83_オースグリッド邸の合宿 2
俺たちが謎の男(俺)について話し合っている間、目の前の広大な芝生では、ローランやパトリックたちによる剣術教室が始まっていた。
参加しているのは殆どが男子だが、女子の姿もある。
私も姫様みたいに戦うの、と勇ましく宣言する幼い声が聞こえてくる。
王宮を襲撃した賊をジョセフィーヌが打ち倒したという話は、子供たちにも伝わっているようだ。
そう言えば、ジョセフィーヌに倣い、娘に剣術を学ばせようとする貴族も出始めているという話を聞いたことがあった。
新たな規範、とまでは言い過ぎだとしても、次期女王の行動一つ一つが貴族社会に与える影響の大きさを実感する。
そんなこともあって剣術教室は盛況で。それは良いのだが、一度に大勢の子供の相手をすることには皆、手を焼いているようだった。
剣の型を披露してみせる教師役のパトリックのことなどはお構いなしに、あちこちでチャンバラが始まっていた。
友達から頭をぶたれて泣き出す子供。
それを見て言い合いを始める各家の付添人たち。
また、意外なことに、ローランは子供たち相手に大人気のようで、彼の周りには子供たちの輪ができている。
ローランが自慢げに見せているのは、剣の先に付いた黒い煤の跡だ。
それが、先日火の精霊に向けて振るった剣だという話は、すぐに他の子供たちにも伝わる。
興味津々となった大勢の子供たちに揉みくちゃにされ、堪らず逃げ惑う羽目となったローランの姿を、俺はエミリーと一緒に、声を出して笑って眺めた。
*
マナー教室も兼ねた大広間での夕食会は、剣術教室に負けず劣らず、想像以上の賑々しさの中で行われた。
同じ年頃の子供を一同に集めて食卓を囲ませるとどうなるのか、主催したオリアンヌを始めとする大人たちはもう少し頭を働かせるべきだったろう。
食事が運ばれる前から、子供らは昼間仲良くなった友達といっしょにあちこちを飛び回り、ナイフとフォークでチャンバラを始め、と勝手気ままに振舞う。
それらを咎める母親たちのキンキン響く声も重なり、大広間は耳をふさぎたくなるくらいの大騒ぎだ。
俺は喧噪の中、周囲の者に聞かれないように注意しながら、そっとジョゼに呟いてやった。
「明日会おうとしてる相手は、あのくらいの年頃の子供なんだぞ?」
木を隠すなら森の中、とばかりに沢山の子供を集めたこの催しだが、肝心のテオドールは明日から参加することになっていた。
テオドールが自分の代わりに国を治めるに足る器かどうか見定める、というのがジョゼの言い分だったが、将来はともかく、たかが八つか九つの子供相手にそれは難しかろうと俺は踏んでいた。
俺がテオドールとの会合に同意したのは、王位継承の件はさて置き、八年間会っていないという二人に互いの顔を見せてやりたいと思ったからだった。
『ちゃんと見なさいよ。こんな中でもちゃんと座ってお澄まししてる子もいるでしょ? まあ、私があのくらいの年の頃は、間違いなくあっちのテーブルの上に乗って騒いでるタイプの子供だったけどね』
今なら容易にその姿が想像できる。
ジョゼが子供だった頃に、お転婆な彼女が衆目に晒されるこのような催しがなくて良かった。
いや、そういえばジョゼより二つ年上のオリアンヌは、こういう時分のジョゼのことを知っているのだったな。
広い部屋の中、オリアンヌの姿を探すと、彼女は走り回る子供を捕まえて、着席させるのに掛かり切りになっていた。
子供たち相手には、彼女得意の色香も駆け引きも、出る幕なしというわけだ。
*
夕食会の後は子供たちお待ちかねの“精霊様を探そうの会”が催された。
屋敷の二階の一室で、オリアンヌが前に立ち、子供たちに注意を促す。
精霊は邪悪なものではないので、静かにしていれば害はないことと、ただし、火の精霊は火の粉を振り撒いて宙を飛んでいるので、見つけても近付かないようにと。
精霊がこの屋敷に現れた理由については、ここが昔、精霊魔法に長けた一族の所有する屋敷であったから、というもっともらしい説明が作られていた。
つまり、ベスニヨール家の没落がなければ、この屋敷にはプリシラが住んでいたかもしれないということなのか?
そんな埒もない想像をしながら、俺は子供たちと一緒になってオリアンヌの話を聞いていた。
オリアンヌが焼け焦げて穴の開いた自分のドレスを広げて見せながら、どこをどんなふうに飛び、どの方角に飛んで行ったか説明するのを、子供たちは目を輝かせて聞き入っている。
夕食のときと違い、子供たちが大人しく話を聞いているのは、大騒ぎしていると精霊が驚いて遠くに逃げてしまうと脅されたからだ。
当然ながら、静かで良い子にしていたところで、あの自由奔放な精霊が都合よく現れるわけはない。
そこは当然、子供騙しの仕込みが用意してあった。
使用人たちが部屋の明かりを消し、オリアンヌがバルコニーの上に集めた子供たちに向かい、心の中で精霊様を呼ぶように語りかける。
しばらくすると、昼間遊んでいた芝生の先にある林の中に、赤く光る点が現れた。
子供たちが興奮して口々に叫び始める。
騒ぐと精霊様が逃げてしまいますよ、と言われていたこともすっかり忘れているようだ。
仕掛けは極めて単純。長い棒の先にくくり付けた松明を、誰かが一生懸命上下に動かしながら走り回っているだけなのだが、暗闇の中、遠目で見ると案外それらしく見える。
赤い点は右に左にと、ふらふら宙を漂ったかと思うと、意外とあっさり消えてしまった。
精霊がすぐに見えなくなったことに子供たちは不平を漏らしたが、君たちが我慢できずに騒いだからだと大人たちにたしなめられて、その日の会はそれでお開きとなった。
いくら広いオースグリッド家の屋敷とは言え、今日集まった子供たちとその付き添い全員を泊まらせるだけの客間はなく、ほとんどの子供は一旦各自の家へと帰らせることになる。
子供たちは、明日の朝またやって来て、精霊が飛んでいた林を散策し、その痕跡を探しに行く段取りとなっていた。
即興で用意した催しにしては、なかなか周到にできている。
一方、子供たちと異なり、普段アカデミアに出入りしているような年齢の貴族の子弟は、今日はそのまま屋敷の客間を借りて宿泊することとなっていた。
オリアンヌが企画した催しを手伝っていたメンバーが中心だが、その中には昼間には見えなかった者たちの姿もある。
子供たちを招いたことこそ異例であったが、実はこのアカデミアにおいては、こういったお泊り会のようなものは時折開催される定番行事なのだった。
オリアンヌからは、ジョセフィーヌも是非にと参加を乞われていた。
王女と親睦を深めたいという申し出が山ほどあるのだそうだ。
あまり親密に接すると、どこかでボロが出てしまいそうなので気乗りはしなかったが、こちらからテオドールとの会合のセッティングを依頼している手前断りづらい。
それに、これも王女としての人脈を作るためならやむを得ないか、と俺は渋々参加を了承したのだった。




