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88_ユリウス 対 セドリック 2


『ねぇ! 大丈夫? 苦しいの? 後ろ、追って来てない?』


 心配そうに尋ねるジョゼの声で現実に引き戻される。

 気が付くと俺は林に入ってすぐの辺りで足を止め、その場に膝を突いてうずくまるようにしていた。

 自分がそのようにした記憶がない。

 しばらく意識が飛んでいたようだ。


 少し離れたところで重い足音が立ち止まる。


「……怪我を負っているのか? 悪いようにはしないから、身柄をこちらに預けろ」


 呼吸を整えながらセドリックが近付いて来る。

 俺の身体は、先日オリアンヌの部屋で手当をされたときのまま、上半身全体が包帯で覆われている。

 端から見れば大怪我をしているように見えるのだろう。


 どうする? もう一度走って逃げるか?


 頭を働かせながら周囲を観察する。

 すると、すぐ近くの木の根本に立て掛けられた細長いシルエットが目に留まった。


 何故こんな物がここに……?


 焦らずゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐそちらへ歩いていく。

 歩きながら、俺は子供たちと一緒に屋敷のバルコニーから見た火の玉のことを思い出していた。


「待て、どこへ行く?」


 セドリックは遠巻きに回り込み、俺の進路を阻むように林の奥側に立った。

 丸腰の男に後ろから斬り掛かるのはセドリックの流儀に反するだろうから、こうなるだろうとは予想していたが、そのとおりになった。


 だが、俺がそれ───俺の身長を超す程の長く堅牢な槍を手に取り、両手で構えるのを見て、ようやくセドリックも自分の失敗に気が付いたようだ。慌てて剣を構える。


 セドリックからは暗がりの樹木の陰に重なって視認できていなかったのか、あるいは、先端にくくり付けられた松明(たいまつ)が穂先を隠していたせいで、それを槍だとは認識できなかったのかもしれない。


