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95_万が一の備え


 ジョゼの心配は的中し、その面倒なことはすぐに俺の身に降りかかってきた。


 出発を翌朝に控えた日の夜、アンナがいつもとは違う妙に不自然な足取りで寝室に入って来た。

 すでに寝台の上で寝支度を済ませていた俺の側まで寄って来ると、アンナは掌に収まるほどの小瓶を静々と差し出す。


「万一のときには、こちらをお使いください」

「これは?」


「避妊薬でございます」

「ひにっ……! えっ!?」


「ただいま使い方をご説明いたします」

「えっ……、ええっ!? ちょっと……。ちょっと、待って。……不要です。そんなもの」


『待って。一応聞いておきましょうよ』


 避妊薬が必要となる場面。

 アンナはその相手をセドリックだと思っているらしかった。


 傷心のセドリックを慰めるために強い決意を持って同行を申し出たジョセフィーヌを、アンナはそのように解釈したのだ。

 当然あると思っていた国王夫妻からの追及や引き留めもなく、お忍び旅行の準備が粛々と進められているのも、きっとアンナがそのように気を利かせて根回ししたためだろう。

 ジョゼによるその見立てが正しかったことが、今宵アンナが持参した小瓶によって証明されたと言っていい。


 元々セドリックはジョゼと許婚(いいなずけ)であった程の男だ。

 家柄的には申し分ない。

 本人同士が好意を抱いてのことであれば……、セドリックとであれば……、まさか本当にカルドエメフ家や王宮としては、やぶさかでないと?


 これはジョゼの名誉と将来のためには、全力で解くべき誤解であったが、とにかく今はアークレギスの現状を確認することを優先したい。

 ジョゼも、背に腹は変えられないわね、と言って渋々目をつぶるつもりになっているらしかった。

 だが、それは周囲が勝手に誤解することであって、実際に俺とセドリックがそういった“良い仲”になる必要は微塵もない。


「そんなつもりはありませんから」

「分かっております。しかし、万が一の備えですので」

『そうよ。万が一私が妊娠なんてしたらあんたどう責任取るのよ』


「にんっ……!? 万が一なんてあり得えません。殴ってでも止めます!」


「姫様……。貞淑を尊ばれる殿方も多うございますが、昨今は婚前交渉によって、愛をお確かめになるかたも珍しくないそうでございます。相手から求められた際、あまり頑なにされますと……」

『一回叩きのめした相手だからって油断してない? 女の力じゃ、組み伏せられたらおしまいだからね?』


 顔が熱い。

 思わずあのセドリックに、この細い肩を掴まれ、押し倒される姿を想像してしまった。

 何故男の俺が、女性二人から避妊薬の使い方を覚えるように迫られなければならないのか。


「もう寝ます! 下がりなさい」


 俺は不貞腐れるようにして、頭からシーツを被りベッドの中に逃げ込むのだった。


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