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未商業作品(打診受付中)

私にベタ惚れだった婚約者が結婚式前日に記憶喪失になって「君を愛することはできない」と言い出しました。……本当にいいの?

作者: 結生まひろ

「すまないが、君を愛することはできない」



 初夜を迎えた寝室で、ロルフは告げた。

 サラサラとした金色の前髪が整った顔にかかっている。


「はぁ、そうですか」

「すまないね」


 申し訳なさそうにそう口にしたこの男性は、本日結婚したロルフ・トラウェ伯爵令息。

 子爵家の娘である私、リリー・レーペルとは幼馴染で、腐れ縁。

 数年もの間、ロルフが私に熱烈に求婚してきて、ついに今日、結婚式を挙げたのだ。



 あんなに私にベタ惚れだったくせに、今目の前にいるこの男性(ロルフ)は、まったく私を見ずに困り顔で小さく息を吐いている。


 整った顔と、色白の肌。くすみのないキラキラの金髪のせいで、その哀愁漂う姿がなんとも様になっている。

 ロルフは無駄にいい男だ。

 こうして見ると、まさに悲劇の主人公。世界一かわいそうな美青年。といった感じだ。


 ……まぁ、それも仕方ないんだけど。




 結婚式前日である、昨日。


 彼は長年想いを寄せていた私との式に、どうしても『ルーメンリリー』という花を飾りたいと言い、摘みに行った。


 ルーメンリリーは摘み取ると一日で枯れてしまう。しかも、崖にしか咲かない稀少な花。


 誰が摘んだかなんて関係ないのだから、使用人に摘みにいかせればいいものを、彼は「僕が自分で摘まなければ意味がない」とかなんとか言って、自ら危険な崖に登ったらしい。


 そして悪い予感は見事的中。

 彼は崖から落ちて、頭を打った。


 彼は昔からそういう、変なプライドがあるというか、格好つけたがるところがある。



 まぁそんなに高い崖ではなかったようで、命に別状はなかった。

 それでも結婚式前日に伯爵令息である新郎が怪我をするなんて、一大事。

 ――と思ったのに、ロルフの身体には大きな怪我がなかったのだとか。


 どれだけ丈夫なのよ、ロルフは。


 けれど、それを聞き安心しながらお見舞いに行った私に、目を覚ましたロルフの第一声は――。


「君は誰?」


 だった。


 

 私は彼にこれ以上ないというくらいでろでろに溺愛されて、口説かれて、婚約したのだ。

 それなのに、忘れてしまうなんてあんまりだ。


「僕にはとても大切な人がいたはずなんだ……思い出せないが」

「それ、私です」

「…………」


 だからはっきりとそう言った。

 頭を打ったせいで記憶喪失になっている彼に、ついはっきりと。

 そうしたら、ロルフが私の顔をじっと見つめた。

 あんなに私のことが大好きだったのだから、きっと思い出す――たとえ思い出さなくても、また私を好きになるでしょう。


 だって本当に、私はあんなに愛されていたから。


「すまない、君ではない」

「いや、私だから!!」


 それなのに、ロルフはあっさり私を振った。


 彼は高位貴族の嫡男で見目がよく、優しく、穏やかな性格だった。

 だからご令嬢たちから非常にモテた。


 私は昔からよく、ロルフのことが好きなご令嬢に嫌がらせをされた。

 それでロルフと距離を取ったこともあったけど、彼が私から離れなかった。


『リリーをいじめる奴は僕が許さない』


 そう言って、ロルフはいじめっ子のご令嬢を追い払ってくれた。

 強い男になるのだと言って、筋トレに目覚めて身体を鍛え始めた。


 どんなに美人でスタイルがよくて賢くてお金持ちのご令嬢に言い寄られても、ロルフは『僕はリリー一筋だから』と言ってくれていた。


 社交の場で誰にダンスを誘われても、ロルフは私以外の女性とは踊らなかった。


 いつも、いつも私と一緒にいて、『好きだよ、リリー。結婚しよう』そう言ってくれた。



 数えられないほどの求婚を受けて、私が十八歳の誕生日を迎えた日――ついにロルフの押しに負けて、結婚を受け入れた。


 そのときのロルフは今まで見てきた中で一番幸せそうに笑って喜んでいた。


 それなのに、そんな私を忘れるなんて……! この男は……!!




