84_オースグリッド邸の合宿 3
それは極めて自然で、何気ない誘い方であったため、気が付いたときには退くに退けない状況となっていた。
オースグリッド邸の合宿におけるメインイベントであり、そこに姿を見せないことには始まらないのだと、エミリーは嬉々として俺の背中を押す。
こんなことがあると知っていたら合宿への参加を了承しなかったのに。
オースグリッド邸には、合宿が行われるときに限り湯が張られる大浴場があるのだった。
ざっと二十名は数えるであろう、年若く高貴な身分の女性たちが、集団で互いに肌を晒して一つの大きな浴槽に浸かるのだという。
それを破廉恥だと思うのは俺が男であるからなのか、あるいは、古臭い田舎暮らしの感覚がそう思わせるのか。
ともかくエミリーを始めとして、そこに集まった若い女性たちにとっては、互いの肌を見せ合う行為にさほど抵抗がないらしかった。
抵抗がないというよりも、むしろこれをずっと楽しみにしていたという様子だ。
昼間の子供たちもかくやという騒がしさ。
エミリーから聞いたところによれば、貴族の女子にとって、自分の身体がどれほど魅力的に映るかは重大な関心事なのだそうだ。
何が大きいとか小さいとか、くびれがあるとかないとか、そういった肉体的特徴を他人と比べ、また、他人の目や口を通して品評し合うことが彼女らにとっては重要なことらしい。
そして、今晩に限っては、この国唯一の王女であるジョセフィーヌの裸体を、誰はばかることなく目にすることができるまたとない機会なのである。
王女たる者、皆の注目を集めることは仕方のないことではあるのだが、そんな好奇の目で裸を見られることに気後れを感じない者がいるだろうか。
「いいのか、ジョゼ? お前の裸をみんなに見られても」
俺は頭の中にいるこの身体の持ち主に向かって、小声で、必死に語りかけた。
『まあ、お互い様だしいいんじゃない?』
ジョゼ本人が嫌がるのなら、明確に拒否しても不自然ではないだろうから、それを自分への言い訳にして、是が非でも外へ逃げ出すつもりだったが、ジョゼの反応はそっけないものだった。
『あんたは見ちゃ駄目よ? 彼女たちが可哀そうだから、目閉じてなさい』
「そんな無茶な」
「お姉さま? どうかされましたか?」
マズい。
折角、今の今まで隠し通してきたのに、こんなところでボロを出しては悔やんでも悔やみきれないぞ。
「いえ、これほど大勢の前で裸になることには慣れておりませんので……。それに、人が多くて混み合いそうですから、私は皆様の後でゆっくりと身体を洗わせていただこうかと」
平静を装いつつ、何とか自然に辞退する道を探る。
「それでしたら、わたしくも」
「まあ、なりませんわ。折角のご親睦の機会ですのに」
エミリーが同調し俺の手を引きかかったところを、傍で聞いていた一人の女性が割って入る。
「そうです。ジョセフィーヌ様とご一緒できる機会を心待ちにしておりましたのに」
「この子なんて、少しでも自分をよく見せようと、わざわざ夕食を抜いて来ていますのよ」
「ちょっと、やめてよ!」
一人が話し掛けると、次々と会話に加わってきて、たちまちジョセフィーヌを取り囲み逃げ場を塞いだ。
中にはすでに下着姿になっている者もおり、俺は目のやり場に困る。
「同じ時間に入ってしまいませんと、下の者にも迷惑がかかりますわ」
誰かが言ったその言葉が、最も俺の意思を挫いた。
俺一人の我がままでオースグリッド家の使用人たちに迷惑をかけては申し訳ない。
「大丈夫ですよ。お姉さまのお身体はこの場にいるどなたよりもお美しいです。わたくしが保証いたしますから。どうぞ堂々としておいでくださいませ」
『そうよ。舐められないように胸張ってなさい』
ジョセフィーヌ本人よりも自分の方がよほど恥ずかしがっていることに理不尽なものを感じる。
王都の女性は全般に開放的過ぎる。
慎みというものが足りない。
あるいはこれも、オリアンヌの言う革新性の表れなのだろうか?
