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92_王と娘


 王宮に戻った俺は、その日のうちにブレーズ王に会い、ジョセフィーヌの暗殺を指図した者の特定がどこまで進んでいるのかを直接尋ねた。

 その返答は(かんば)しいものでなく、有り(てい)に言うと、何も分かっていないに等しかった。

 次の王にはテオドールをと推す者は、明け透けに公言している有力者だけに限ったとしても片手で足りない数がいたし、口にせずとも暗にそうだと知れた者や、その者たちの縁戚やシンパまで広げれば容疑者は王侯貴族の半数近くに上った。


 もともとの指図が王宮の襲撃や王女誘拐といった大掛かりなものではなく、ダノンと名乗る胡散臭い老人への、呪術による暗殺依頼であることを考えると、財産の多寡を基準としたふるい分けも難しい。

 首謀者足りえる者側からの絞り込みは、事件の前後で様子のおかしかった者はいないか、という貴族同士による監視や密告を待つぐらいが関の山だった。


 それ以外の方法と言えば、直接依頼を受けたダノンを捕らえて聞き出すことだが、その進捗も思わしくない。

 ダノンがどこに住み、どうやって生計を立てていたのかも分からない。

 砦村ぐらいの規模の社会であれば、とてもあり得ない話だが、様々な人間がひしめくように暮らすこの王都では、老人一人がどこで何をしていたところで、誰も関心を払わないものらしい。

 今のところ、マーカスと呼ばれていた隻眼の男とともに、王都の外に逃れている可能性が高いと目されているものの、広い王都のどこかに、未だその身を潜めている可能性も捨てきれない。

 要するに何も分かっていないのだった。


 俺は王に、ダノンはかつて貴族であったベスニヨール家の分家の末裔である可能性が高いと告げてみたが、王もそのことはすでに承知していた。

 その上で、百年以上も前に王宮を去った家の、その分家のことまでは調べがつかないということらしい。


「それよりもお前。テオドールと会ったのだろう? どうだった? 今の話もそのことに関係しているのではないか?」


 テオと会うことを最も隠しておきたかった相手は、ジョゼの父母だったのだが、苦心の甲斐なく、俺とジョゼのその企みはあっさり筒抜けとなっていた。


「襲撃の件を案じておりました。責を負って自分が継承権の放棄を申し出るつもりだと」

「ふむ。聡い子だからな。そう言い出すのではないかと思っていた」


 ブレーズ王は執務用の大きな机の上に肘を突き、手で自分の目を揉むようにしてさすりながら言った。


「そういったこともご検討なされていたのですか?」

「うん。実はな……。もっと物騒なことを言い出す輩もおる」


「と言いますと?」

「……親子共々処刑せよと」


「そんな!」『そんな!』


「……安心なさい。そんなことには私がさせん」

「もしや、テオはそれを念頭に、自ら継承権の放棄をと?」


「おそらくな」


 損な役回りを買って出たというよりも、彼とその母親にとっては、そうすることで最悪のケースを回避したいという思惑があったというわけか。

 俺は改めて、僅か八歳の子供に身に付いた処世の術に舌を巻いた。

 俺が八歳の頃は、どうすればもっと鋭く剣を振るえるのか、といったことしか考えていなかったように思うが……。


「恐るべき子供ですね」

「テオのことか? そうだな。だが、私はジョゼも決して負けてはおらんと思うぞ? 昔から、その気になりさえすれば、何でもできてしまう娘だと思っておった」


「ふふっ、親馬鹿ですね」

『はい、不敬っ』


 ブレーズ王があまりに嬉しそうに話すので、思わず口をついて出た言葉だった。

 幸い今はその娘自身の口から出た言葉ということになっている。

 俺はこの国の王である気さくな男と、互いに顔を見合わせてしばし笑い合った。


 ブレーズ王からはその後、テオとその母親テレーズについての話を聞いた。

 テレーズの一家はもともとさして裕福とは言えない家柄であったのだが、テレーズは、彼女がまだ若い時分に家が大火に遭い、家族と財産のほとんどを失うという災難に見舞われた身の上であった。

 その境遇を不憫に思ったブレーズ王が、生き残ったテレーズに声を掛け、今の側室の地位に収まったという経緯らしい。


 ただ、その背景には第一妃のブリジットがジョセフィーヌを産み、その後はどうやら第二子を授かれない身体となったと分かった経緯も関係していた。

 王の周囲が、女子一人しか子供のいない王の後継を案じ、別の者との間で子を為せと盛んに口出しをしてきたのだ。

 ブリジットを愛していたブレーズ王は最初、形だけのつもりでテレーズを迎えた。

 しかし、ジョセフィーヌが大きくなり、真剣に彼女を次の王にと指した際、猛反発する周囲を納得させる必要が生じ、半ば交換条件のような形でテレーズとの間に子を設けることになった。

 言わずもがな。その結果、産まれたのがテオドールである。


 それらは当然ブリジット妃の前では口にしづらい話題であったのだろう。

 俺がその詳細を聞くのはこれが初めてだった。

 頭の中で、ふーん、とか、へー、と(うな)っていた反応を見るに、おそらくジョゼにとってもそうなのだ。

 これも推測だが、ジョゼの母親であるブリジットは第二妃のテレーズのことを快く思っていない。だから、王宮内ではこういった話題はタブーで、誰もジョゼに話そうとしなかったのではないか。


「お父様。差し出がましいことを言いますが、このようなことでテオほどの将来有望な芽を摘むのは、この国にとって大きな損失だと考えます。どうかご熟慮を」

「ああ、分かっているよ。ブリジットもきっと分かってくれるさ」


 そう付け足された言葉によって俺は逆に、ああブリジットはやはりテオの排斥に賛成なのだと直感した。

 これは、ブレーズ王が言うほど安心はできないぞ。


「そうだ。ジョセフィーヌ」


 考えにふけっていた俺をブレーズ王が快活な声で呼んだ。


「テオドール排斥を唱える者たちを黙らせる良い方法があるぞ。テオドールをそのまま置いていても、争いにならぬ程、お前の方が断然優秀な王になると皆を納得させれば良いのだ」


 どうだ? 良い考えであろう? と語り掛けるように、その目は嬉しそうに笑い、娘の奮起を促していた。


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