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30 たなか兄の恋路のアシストを!

「くっらいさあん。一緒にメシ行こうぜ!」


 ファッションショーが終わった翌日。

 田中さんが超ハイテンションで昼食に誘ってきた。

 僕と田中さんを見て、小田先輩たちがいろめきたつ。

 あ、これまたBでLな妄想されてるな。


「あー、えーっと、うん。田中さん、ちょっと落ち着きましょうか」

「落ち着いていられるか! うかうかしていたら、ゆっちに彼氏ができちまうかもしれないだろ。倉井さんの方がフォロワーになって長いからなんか知ってるだろ」

「え、うわあああ」


 田中さん、元運動部なだけあって体力がすごい。インドア派の僕が抵抗できるわけもなく、引きずられてレストランに行くことになった。


「ゆっちマジかわいい、ほんとかわいい。声だけでなく本人もかわいいなんて最高だなあ」

「あーはいはい……」


 田中さんにのろけられる日が来るとは思わなかったよ。

 サンドイッチを食べきり、気づけばホットティー3杯目が空になっていた。


「倉井さん寝不足? 昨日の配信いつもよりたくさん来てたもんな」

「ああ、うん。150人が一度に入室なんて初めてだよ」


 ファッションショーでクライスを知った人も夜の配信に来てくれて、それはもう賑わっていた。

 古参のリスナーの中でも、えびのしっぽとイヌ派、ムーマ、タケが実際ショーに来てくれていたようで、配信で熱い感想をくれた。

 遠方のメンバーも、休みが取れるなら行きたかった、と悔しがっていた。

 そう思ってくれるなんて嬉しい限りだ。


「ゆっちも木曜からリリーの配信を再開するって言っていたね」

「そうそれ。すっげー楽しみだなあ。声きくだけじゃ物足りないんだよ。倉井さん、オフ会したくない?  かなみの外出訓練にもなるしさ」

「それっぽくかなみさんを引き合いに出してますけど、どう考えても自分がゆっちと会いたいだけですよね」


 じつはゆっちからも、配信のあと「クライスさんは、たなか兄さんと同じ職場なんですよね。たなか兄さんってどんな人ですか。知りたいです」と言われたことを教えたら余計調子に乗りそうだ。


 同僚とゆっちの仲をとりもつ日が来るなんて思わなかったよ……。


「あの、二人で会えばいいじゃないですか。一度とはいえ面識ができたわけですし」

「無理無理無理無理無理。いきなり二人きりなんてそんな! 昨日は倉井さんたちがいたからいつもみたいにできたけど、何言ったらいいかわからなくなるじゃないか。へんに失言してゆっちに嫌われたら生きていけない」

「……兄妹だなぁ」


 田中さんは真っ赤になって両手をぶんぶん振り回す。

 そういえば、かなみさんも僕と初対面では緊張しすぎてまともに喋れなくなっていた。ほんの数ヶ月前のことなのに、何年も前のことみたいに懐かしい。

 いつも饒舌でうるさいくらいなのに、まさか田中さんも緊張すると口数が減るタイプだったとは。

 変なところでよく似ている。


「……ええと、つまり、いつもの調子で喋るために、僕とかなみさんがいたほうが都合がいいと」

「そういうこと。あとでお礼するからさ、一生のお願い!」


 マンガでよく「一生のお願い」って可愛い女の子が言う展開があるけど、成人済みの男が両手をすりあわせて言っても気持ち悪いな。しかも語尾にハートつけて。僕の席、エアコンの真下で暖房が効いているのに鳥肌が立っちゃった。


「お礼は別にいらないから」

「ってことはオフ会セッティングしてくれるんだな。やりぃ!」


 まったくもう、お調子者なんだから。


 ゆっちにメッセージで「田中さんも会いたがっているよ」と伝えたら、それはもう喜んだ。


 これあれだ、「はよくっつけ」「教会のほうが来い」「神父はまだか」展開。リアルで目の当たりにすることになろうとは。


 かなみさんも昨日の田中さんの様子で感づいたみたいだし、あとでメッセージを送って作戦を練ろうか。


 僕らが邪魔にならないようにそれとなくその場を離れれば良し。



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