世話係の段取りを待つ間、俺は砦村の女たちはどうであったかを思い返していた。
温めた湯に浸かるなどという贅沢は当然できなかったが、そう言えば、ときどき多くの女性が集って、川の方に水浴びに行っていたことを思い出す。
あれは男たちが良からぬ企てをしないように、敢えてまとまって行く必要があったからだが、そう考えれば女性同士が互いの肌を見せあうことを、ことさら恥ずかしがる方が不自然である気がしてきた。
やはり、気まずく思うのは俺が男だからか。
逆に言うと、あまり恥ずかしそうにしていると、不審に思われかねないということだ。
俺は傍付きの侍女に髪を結い上げてもらい、濡らさないようにしてから、服を脱ぎ、湯気の立ち込める浴場へと足を踏み入れた。
大丈夫。これは俺の身体ではない。他人の身体、他人の身体。
心の中で呪文を唱えるようにして自分に言い聞かせる。
自分の身体ではないのに無性に恥ずかしいのは何故だろう。
女性に裸を見られていることを、男のユリウスとして恥ずかしく感じているのか、あるいは、ジョセフィーヌの裸体を他人の目に触れさせることに気後れがあるのか……。
入った途端に四方八方から刺すような視線を感じたが、こちらは相手の方を見るわけにいかないのでなるべく進路方向にだけ視線を置いて中に入っていく。
それに、俺のせいでジョゼに恥をかかせるわけにはいかない。
着飾る物が何もない以上、女を立てるのはその所作を置いて他にない。
俺は姿勢や足取りに最大限気を遣った。
『ユリウス。ほら、あそこ。座るみたいよ』
ジョゼの言うとおり、浴場の中で世話をする侍女の一人が身振りで促していたので、その前に座り湯をかけてもらう。
簡単に身体を清めてから、俺は大きな浴槽の中に足を浸けた。
表情には出ていないはずだが、実は目にした瞬間から、俺はこの大浴場に興奮しきりだった。
二十人前後の大人の女が一度に湯浴みをしようというのだから、それなりの大きさであろうとは思ったが、聞いただけでは中々この大きさは想像できるものではない。
浴槽だけでもジョセフィーヌの寝室と同じくらいの大きさがあるように見えた。
深さについてもそうだ。優に腰のあたりまで湯が張られていて、中で座れば肩までひたせる湯量だった。
それに何と言っても驚いたのは、使われている湯の温度だった。
侍女が、熱うございます、と声を掛けチビリチビリと湯を掛け、慣らしてくれたから良かったものの、そうでなければあまりの熱さに驚いて声を上げていたかもしれない。
俺は浴槽の中に肩まで身体を沈めて息を吐いた。
身体の芯まで温まっていくのを感じる。
そのあまりの心地の良さにしばし周囲からの視線を忘れた。
『すっごい広さね。これ、オリアンヌが自慢したがるのも分かるわ』
広いだけではない。この湯の温度こそ驚きなのだが。そうか、ジョゼはこの暖かさを感じられないのだった。
暖かい湯の気持ちの良さを独り占めしていることについて、ジョゼに対し密かな優越感を覚える。
しかし、これだけの湯を沸かすのに、一体どれだけの薪が使われているのだろうか。
元となる水を汲んでくるだけでも相当な重労働だろうに。
たった一晩のためだけに、これを用意するというのは、砦村の生活水準では考えも及ばない贅沢の極みである。
王宮での湯浴みですら、大きなタライに生温い水を浅く張った程度のものであることを考えると、王都の基準でも相当な贅沢であることは間違いない。
きっと、この湯を目当てに合宿に参加している女性も多いことだろう。
真横でザプンと音がしたので反射的にそちらを見ると音の主はエミリーだった。
彼女の裸を見まいとして反対側に首を逸らすと、そちらからはオリアンヌがやって来るのが見えた。
当たり前だが彼女も全裸であることにギョッとする。
俺は顔を正面に戻し、うつむいて浴槽の中に視線を落とした。
『ちょおっ! ちょっと! 私の裸ならいいっていうの?』
ジョゼが抗議の声を上げる。
だから大丈夫なのかと聞いたんだ。
どちらを向いても女性が無防備に肌を晒しているこの状況で俺にどうしろというのか。
「お姉さま? 何故、そんなに強く目をつぶっておいでなのですか?」
「あまりそうやって深くお浸かりになるとすぐにのぼせてしまいますよ? ほら、ここに腰を掛けると丁度良い高さになります」
右にはエミリー、左にはオリアンヌと、二人の裸の女性に挟まれ、俺は気が気ではなかった。
しかし、衆人環視の中で奇異な行動をしたとあっては王女の沽券に関わる。
俺はオリアンヌに促されたとおりに上半身を水面から出して座り直した。
「ちょっと。水を注ぎ足してくださる? 少し熱すぎるわ」
オリアンヌが侍女に向かってそう言うと、浴槽の周りがその対応で急に慌ただしくなった。
浴場の中には入浴中の女性以外にも、その世話をする侍女も沢山控えている。
彼女らとて腕や脚を捲り上げていているのだが、服を着ているだけ何倍もマシだと彼女らの行動を観察する振りをして、他の裸の女性を目に入れないように努めた。
タライいっぱいの水が俺のすぐ横で注ぎ込まれて、周囲の湯がかなり温くなる。
ああ。折角良い気持ちだったのに、もったいない。
「それで……。その後、セドリック様とのご関係はいかがでございますか?」
何の前振りもない突然の質問に唖然として、思わずオリアンヌの顔を見つめた。
セドリックと? どんな関係かって? 一体俺に何を言わせたいのだ。
「まあ、そのお話、私も聞きとうございます」
「わたくしも是非」
たちまち周囲で沢山の黄色い声が上がる。
「えっと……。ご質問の意味を計りかねますが?」
「他の者は十分存じ上げているようですよ? ねえ皆様?」
オリアンヌは俺ではなく周囲の女性たちに向かって質問を投げかけた。
「はい。お二人はとてもお似合いですもの」
「セドリック様は以前からアカデミアの華でしたから」
「皆、お二人のご関係を想像して噂話に花を咲かせております」
「是非、お話をお聞きしたいわ」
『あー、これきっとオリアンヌの仕込みね』
何だこの突然の包囲網はと思ったが、ジョゼのその解説を聞いて合点がいった。
だが、オリアンヌはジョセフィーヌとセドリックの仲を煽ってどうするつもりだ?
