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93_ベッドの上の反省会


 寝支度を終え、アンナを自室に下がらせてから、その日の反省と明日以降の打ち合わせを行うことが俺たちの日課になっていた。

 ある意味ではこのベッドの上が今の俺の主戦場であった。

 アンナの出て行ったドアが閉まったところで開戦の鐘が鳴る。


『何で勝手にあんなこと言ったのよ!』


 一日かけて溜め込んだ鬱憤を発散するかのようなジョゼの第一声。

 耳を塞ごうとどうしようと、聞こえてきてしまうその声に辟易としながら、俺は潜り込んだベッドのシーツで口元を覆いながら応戦する。


「あんなことって、どれのことだよ?」


 だが、応戦というよりも今日は敗戦処理といった感が強い。

 正直なところ、ジョゼの不興を買いそうな、思い当たる節は山ほどあった。


『いっぱいあるわよ。お父様に言ったこともそうだし、テオやオリアンヌの前で言ったこともそう』


 怒りの矛先はどうやら、俺の予想したとおりの方向を指しているようだった。

 彼や彼女らの前で言った俺の言葉の幾つかは、王位を継承できるよう全力で邁進いたします、と宣言したも同然だった。


「流れ的にああ言うしかなかっただろ?」

『いいえ。そこをちょっとでも濁しておくと、あれ? もしかして迷ってるのかな?って思ってもらえるでしょ? 前振りもなしにいきなりやめまーす、なんて言えないんだから』


「次期女王の地位を盤石にすることがテオを救うことにも繋がるんだからいいだろ?」

『嫌よ。そもそもテオを助けるなら、最初の予定どおり私が継承権を放棄する方法でもいいでしょ? テオを王様にすればいいのよ。あんなに賢いんだから、立派にやってくれるわよ。なのに何? あの───私にもしものことがあったとき、後ろに貴方が控えてくれているのだと思えば心強いわ───ってアレェ!?』


 ジョセフィーヌの振りをして(しと)やかな女言葉で(しゃべ)る俺……。その俺を真似するジョゼの口振りを聞いて、俺は心に大きなダメージを負った。

 シーツを頭まで被ってその中で丸まって身悶えする。

 ジョセフィーヌとして喋っているときには、そうすることに慣れたこともあって、自分の女性的な物言いもあまり気にならないのだが、こうやって改めて(あげつら)われると自分の行いが客観視されて居た堪れなくなる。


「あれは……、本当にそう思ったんだ。跡目が一人しかいない家なんて、危なっかしくて仕方ないだろ?」


 兄弟のいなかったユリウス・シザリオンの境遇を頭の中でなぞらえてそう言う。


『そうじゃない。ちゃっかり自分の方が王様になる前提で話してるのが困るって言ってるの』

「それは……、さっきも言ったけど、流れ的にそうだろ? 今日の話を聞いていて、ジョゼだって分かったんじゃないか?」


『それは……、まあ、そうなんだけどぉ……』


 先走った暗殺未遂の一件で、テオドール派は思った以上に死に体のようだ。

 たとえ首謀者が見つからなかったとしても、誰が首謀者なのかと皆が疑いの目で見ている状況でテオドールを推し立てる動きは見せづらいに決まっている。

 その意味では首謀者は見つからないままの方が、むしろ都合がいいのかもしれないな、などとも思った。

 ジョセフィーヌを次期女王に据えることを第一に考えるなら、という意味ではだが。


「なあ、ジョゼ……。多分、今後テオドール派からジョゼが命を狙われる可能性はほとんどないと思う。それでも女王になるのは嫌なのか?」

『そりゃね。だって、大変なだけじゃない。王様になったからって、好き勝手できるわけでもないし』


 言っていることは身勝手な理屈に聞こえるが、そのことが分かっているだけでも、上に立つ者の素質は十分にあると思う。

 責任の重さを肌身で感じるからこそ、ためらっているのだ。


「今日、ブレーズ王の話を聞いて俺も分かった。やっぱり、王にとって自分の跡を継がせるのはジョゼじゃないと駄目なんだ」

『…………』


「この国で女性を王にすることは並大抵のことじゃない。まだ誰もやっていないことだ。今のようにジョゼに継承権を与える前例を作るだけでもどれだけ大変だったことか。どんな困難があっても、国王夫妻はジョゼにこの国を継がせることを諦めなかった。多分、それがお二人にとっての大義だからだ」

『大義……。ときどきユリウスの話の中に出てくるわよね、その言葉』


「大義は、人生を……、命を賭しても為すべき定めのことだ。自分で決めた、自分がこの世に生きる意味。病床の母上が死ぬ前に俺に教えてくれた。俺がずっと大事にしている考えだ」


 俺は、すでにベッドから起き上がる力も無くし、やせ細った状態の母親から聞かされた遠き日の記憶を想い出す。


『…………』

「母上は死の間際にあって、自分が死ぬことは決して、怖くも悲しくもないとおっしゃっていた。それは、自分が死んだ後も、俺という存在がこの世に残るからだと……。俺が立派に父上の跡を継げる男になれると信じていたから。自分が世界に足跡を残せたことに満足しているようだった。俺という子供を産み、育てることが母上にとっての大義だったんだ……。

 ジョゼはまだ自分の大義を見定めていないのかも知れないが、ご両親の大義を自分も含めた家族の大義として考えることはできないか?」


 ジョゼからの反応が途絶えた。

 これは、失敗したか……?

