ディファレント・ワールド・シンドローム(D.W.S 異世界症候群)
― 存在した証 ―
開いて頂きまして、ありがとうございますっ!
是非ともこの先へとお読み進めて下さいませ。
誤字脱字などお気づきの点等ございましたら、
どうぞご遠慮なくお申し付けください。
なお、実はこの話、
【こう見えても実は俺、異世界で生まれたスーパーハイブリッドなんです。】
の序章、その第二話となるお話です。
是非ともそちらもお読みになって頂けると幸いです。
幼い頃から身体が弱かった私は、毎月の定期検診は欠かせないものとなっていた。
その主治医からは、私の身体が妊娠の負担に耐えられないと、そう宣告されている。
だから、子供は諦めなきゃいけない。
生きていくにはそうするしかない。
周りからそう言われ続けられて、私自身もそうなんだろうと思い続けて生きていた。
弱い身体と上手に付き合って生きて来た。
でも、こんな私に一緒に居て欲しいと彼は言ってくれた。
子供が出来なくてもいい。
私さえいてくれたら幸せだと言ってくれた。
そんな彼と出会ってからの私はとても幸せだった。
彼と最初に出会ったのは、高校に進学した頃。
電車の急ブレーキで弾き飛ばされた私を、彼が《《両手》》でしっかりとその胸に抱きとめてくれた。
その時、彼と初めて会った筈なのに、ずっと昔から好きだったと言ってくれた。
五十年前でも好きだったと、その時あの人は確かにそう言った。
不思議に思った私は、その後何度かその事を彼に訊いた事もあったのだが、彼はただ照れた様に笑って誤魔化していた。
彼のその照れ笑いも私は大好きだった。
彼と出逢ってからの私の生活は一変した。
高校生活の三年間はとても幸せだったし、卒業してから私達は結婚も出来た。
諦めていたお嫁さんにもなれた。
だからこそ、最後の我儘として彼の子供が欲しい。
いずれ先に逝くであろう身体の弱いこの私が、彼と生きていた証が欲しい。
今までは弱い身体と上手に付き合って生きて来た。
でも、そんなこの命に代えても彼との証を遺したい。
それが私の最後の我儘。
そんな私が彼の子を妊娠してからは、強制的に入院生活を余儀なくされた。
きっと彼は周りから責められているに違いなかった。
それは、私が傷つけられることよりもずっと辛かった。
彼が私を思う気持ちに勝るものなど、この世に存在しないと私が断言できる。
その彼の子供を授かる事が出来るのだったら、どんな事でも我慢できる。
だからこそ、私の命と引き換えてでも、この子に命を授けて欲しいとただ祈った。
♢
その後、かかりつけの医師の紹介で、大きな総合病院へ転院した。
ベッドに寝かされた私は、いつも窓の外を眺めていた。
寝かされたままの私の視界から、唯一動きが確認出来たのは、窓の外に見える木々の葉だけだった。
そんな私が入院した病院では、看護士達がちょっとした噂話を語り始めていた。
なんでも、怪しい黒い人影を見たと言うものだった。
主に夜勤をしていた看護士が、それを目撃したと話していたらしい。
その人影が患者さんのベッドの《《足元》》に見えた時はまだ大丈夫だが、《《枕元》》に見えた場合、近いうちにその患者さんが亡くなると言うものだった。
けれど、私はそんな噂話は全く知らなかった。
いつもの様にベッドに横になっていた私は、ふと何かに気付いて顔を上げた。
寝ている足元の先、部屋の片隅で何かが動いたのだ。
病室の消灯時間は過ぎていた為、部屋の明りは消えていたが、その暗闇の中に何かが動いた感じがした。
勘違いかと目を凝らすと、それは靄の様にも見えるが、間違いなく何かがそこにあった。
横になっていた身を起こし、目を凝らしてジッと見つめると、それは怪しくぼわっと白く光り出し、その形は人影の様にも見えて来た。
急にゾワッと腰から頭の先までの毛が逆立った。
咄嗟に両手で足を抱えると、余計な力を入れたからであろう、そのまま全身が硬直した。
そして、そのままの姿勢でその靄を凝視していた。
だが怖さよりも、それが何なのか知りたい気持ちがあった。
その時だった。
「あ、気づかれました?」
突然それが声をかけて来た事に驚き、ビクッと自分の身が硬直するのを感じた。
一体いつ、どうやってこの部屋に入って来たのだろうか。
女性の声の様に思えたが、一体誰なのだろうか。