「僕は伯爵家の嫡男で優秀な跡取り。顔はどこかの王子様かと思ってしまうほどにいいし、身体もほどよく鍛えられている。だから僕が記憶をなくしたのをいいことに、『僕が君を愛していた』と嘘をついてしまうのも、仕方ないだろう」

「は?」

「だが、すまない。僕は生涯その女性ただ一人を愛すると心に決めているんだ。それだけは覚えている」

「…………」


 それは覚えているのに、どうして私のことは忘れているのよ……!!


 記憶をなくした悲劇の主人公になったつもりで、自分に酔っているのだろうか。

 無駄に色気のある哀愁漂う表情でさらりとそう告げるロルフに、言葉も出ない。

 あんなに、あんなに私のことが好きだったくせに……!!

 どの口が言ってるのよ、まったく。


 っていうか何? もしかして、本当は私じゃなくて違う人と結婚したくなって、離婚するために記憶喪失のふりをしているんじゃ……!


 ……いや、それは絶対にないと思う。


 だって昨日までは、本当に私のことが大好きで、結婚できることを心から喜んでいると伝わってきたから。

 私の目を見て、あんなに嬉しそうに笑っていたのに。


「……バカロルフ」

「なんだい? よく聞こえなかった」

「いいわよ、信じなくても! でも私はあなたに求婚されて結婚したので、これは白い結婚ということでいいわよね?」

「ああ。すまないが、そうしてくれ」

「本当に、それでいいのね?」

「いいよ。僕は愛しいこの記憶の相手を探すから」

「…………」


 だから、それは私だってば。


 でも別にいいわよ! わからないなら、もう、いいわよ!!

 初夜だから、色々覚悟して緊張してたけど……今後もそういうことはないってことよね!?

 幼馴染のロルフと初夜とか、無理だし!!


 あー、よかった!!!