 つい昔の自分のことを思い出して身勝手に語ってしまった。

 うざったいお小言を聞かされたと思って()ねてしまったのかもしれない。


『ユリウスの言う大義とか、そんな大それたものか分からないけど……』

「うん」


『私にもやりたいことがあるの』

「教えてくれるか?」


『……読んだんでしょ? ユリウスも』


 その一言だけで、あの豪華な装丁の本に書かれたあの物語のことが頭に浮かんだ。


「ああ。そうか。書けばいいじゃないか。エミリーもアンナも続きを楽しみにしてたぞ?」


 俺もあの物語の中のユリウスとミスティがどういう結末を迎えるのか気になる。


『それって王様をやりながらでも書けると思う?』

「……両方はできないと思ってるのか」


 それ以前にジョゼが王になると言っても当分先の話だ。

 ブレーズ王はまだ若く壮健だし、仮に国王の政務がその合間に趣味の時間も持てないほど過密であったとしても、ジョゼが即位するまでの長い年月の間にいくらでも書く時間は作れると思うが。


『中途半端になるのが嫌なの』

「…………」


 もしかしたらジョゼは、俺や、周囲の他の者たちなどよりも、よほどこの国の王になることを大切に、真剣に、考えているのかもしれない。


「そうか……。真面目なんだな……」

『そんなんじゃないけど。やるって決めたら、そりゃ全力よ。当然でしょ?』


 今日ブレーズ王から聞いた話によれば、ジョゼがラーティン語などの様々な言語を習得したのは今のテオと同じ八歳頃の僅かな期間であったらしい。

 驚くべき早さで様々な言語や学問を習得していくその集中力は多くの者を驚かせたのだと。そのときの記憶をなくしている自分の娘に向かって自慢げに話していた。

 もっとも、興味の向くこと以外一切学ぼうとしない偏食ぶりには困らされたらしいが。


「まあ、少し分かるかもな。俺も子供の頃は、剣術の稽古以外の習い事が嫌で、文字や算術の勉強なんて無駄だと思ってた口だし……。でも、ゆくゆくは父上の跡を継いで領主となり、アークレギスを守るという大義のためには、全て必要なことだと分かった」

『物語を書くことも、後で国を治めることの役に立つって言いたいの?』


「いや……、それはどうかな。どっちも俺には分からない世界だし……」

『なんだ。何か含蓄のあることを言ってくれるのかと思ったわ』


 うーむ。単に王になることと、物語を創作し書き残すことの両方を望んで取り組んだとしても、それは不誠実な生き方ではないと勇気付けたいだけなのだが、どう言ってやれば良いのか……。


「俺が思うに、母上の言っていた大義というのは生きる指針だ。そして、今の俺の大義は、このジョゼの身体を守って大過ない形でお返しすることだ」

『……そりゃどうも。……でも、そんな大切な指針がコロコロ変わってもいいわけ? まあ、ユリウスの場合は特殊過ぎるんだけど』


「別に変わってないぞ? 仮にこのミザリストの国が傾くようなことにでもなれば、命を張ってアークレギスを護り抜くっていう大義が果たせなくなるだろ? だから、ジョゼには是非良い君主になってこの国をしっかり治めてもらいたい」

『……根っ子の部分は同じとか、そういうことかしら?』


「多分な。ジョゼの物語を書きたいっていう思いも、書いたものを読んでくれる人たちがいてこそのものだろ? 国が乱れてたんじゃ、書く方も読む方もそんな余裕なんてなくしてしまうし、自分が王様になって、そうならないようにしっかり舵を握るってこととも繋がるんじゃないか?」

『なんだか無理矢理こじつけられた気がする』


「いや……、例を挙げたかっただけで、そういうつもりじゃなかったんだけど……。難しいな。……自分が人生や命を張れると考えられる大義を束ねたものが、その人の本当の大義と言えるんじゃないかなって……」

『えっ。広い。そんなこと言ったら、滅茶苦茶でっかくなるじゃん。ユリウスの言う大義って』


「うん。広いけど、それはそのままでいいんじゃないか? 俺たちは……、だから、祖先の土地を護るとか、物語を書き残したいとか、そういう自分が言葉にできる単位の物事を大義と考えて邁進すれば」

『……それって、結局何も言ってないことにならない? その時々で自分がいいと思うことを全力でやれってことになるでしょ?』


「そうか。最初からそう言えば良かったんだ」


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