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91_第二王子テオドール 2


『え? ええっ!? ちょっと待ってよ。どういうことよ!?』


 ジョゼが頭の中で盛大に慌てる。

 うるさいが、俺の方はその声を聞いて逆に冷静になれた。

 テオドールの目を見て、それが冗談の類ではないことを確かめると、次にその隣で平然と紅茶をすすっているオリアンヌの方に目を向ける。

 オリアンヌはテーブルの上に視線を落としたまま、こちらに視線を向けようとしなかったが、その口元には薄っすらと含み笑いをしているのが見て取れた。

 これはきっと、予めテオドールから聞いて知っていたなと直感する。

 そんな軽く受け流せるような発言ではないのだから。


「貴方御一人で簡単に決められることでないことはご存知ですか?」

「はい。心得ております。ですからまずは、そのつもりであると申し上げました」


 ジョゼが自分の王位継承権を放棄する、と言い出したときにも考えたことだが、実際本人が嫌だと言ったところで、周囲にそれを認めさせることは並大抵のことではないだろう。

 しかし、姉弟揃って同じことを言い出すとは……。


「今のお話。テレーズ様もご承知なのですか?」


 年齢に似合わぬ聡明さとは言え、テオドールはまだ幼い。

 その母親である第二妃のテレーズがそもそもそれを承知しないようでは、テオドールの言う話はまるで現実味のない子供の戯言ということになる。


「母は……、自分ではあまり物事をお決めにならない人です。本来であれば、もっと早くに放棄の手続きをすべきだったのです。外野からの良からぬ介入を許す状況を招いたのも、母が決断をできずにいたからこそ。そのせいで、姉上のお命が危険にさらされたことを、改めてお詫び申し上げます」


 現王ブレーズには他に子がないのだから、第二子の権利放棄は普通に考えてあり得ない。

 さらに近年に至っては、ジョセフィーヌが謎の病に伏していたことを考えればなおさらだ。

 過去のテレーズの判断を責めるには当たらないと思うのだが……。

 しかし、それは全て、事が起きる前の、王宮が平常であったときまでの話だ。


「この度の王宮襲撃の件、決して謹慎程度で済む話だとは考えておりません。例えそれが、自分たちのあずかり知らぬ所で画策されたことであってもです」


 王都襲撃、および一部の者しか知らない王女の誘拐は、現時点ではまだ、王位継承権を巡った謀略ではないかという疑いが持たれているに過ぎない。

 だが、狙いが王女の命であったのかどうかはさておき、これだけの大事件が起きていて、首謀者の特定や処罰者なし、というのでは内外に向ける王の体面が保てないだろう。

 担ぎ上げられる立場の自分が身を退くことで、その役を買って出ようというわけか。


「遠縁とはなりますが、王位継承権を持つ者は他にもおります。貴方一人が退いたところで、王には男子をと推す者は画策をやめぬでしょう。それでも自分が、とお考えですか?」

「はい。誰かが今回の責を負う必要があります。でなければ示しが付きません。しかし、ブレーズ王は慈愛に満ちたお優しい方です。ご自身からは私たち親子の処罰をなさろうとしないでしょう。ですから、私の口からブレーズ王に……、父上に願い出るつもりです」


「…………」

『…………』

「……私からもいいかしら?」


 俺が返事を返しあぐねているのを見て、オリアンヌが口を挟んだ。


「直系でない者や現王からの信がない者が王になるとなれば、どうあっても求心力は低下いたします。男子を王に据えたいという一派がいることは間違いありませんが、彼らがそう望むのも、元を質せば、自分たちの財産の守り手である国家に強くあって欲しいという願いがあったればこそ。そのために国が乱れては意味がございません。だから……、ああ、駄目ね、これ以上は。わたくしったら。これじゃあ、わたくしがテオドール様の後見人みたい」


『何を今さら……』


 ジョゼが忌々しげに呟く。

 だが、まあしかし、お陰でテオの言わんとすることは大体理解できた。

 トカゲの尻尾切りとは言っても、テオドールの他にはもう、ろくな尻尾が残っていないし、これから生えてくる見込みもないのだから、テオドールが舞台から降りれば、それはすでに実質的な終戦宣言になり得る、ということか。


 しかし……。


『でも……、なんで何にも悪いことしてないテオが、罰を受けるみたいなことになんなきゃいけないのよ?』


 そうだな。

 正直な心情としてはそこが一番釈然としない。


「首謀者を見つけて捕らえましょう」


 一瞬、ジョゼがそう喋ったのかと錯覚したが、テオとオリアンヌが揃ってこちらを向いたことで、間違いなくそれが、自分が声にした言葉なのだと気が付いた。

 それぐらい、自分で発したその能天気な提案に驚いていた。


『良く言った! 見直したわよ、ユリウス』


「いくつもの階段を踏み飛ばしたように思えますが……。何かアテはございますの?」

「それはこれから考えます。とにかく今は方針を述べたまでです」


「ふふっ。随分ご立派に成長なされたと思っておりましたが、芯の性格はお変わりないようで……」


 オリアンヌは面白くて仕方がないというように、口の中で笑いを堪えていた。

 テオは予期せぬ展開に付いていけないようで、そんなオリアンヌと俺の顔を交互に見つめる。


「テオが継承権の放棄を申し出たとしても、きっと正式に認められるまでには相当時間がかかるでしょう。その間に、本当に罰せられるべき首謀者を見つけて、その方々にご退場願うことにいたします」


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