得体の知れない人を目の当たりにして、これまで経験した事の無い恐怖が襲ってくる。
ベッドの上の自分ではとても対抗出来そうもない。
だが、自分には子供が宿っている。
この子だけは、何があっても守らなければいけなかった。
命に代えても護らなければいけない。
私は意を決してその人影に向かって声を掛けた。
「だっ、誰っ⁉」
「エイルと申します」
「えっ? だ、誰ですか?」
「エイルです」
「なっ、何してるのですか?」
「ああ、お迎えです」
「え? 誰を?」
「勿論、あなたです」
「わ、私をっ⁉」
こんな身体の私を、一体何処へ連れて行こうとしているのだろうと疑問には思った。
だが、この世の人では無い事だけは理解出来る。
そう思った途端、反射的に私は懇請してしまった。
「あ、あのっ! お願いがあります!」
「え?」
この際、現実離れしたこの人が何者でも良い。
藁にも縋る想いだった。
「この子に私の命を与えて下さい!」
「え……そのお腹の子?」
「はい! 夫とこの子がいつまでも元気に生きて行けます様に、どうかお願いしますっ!」
「旦那さんまで?」
「はいっ! その為にわたし入院しているんです! この子さえ無事に産めたらかまいません、何処へでも連れて行ってください!」
その人が少し驚いた声を上げると、たった今迄はぼーっとしていた人影の輪郭が、ふわっとハッキリ見えて来た。
そしてその人影は、一歩二歩と私の足元へ近づいてきたが、無言のまま私を見ていた。
沈黙の中、その人に向かって手を合わせながらよく見るが、男性とも女性とも分からない。
ただ、その身体はうっすらと光り輝き、やはりこの世の人とは到底思えない感じだった。
その沈黙の間も私は手を合わせ、そんな無理なお願いを何度も何度も繰り返してしまっていた。
「そんな事を申されましても、私の当為はあなたの案内でございます」
「わたしはどうなってもかまいません! この子とあの人だけは助けて下さい! お願いです! お願いします!」
「え……」
私はこの千載一遇の好機を逃してはいけないと、そう直感的に感じてしまっていた。
何としてもこの人に願いを叶えて貰いたい。
その為には何でもする覚悟は出来ている。
「お願いです! 何でもしますから!」
「何でも……ですか。そんな事を軽率に言ってはいけません」
「で、でも……」
「それは……相手によっては大変な事になりますよ」
そう言われて少し冷静になった私は、自分が言った言葉を頭の中で復唱していた。
確かに、私が発した言葉は軽率に言えるものでは無い。
だけど、この人はこの世の人では無いと思えるからお願いしたつもりだ。
仮に悪い人だとしても、この子とあの人さえ幸せに生きていけるのであれば、それで良いと今は思える。
だが、この世の人では無いこの人が悪い人であった場合、願いを叶える代償として、この私にどんな事を要求するのかも想像出来ない。
「あ……そ、そうですね……とんでもない事をわたし言ってます……ごめんなさい」
そう言うと、ゆっくりベッドに正座すると頭を下げた。
本当に見境なく、何て事を口走ってしまったのであろうか。
恐ろしさがふつふつと込み上げて来ると、頭を下げたままカタカタと身体が震えて来た。
この世の人では無いこの人に、何という大それた事を言ってしまったのだろうか。
そう思うと、益々震えが止まらずに、ただ頭を下げて後悔をしていた。
「実は、貴女をお迎えに伺ったのは今回で二度目なのです」
「え……?」
そう言われても、私はこの人を見るのは初めてだと思う。
それとも、私が気づかなかっただけなのだろうか。
「あれは貴女がこちらで十五の頃でした」
「え? 十五歳?」
「ええ。丁度貴女は、電車に乗っておられました」
「電車……ですか?」
「はい。本来はそこで貴女をお迎えする事となっておりました」
「そ、そうなんですか……」
「はい。稀にはある事なので」
「え?」
「ああ、あの様な事です」
「あの様な事……ですか?」
「ええ。貴女の運命の分岐でしたね」
「運命の分岐……?」
「まあ、分かりました。今はまだ休んで下さい」
その人は私の問いに答えず、ただ優しく諭すように言った。
「本当に……すみませんでした」
「先ずは、頭を上げてお腹に負担をかけない姿勢をなさって下さい」
「は、はい……」