「騙すのなら徹底的にせねばな。明朝、子供たちがこれを見つけでもしたら、さぞやガッカリしたことだろう」

「……ご忠告痛み入ります。後でパトリックを叱っておきましょう」


 セドリックを正面に見据えつつ、ススッと大きく旋回するように木の側から離れる。


「剣と槍。どちらが有利だと思う?」


 相手の出方を探るため、問答を仕掛けてみる。


「一般的にはリーチの長い槍の方が有利と見られているでしょうが……」


 自分にその一般論は通じないぞと、こちらを牽制しているのだろうか。


 セドリックの剣の基本は()()()だ。

 打ってくる相手の剣を最小の動きでいなして(さば)き、相手の体勢が崩れたところに反撃を入れる戦法を得意としていた。

 もしもセドリックが、槍相手の場合もその延長線上で考えているとしたら、勝機は十分にある。


「俺が一本取ったら大人しく見逃してくれないか?」

「私が勝てば洗いざらい話していただきます」

『ねえユリウス、先っぽ付いたまんまだよ? 分かってる!?』


 もちろん分かっている。むしろ好都合だ。

 俺は一直線に槍を突き出す構えを見せた。

 それを見てセドリックが半身を反らし、突きをかわすそぶりを見せる。

 実際、俺が放った突きは、そのくらいのタイミングで先んじて反応していなければ、かわせなかっただろう。


 やや体勢を崩しながらもセドリックが槍の横腹に剣を合わせて払おうとする。

 が、それよりも早く、槍の先端は遥か高く、上方に持ち上げられていた。

 俺は天に突き上げるようにして持ち上げた槍を、今度は全力で振り下ろす。


 さすが───。


 セドリックはその変化にも俊敏に反応し、上から襲ってくる槍を剣で受け止めた。

 受け止めるだけでなく、(はじ)きしなに前へ出ようと考えていたに違いない。

 だから押された。

 真上から落ちてくる槍の重量は、セドリックたちが普段使っている剣の重さの比ではない。

 ましてや、今は先端に()わえられた松明の重量も加わっている。


 セドリックは剣を落とさずに受けきることでいっぱいとなり、次に迫る攻撃にも対応が遅れる。

 本来は左右に避けて、距離を詰めにくるべきなのだが、想像したとおりセドリックは槍相手の戦いにあまり慣れていないようだった。


 王都の兵や貴族の子弟は総じて練度が低い。

 それにまず、サナトスの他に、直剣以外の得物で稽古をしている人間を見たことがない。

 今のセドリックの主な稽古相手であるはずのパトリックにしたところで、昔から槍の扱いはあまり好まなかったので、十分に槍を扱える相手とは戦ったことがないだろうと踏んだのだ。


 槍はその形状から、誰もがそれを刺突して使う得物だと思いがちだ。

 実際にそれも有効ではあるのだが、何より強力なのはその長いリーチから繰り出される重量を持った打撃なのである。


 不用意な者なら最初の一撃で剣を弾き落とされるか、そのまま頭を叩かれて伸びているところだろうが、さすがにセドリックはセンスが良い。

 様々に角度を変え、連続して襲いくる槍の打撃に苦戦しながらも前に詰めようとしてくる。

 だが、ときに鋭く突く構えも見せる相手に向かって行くのは容易ではなく、対して俺の方は、後ろに跳び退()くことで有利な間合いを容易に保つことができた。


 俺は長竿を右に左にと振りながら、相手を休ませることなく強い打撃を見舞い続けた。

 長年鍛え上げた膂力(りょりょく)の賜物である。

 ジョセフィーヌのような女の細腕ではこうは自在に扱えない。


 セドリックが堪らず後ろに退()いたところを、畳みかけるように前に出る。

 相手の身体を追いかけるように槍を突き出した───そこを逆に捉えられた。


 しまった。誘われたか!


 槍の中ほどに添えられたセドリックの剣が巻き付くようにうねった。

 勝ちを焦った自分の迂闊(うかつ)さを呪い、相手の技量に舌を巻きながらも、俺はそのとき、心底この戦いを楽しいと感じていた。


 前傾になっていた体重を後ろに引き戻しつつ、突き出していた槍を思い切り引き抜くようにする。

 槍の持ち手を深くしてレンジを狭め、剣による反撃に備えたところへ予想どおりセドリックが間合いを詰めて迫る。

 すでに俺の身体は地面を蹴り、後ろに跳び退(すさ)っていたが、相手の思い切りが良く、剣の間合いに入ってしまうのは確実だった。


 セドリックが下手から水平に()ぐようにして剣を振るう。

 俺は引き戻した槍をさらに短く持ち替え、迫りくる剣から逃げるように身体を横に捌いてかわした。

 二人の身体が交錯するように入れ替わる。

 俺はそれに合わせて腋を締め、槍を回転させる。

 槍の柄は、俺の身体を支点として大きく旋回し、穂先の逆端にある石突(いしづき)がセドリックの後頭部を(したた)かに打った。


 セドリックにしてみれば視界の外側。俺がいる位置のほぼ真逆から襲ってきた攻撃である。

 無防備な部位に加えられた不意の衝撃に、脳を相当揺らされたに違いない。

 ドサリと倒れた大きな音に、俺の方がギョッとして、思わず駆け寄った。

 セドリックが(うめ)き声を上げながら起き上がろうとするのを俺が肩を押さえて制止する。


「すぐに動くな。危ないからしばらくジッとしていろ」

「……う、……不覚……」


 良かった。意識はあるようだ。

 ホッとして顔を上げると、屋敷の方からこちらに小走りで向かって来る二人の人影が見えた。

 体格からしてローランとパトリックだろう。


 セドリックの状態は心配だったが、このまま二人に追い付かれるわけにはいかない。

 特にパトリックに顔を見られてしまっては、正体を隠すために逃げたことの全てが無駄になる。

 俺はセドリックをうつぶせに寝かせたまま林の奥へと姿を消した。


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