考えていた。考え込むエレオノーラに、アマンダはさらに続ける。


「それにあなたたちは爵位を持たないかもしれないけれども、使用人は必要よ」

「そうね、しっかりとした人を紹介するつもりだけども、最終的にはあなたたちが選ばないといけないわ」


 アマンダの言葉に、コルトー子爵夫人も頷く。突然使用人の話にまでなって、エレオノーラはぽかんと口を開ける。


「カレンを連れていくつもりだけど……」

「何を言っているの。カレンだけで全部できないわ。下働きだけでなく、料理人や家令も必要よ」


 その後も、用意した屋敷の内装や取引する商会との契約、今まで考えたことのなかった生活するためのあれこれを具体的に教えられて、エレオノーラはただただ驚いた。夢を見ているようなふわふわした幸福感が一気に現実に染められていく。


「そんなにもやることがあるの?」

「そうよね。準備期間の一年なんて案外短いのよ。だから、新居は真っ先に決めないといけないわ」


 アマンダの主張に、エレオノーラは頷くしかできない。コルトー子爵夫人は暢気な娘に言い聞かせた。


「住む屋敷が決まってから、購入する調度品などをお願いしないと。希望を伝えておけば、商会は程よい物を見つけてくるわ。それも意外と時間がかかるの」


 エレオノーラはそこで初めて両親やアマンダのついでに買い物をしていたことに気が付いた。常にコルトー子爵家の娘として生活をしていて、結婚して家を出るその意味を実感し始める。


「結婚しても、いつもの商会を使っていいのかしら?」

「当主同士の話し合いが必要かもしれないわね。お父さまに聞いてみましょう」


 コルトー子爵夫人は家同士で話し合うことを約束した。

 屋敷の話から、どんどんと話が広がっていく。エレオノーラとヒューバートは貴族ではないけれども、平民と同じでもいけない。そのあたりのバランスが少し難しい。初めのうちは真面目に聞いていたエレオノーラだったが、次第に考えることが多すぎて項垂れていく。そして、ついぽろりと本音が零れた。


「お姉さまの時はそれほど時間がかからなかったのに」

「わたしの場合は、リックを我が家に迎え入れるだけですもの。二人の部屋だけを考えればよかったから」

「その代わり、婚儀の後の晩餐会が大変だったわ」


 アマンダとの違いを言えば、二人から立場が違うのだからと言われてしまう。エレオノーラは気持ちが舞い上がっているだけで、現実をちっとも考えていなかったことを思い知らされた。憂鬱な気分になっていれば、コルトー子爵夫人が微笑む。


「エレオノーラ、心配いらないわ。結婚に浮かれている娘のために準備するのは親の役割ですもの。一緒に準備していきましょうね」

「でも、ちゃんとヒューバート様と話し合いなさい。一人で決めることではないから」


 二人のもっともな言葉に、エレオノーラは素直に頷いた。

 女だけの楽しい時間を過ごしていると、家令が訪問客を告げに来る。コルトー子爵夫人は首を傾げた。


「マクドネル伯爵令嬢? マクドネル伯爵はご挨拶したことがあるから知っているけれども……訪問してきたのはご令嬢なのよね? 困ったわ」

「わたしも付き合いがないわ。聞き間違いではなくて?」


 アマンダは家令に確認する。彼は首を左右に振った。


「間違いありません。婚約のお祝いに立ち寄ったとのことです。贈り物を届けただけというのですが、ホールに待っていただいています」


 婚約のお祝い、と聞いてエレオノーラは自分で会うことを決める。


「わたしがお会いします」

「約束がないのだから、断ってもいいのよ?」

「わざわざ屋敷にまで来てくださったのです。どのような方か会ってみたくて」


 コルトー子爵夫人とアマンダの心配はわかる。ヒューバートは令嬢達の憧れの人だ。結婚すると決まれば、知らない人が突然訪問してもおかしくはない。


「エレオノーラがそういうのなら。わたしも一緒に行くわ」


 コルトー子爵夫人はエレオノーラを連れて玄関ホールへと向かった。


「やあ、エレオノーラ嬢。約束もないのに突然訪問してすまないね」

「ローサ様!」


 気合を入れて訪問客の元に行けば、そこにいたのは近衛騎士服を着たローサだった。彼女は顔よりも大きな花束を持っていて、とても様になる。令嬢ではなく、貴公子にしか見えない。

 びっくりして目を見開いていれば、ローサは大げさな身振りでコルトー子爵夫人に挨拶をした。


「初めまして。マクドネル伯爵の娘ローサと申します。この度はご息女のご婚約、おめでとうございます」

「ご丁寧にありがとうございます。あの、失礼ですが娘とは一体どこで?」


 不思議そうな顔をするコルトー子爵夫人に、ローサは満面の笑みを見せた。


「先日、同僚であるヒューバートから紹介を受けました。是非ともわたしとも交流を深めてもらいたく」

「ローサ様……なんだか勘違いしそうなセリフですわ」

「いいじゃないか。今日はご家族にわたしの顔を知ってもらいたいと思って立ち寄ったんだ」


 どういうことかと首を傾げれば、ローサは少しだけ表情を改める。


「近衛騎士団について知らないことも多いでしょう。男性に聞きにくいことでも、わたしなら話せることもあるかと思います。何かあれば是非とも頼って頂きたい」

「まあ、ありがとうございます」


 ローサの気遣いに、コルトー子爵夫人が嬉しそうに微笑んだ。

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