私はゆっくり頭を上げると、そっと足を崩しながらその人を見た。
線の細い優しそうで知的な顔立ちの女性だ。
見た目は悪い人には思えない。
少しだけホッとしていた。
「まあ、今夜はもう休んで下さい。お腹の子はまだまだ不安定ですから」
「え……不安定っ⁉」
「ええ。貴女のお腹の子は、今は貴女が大切に育てるしかありません」
「そうなのですかっ⁉ でもっ! どうか、どうか助けて下さい!」
「貴女の願いは分かりましたから、安心して出産の日をお迎えください」
「あ……ありがとうございます」
「主に報告をした後、度々様子を見に来ますから、安心して養生して下さいね」
「は、はい……はい……」
自然と涙が溢れて落ちた。
「あなたは……想定していた方とは随分違ってますね」
「あ、あなたは一体……?」
「私はメングロズ様の召使、名をエイルと申します」
「エイルさま……」
「ではまた」
そう言うと、その人は音も無くフッと消えてしまった。
暗い病室に独り残された私は、たった今の出来事が幻かと疑ってもみたが、その人の声が決して嘘偽りでは無い事を、どういう訳か信じていた。
もしかしたら、女神様なのかとも思えた。
それからの私は、ずっと不思議な安心感で包まれていた。
この世の人では無い、あの人にお願いしたからなのか、夫と子供だけは大丈夫という、何故か絶対的な安心感があった。
その後、毎晩の様にエイルは来てくれていた。
最初に出会った時はベッドの足元の、更に向こうの部屋の片隅だったが、今では枕元まで来てくれて私の話を聞いてくれる。
エイルが特に何もする事は無かった。
毎晩一方的に私からエイルに話しかけていたのだ。
子供の名前は圭吾に決めたとか、愛する夫の圭一とは、学生時代に電車内で知り合った事等を話していた。
そんな他愛もない話を、エイルは嫌な顔もせずに、ただ黙って聞いてくれた。
そんなエイルが一度だけ、酷くボロボロの恰好で現れた時があった。
その時の私は、いつもならとっくに姿を見せていたエイルがいつになっても現れない事に、妙な胸騒ぎを感じていた。
エイルの姿を見るまでは寝られないと思い、枕元の小さなライトの下で読みかけの本を読み始めた。
やがてその本を読み終えたその時、時計を見るといつの間にか午前三時をまわっていた。
もう今夜は来ないのかと窓の方を眺めるが、カーテンが掛かっていて外の景色は見えない。
ちょっとした寂しさを感じたが、仕方なく枕元のライトを消すと、カーテンの向こうに薄っすらと見えた影が、スッと動いた様に見えた。
(何だろう……)
見間違いなのかと、私はベッドに横になりながらもカーテンに映る影を凝視した。
少しの間見ていたが、動かないその影から目を逸らそうとしたその時、その影が少しだけ動いた。
はやり見間違いでは無く動いたのだ。
だが、ゆっくりと動いたかと思うとすぐに消えた。
その影が何だったのかを確かめようと、意を決して上半身を起こした時、急に背後から小さな声が聞こえた。
「まだ起きてたのですか」
「えっ⁉ エイルさん?」
「はい」
私は声のした方へ振り返ると、見覚えのある顔がそこにあった。
それは間違いなくエイルだったが、身に着けていた衣服がボロボロになっていた。
左肩は素肌が見え、ズボンの裾は両足とも裂けている様だ。
白いほっそりとした素足が、生々しく見えている。
そして、エイルのその表情もどことなく疲れている様に見えた。
「ど、どうしたのですかっ⁉ 怪我をしているのですか⁉」
「いえ、もう大丈夫です。起きてはいけませんよ、横になって下さい」
私が傷の様子を見ようとしてもエイルはそれを制した。
「で、でもっ!」
「本当に大丈夫です。これでも医療は専門です」
「え……そ、そうなのですか?」
この世の人に思えないエイルの口から、医療と言う言葉が出て来たのが、その時の私には違和感でしか無かった。
「ただ、今回は想定外の事態が起きただけです」
「そ、そうだったのですか?」
「ええ。問題は解決しました」
「それならいいのですけど……」
「結局は貴女に助けられたという事にもなりますね……」
「え?」
「貴女のお腹の子……の伴侶の子ですか」
「この子の伴侶の子?」
私はお腹に触れながら、エイルの言葉を理解しようと何度も頭に繰り返した。
「はい。あなたは大丈夫ですから、安心してもう休んで下さい」