     *




 それから数ヶ月が過ぎてもロルフの記憶は依然として戻らず、私たちの関係はぎこちないままだった。

 あんなにも私のことを「愛してる」と言い、私を見れば笑顔で飛んできていたロルフも今や、他人行儀にぎこちなく微笑み気まずそうに目を逸らしてしまう。


 口では強がってしまったけれど、毎日のように「リリー、大好きだよ」と言って笑顔を見せてくれていたロルフがいなくなってしまったようで、本当は少し寂しい……。



「すまないねぇ、リリーちゃん。早くあいつの記憶が戻るといいのだが……」

「気にしないでください、お義父様」

「ロルフが無理を言ってリリーちゃんとの結婚を取り付けたというのに、まったくあいつは」


 結婚してトラウェ伯爵家に嫁いできた私に、ロルフの父が申し訳なさそうに声をかけてくれた。


 ロルフの記憶喪失は、日常生活には支障のないものだった。

 人の名前や顔は忘れてしまっているけれど、ものの使い方などは覚えていた。

 身体に染みついているのだろう。


 トラウェ伯爵と私の父が友人同士で親しく、伯爵とは私が幼い頃から面識があって本当の父のような存在。

 だからずっと前からロルフが私と本気で結婚したがっていることを知っていたし、こうなってしまったことに親として責任を感じているらしい。


「あいつが無理をして花なんて摘みにいくから……」

「……」


 伯爵が呟いた言葉を、私は自室へ戻りながら考えてみた。

 確かに、どうしてロルフはわざわざ危険な場所に咲いている『ルーメンリリー』の花を摘みにいったのだろう。

 ルーメンリリーにはいろいろな言い伝えがあるけれど、とても稀少なものだからロルフが咲いている場所を知っていたことにも驚いた。



「どうしてこんな花のために、危険を冒したの……?」


 花なんて、いらなかった。

 花はなくていいから、いつも通りのロルフが私の隣で笑っていてくれたら、それだけでよかったのに。


「バカロルフ……」


 私だって、本当はロルフのことが大好き。

 いつも優しくて、守ってくれて、私のことが自分の命よりも大切で、格好つけで、ちょっぴりバカなロルフが……私はずっとずっと前から大好きだよ。


「結婚したら、そのことをちゃんと伝えようと思ってたのに……」


 ロルフにはいつも一方的に想いを伝えてもらうだけだった。

 いつしかそれが当たり前のようになっていって。成人を迎えた誕生日のプロポーズには応えたけれど、まだ私の口から「好き」と伝えていない。


 記憶をなくしても、またすぐに私のことを好きになってくれると思っていたのに……。


「……私も、大バカね」


 もうロルフのあの笑顔が見られないなんて、嫌だ。



 でもどうして、ロルフはこの花に拘ったのだろう。


 自室に戻りベッドに座った私は、サイドテーブルに置いてある栞を手に取った。

 この栞は、ルーメンリリーで作ったもの。

 摘むと一日で枯れてしまう花だけれど、ロルフが崖から落ちて、記憶を失っても握りしめて離さなかった花。

 そう思うと、捨てることができずにいる。


「……そういえば、昔読んだ本に――」


 ふと思い出す。

 子供の頃、この家の書庫でよく、ロルフと一緒に本を読んだ。

 その中の一つに、ルーメンリリーの花が出てくる物語があった。

 物語の中で、ルーメンリリーの花は少女の願いを叶えてくれる魔法の花だった。


『リリーの名前が入ってる花だね』


 あのとき、ロルフはそう言って微笑んでいた。その言葉に私は胸をときめかせた。


『いつか結婚式でこの花を飾ってね!』


 子供の頃の私は、今よりも素直だった。

 ロルフに「大きくなったら結婚しよう!」と言われて、なんの疑いもなく「いいよ!」と答えていた。

 だから願いを叶えてくれる花の物語を読んだ幼い私は、無邪気にその花を結婚式で飾るよう、ロルフにお願いした。

 彼は真剣な表情で頷き、「必ず飾るよ」と約束してくれた――。


 その無邪気な約束が、その後の私たちにどう影響するかなんて、考えもしなかった。


「そうだ……ロルフは私のために――」


 そんな昔の、子供が適当に言った言葉を律儀に覚えていてくれたなんて。


 彼は本当に真面目な人ね。


「でも、全部私のために……」


 ロルフの記憶を取り戻すきっかけが、彼が命がけで摘んできたルーメンリリーの花にあるのではないだろうか。


 そう思った私は、決意を胸にルーメンリリーの栞を握って書庫へと向かった。




「――一体どこにあるの……!?」


 書庫に入ると、あの本を必死になって探した。

 子供の頃の記憶だから曖昧。表紙の色も覚えていない。


 ただ、白く美しい大きな花びらの、ルーメンリリーの絵が描いてあった。それだけは覚えている。


「あった……! 少女と魔法の花……これだわ!」


 書庫にある、本という本をひっくり返して探し、日が傾き始めた頃にようやく見つけた。


「……これなら、ロルフの記憶を取り戻せるかもしれない」


 本をめくり、ルーメンリリーの絵が大きく描かれているページを開いて、私はそれ(・・)を確認すると、そのページに栞を挟んでロルフのもとへと急いだ。




「――ロルフ!!」

「うわ、びっくりした、リリーさん……どうしたの? そんなに慌てて」