「……婚約の話は随分昔になくなっております」
「そうです。今は全く無関係の他人です」
俺の応答にエミリーが口を揃える。
この中においてはエミリーだけが唯一の味方か。
「それは親の決めた相手ではなく、自由恋愛で結ばれるということですわね。流石、ジョセフィーヌ様。率先して革新的な社会をお築きになられようと?」
オリアンヌのその強引な解釈に対し周囲がこぞって同調する。
「皆で応援いたしますわ」
「何でも最近のセドリック様は足繁く王宮に通っておられるとか」
「わたくし王女様側付きの護衛役は、ジョセフィーヌ様自らがご指名になられたとお聞きしましたよ?」
「まあ、それは本当でございますか?」
多勢に無勢。
これはもしや、交際していると認めることになるまでここを動けないのでは?
湯の暖かさに至福を感じていたひとときが急に居心地の悪いものとなった。
「えーと、これは……、大分誤解があるようですが、どうしたら良いものでしょう?」
そう口に出してジョゼからの助けを待つ。
『…………』
だんまりか……。
それはそうか。ジョゼだって、これまで同世代の友達付き合いはエミリーしかいなかったのだから、こんな場合の上手い切り抜け方など知っているはずがない。
もしも、彼女が今と同じ立場に置かれたとしたら……、単に癇癪を起こして怒鳴り散らすだけかもしれないな……。
仮にも次の王位を狙う王女にそんなみっともない真似をさせるわけにはいかない。
ここはあくまでスマートに切り抜けなければ。
「ね、ねえ? エミリー?」
藁にもすがる思いでエミリーを見ると、エミリーは神妙な面持ちでこちらを見つめ返した。
「お姉さま。これは良い機会です。この場でわたくしたちの関係をはっきりと皆様にお知らせしてはいかがでしょう?」
「え、エミリー……?」
「お姉さまの真実の愛がどこにあるのか、皆様がお知りになれば、意にそわぬ殿方とのお噂など、たちどころに消えてなくなりますわ」
エミリーの柔らかな手が湯の中で俺の手を探り当てて握ってくる。
手を繋ぐのはよくあることだが、今はお互い裸同士なことを忘れていないだろうか。
それに、この様子は周りを取り囲む他の他の女性たちによって見守られているのだ。
「え……。それってまさか!?」
「どういうことですの?」
「か、革新的過ぎます! そんな、女性同士でそのような……!」
「じゃあ……、セドリック様はカモフラージュに? それはお可哀そうだわ……」
みるみる間に話がとんでもない方向に燃え広がった。
「ちょっと、貴女たち。そんなわけがないでしょう? 今のはエミリーさんの冗談ですよ!?」
オリアンヌのうろたえぶりから見るに、これは彼女の筋書きとは違うようだ。
これまでジョセフィーヌとセドリックの関係一辺倒だった話題が脇に置かれ、誰がどうやって傷心のセドリック様をお慰めするかといった議題や、女性同士と言えばあの方とあの方が怪しいといった噂話などによって、浴場内の話題は混ぜっ返しとなってしまった。
これは案外エミリーの暴言に救われたのか? などと考えつつ、俺は裸のままジョセフィーヌに抱きつこうとしてくるエミリーをどうにかこうにか防ぎ続けた。