「大丈夫って……そうですか? ありがとうございます……」
そう言われて私はベッドに横になった。
エイルに何があったのか少し不安になったが、エイルに会った事で安心したのか、その後はすぐに眠ってしまっていた。
朝、目覚めると枕元に緑色した小さな葉っぱが三枚あるのを見つけた。
手に取って鼻に近づけると爽やかな香りがした。
恐らくミントの葉なのだろうが、どうしてここにあるのかは分からなかった。
――――
そして遂に出産の日、気付くと私は《《その様子を見ていた》》。
ベッドに横たわる私の頬を両手で優しく触れながら、最愛の人が泣き叫んでいる。
その後ろでは、看護師さんに抱かれた私の赤ちゃんが、弱々しく泣いていた。
(ああ、無事に圭一さんとの赤ちゃんが生まれたのね)
その様子を見て、心からエイルに感謝していた。
だが、やはり少し不安になった私は、後ろに立つエイルに振り返った。
「二人は本当に大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫です。少なくとも貴女の様な虚弱ではありません」
「そう……本当にありがとうございます」
「我が子を抱けないご自分を、不幸だと思われますか?」
「いえ。私があの子を抱きたいと思うのは、私の自我だと考えてます」
「エゴ……ですか」
「こうして、私の生きた証が今、あの子に……。そして、それが繋がっていく……それこそが、私のとっておきの自我なんです。それだけで十分です。ありがとうございます」
「悠子さん……」
「はい?」
「やはり、主のお眼鏡にかなうだけのお方ですか」
「え?」
「いえ、こちらの話です。では、貴女の気持ちの準備が出来たら向かいますので、お声掛け下さい」
「はい……あ、あの、やはりわたしは死んだのですよね?」
「ええ。こちらの世界ではそうなります」
「こちらの世界?」
「はい。その為に私は貴女をお迎えに伺ったのです」
「も、もしかして……死神……さま?」
「しにがみ……そう呼ばれるのかは分かりませんが、これが主に命じられた任務でした」
「主さま? あ、メング……ロズさま?」
「ええ。貴女を無事にお連れするように命じられていました」
「ど、どうしてですか?」
「こちらの世界で魂が肉体を抜ける時、様々な障害が起きる事もあるのです」
「そ、そうなのですか……」
「中には別の世界から魂を攫いに来る者もおります」
「え……」
「その様な事の無い様に私がここにおりますので、ご安心ください」
「あ、はい! どうもありがとうございます」
私はエイルに心から礼を言っていた。
「しかし、本当にか弱い肉体と共に生きるのですね」
看護師に抱かれた男の子を見たエイルは、そう言って目を細めた。
「まだまだ産まれたばかりの赤ちゃんですもの」
「そういうものですか」
「きっと圭一さんが立派に育ててくれますよね?」
「え? 私に尋ねられても……」
「そんなぁ~エイルさん、見守ってくれないのですか?」
「それは出来ません。この先はあの者達の生命力に委ねるしか……」
「祈ります! ずっとずっと祈ります! どうか、いつまでも健やかに……」
私は両手を強く組むと、頭を下げて祈りを捧げた。
この子と圭一さんがいつまでも健康で無事でありますように。
「まあ、貴女の祈りはきっと叶いますよ」
「そうですかっ⁉ どうもありがとうございます!」
私が嬉しくなって振り返ると、エイルが少し微笑んでくれた様に見えた。
「では、気持ちが落ち着いたらお声掛け下さい。この様に霧島悠子としては肉体死した訳でありますが、メンズクロス様の命により貴女の魂は主の元へご案内致します」
「はい。ありがとうございます」
そう言うと、私はベッドに横たわる私を抱きしめて泣いている圭一さんを、何とも言えない切ない気持ちのまま暫く見ていた。
だが、こうして愛する人の子供を産む事は出来た。
私の願いは叶えられたのだ。
そう思うと悲しみは無い。
ただ今は、彼と息子がいつまでも元気で、長生きしてくれる事を強く願っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
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