 ロルフは部屋で読書をしていた。

 勝手に部屋に入るのはいつものことだけど、今のロルフはとても動揺している。

 以前までの記憶のあるロルフなら、私のほうからやってきたら泣いて喜んでいたでしょう。


「……リリーさん?」


 私が近づくと、彼は顔を上げて口元に笑みを浮かべた。けれどその笑顔はとてもぎこちない。無理をしているのがよくわかる。


「ロルフ、これを見て」

「……?」


 そんな彼に、私は本を差し出した。

 ロルフは一瞬不思議そうな顔をしたけれど、静かに受け取り、ページをめくり始めた。

 彼の目がページを追うたびに、その表情が変わっていく。


「これは……この本は……知ってる気がする」

「その栞が挟んであるページを見て」

「……! これは、僕が書いたのか……?」

「子供の頃に書いたものでも、ちゃんとわかるのね」

「……」


 ロルフはそのページを見て驚きに目を見開いた。

 ルーメンリリーの絵が描かれているその隣に、〝子供の落書き〟が書かれていたから。


〝本当に願いが叶うなら、いつか愛しのリリーと結婚できますように〟


 それは子供の頃にロルフが書いたもの。

 でもその願いは、彼が大人になってもずっと変わらなかった。私はそれを知っている。彼は忘れてしまっているけれど。


「その栞は、あなたが命をかけて摘んできてくれたルーメンリリーで作ったのよ。思い出せない?」

「……」


 ロルフがルーメンリリーの栞を手に取り、花の香りを嗅ぐように持ち上げた瞬間。


 一瞬、枯れているルーメンリリーがパァーっと光を放ったように見えた。


「な、何よ、今の……」

「リリー?」

「え?」


 その光に気を取られた私の名前を、ロルフがぽつりと呟く。

 記憶を失ってから、彼はずっと私のことを「リリーさん」と呼んでいた。


「ロルフ……思い出したの?」

「リリー……、ああ、リリー! 君が好きだ。僕はずっと君だけを愛してきたんだ――……!」


 その輝きとともに、彼の記憶が蘇ったのだろうか。

 まるでロルフの魂が戻ってきたみたいに、彼の表情が明るくなっていく。


「リリー……!!」


 そしてとても愛おしいものに触れるように、彼は私の手を握り、まっすぐに視線を向けた。

 こんな視線を向けてくれるのも、すごく久しぶりな気がする。


「すべて思い出した、君と過ごした時間を。君を忘れるなんて……本当にすまない」


 そう口にしたロルフの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。


「よかった……本当に思い出したのね」

「ああ、すべてな。僕は君になんてことを言ってしまったんだ……! もう駄目だ、君を忘れてしまうなんて、傷つけてしまうなんて……!!」


 この世の終わりのように、大袈裟なことを言うロルフ。本当に記憶が戻ったのだと確信した私は嬉しさのあまり泣いてしまいそうになったのを、ぐっと堪えた。


「リリーを忘れるくらいなら、頭を打って死ねばよかった……!! 傷つけて本当にごめんよ!!」

「いや、全然傷ついてないから大丈夫」

「えええっ!?」

「あら、傷ついていたほうがよかった?」

「いや……そういうわけじゃないが……とても複雑だ」


 本当に、いつものロルフだわ。

 私のことが世界で一番大好きな、愛しいロルフ。


「傷ついてないけど、怒ってるわよ」

「や、やっぱり、怒っているよね、そうだよね……! ああ、僕はなんてバカなんだ……!!」

「簡単には許さないから、覚悟してね?」

「……一生をかけて、償わせてくれ」

「ふふ、わかったわ」


 本当は怒っていないのだと悟ったロルフに気づいたら、涙が堪えきれなくなった。


 だって、やっぱり私は彼のことが大好きだから。彼と過ごした思い出も、大好きな笑顔もなくなってしまったみたいで、すごく寂しかった。

 ロルフの記憶が戻って、ロルフと本当の夫婦になれることが、とても嬉しい。


 でも泣いていることを悟られまいと、私は彼の胸にぎゅっと抱きついた。


「ああ、リリーが僕に抱きついて……っ、僕は明日死ぬのかもしれない」

「死んだら一生許さないからね」


 本当は、思い出してくれただけで私は幸せだけど……それは内緒。

 彼はやっぱり、こうじゃないと。


「ねぇ、リリー」

「なぁに?」

「結婚式をやり直そう!! せっかくだから、初夜も――」

「必要ないわよ」

「え――」


 だって私たちの結婚生活は、始まったばかりなんだから。




「一つだけ言わせて」

「なんだい?」

「大好きよ、ロルフ」

「…………っ、やっぱり誓いのキスから、やり直そう!!」




2年くらい前に書いていたネタを見つけたので、今さらですが一度書いてみたかった「君を愛さない」ネタが書けて満足です。(なんか違う)

果たして需要はあるでしょうか……?( ;ᵕ;)

いろいろとやり直し、これからは頑張れロルフ!


面白かった!ロルフ頑張れよ!

などと思っていただけましたら、ブックマークや評価、いいねをぽちぽちしていただけると嬉しいです!m(*_ _)m



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