81_状況を整理せよ 2
俺はミスティから連絡のない状況が、焦って然るべき時期に達していることを明確に意識し、これまで守勢に過ぎた自分の戦略を後悔し始めていた。
いや、これまでについては仕方がないが、これからはもっと積極的に情報を取りにいくべきではないのかと考えていた。
これまでは、状況が何も分からなかったために、とにかく自分の正体を他人に知られないようにすることを優先していた。
それはミスティが残した言伝を受け、忠実に守り通した結果であったが、事ここに至っては、俺の命などよりも、ミスティやアークレギスにいる皆の無事の方が心配された。
この王都で俺が知った外の世界を見渡す限り、魔力が満ち溢れ、精霊が飛び交うアークレギスの異質さは際立っている。
俺以外に誰もそのことを知っている様子がなく、オリアンヌ風に言えば、それは非常に貴重な情報であるはずだった。
それらの事実を考え合わせると、現在アークレギスは何か大きな陰謀の渦中にあると考えるのが妥当ではないだろうか。
俺がこの王都に飛ばされて来た(?)ことも、そのことに関係しているのではないか。
仮にそうだとすれば、助けを待つどころではない。
やはり俺がアークレギスを、ミスティを、助けに戻らなければ。
俺は多少不自然に思われるのを覚悟で、この国の軍事面を司っているらしいお偉方の男を王宮内の回廊で捉まえて、このミザリスト王国の国防状況について尋ねてみた。
最近国境付近で小競り合いや侵攻の兆しを窺わせる事件はなかっただろうかと。
立派な口ひげを蓄えた初老の男は、気さくな笑い声を上げて、全く心配には及びませんよと答えた。
そんなはずはないのに、と俺は内心で苛立つ。
わざわざアークレギスから貴族一家を呼び寄せ、王都付近に移り住まわせ、有事に備えているくらいなのだ。
詳しく覚えていないがパトリックがアークレギスを去る際にも、どこか遠くの地で侵攻の噂があったはず。
その地がアークレギスでないにせよ、広い国境線のどこにも戦の火種がないとは考えにくい。
あれから五、六年のうちにそこまで国勢が変わったとでも?
あるいは、俺のことを小娘と見て、まともに取り合おうとしていないかだ。
その後、丁度折よく、王宮の防衛計画に関する会合に出席する機会が巡ってきた。
女性軽視の見方を払拭する好機だと意気込み、俺はその席で積極的に意見を出した。
特に呪術を交えた攻撃に関する備えについて皆の関心は高く、実際にこの身にその術を受けた経験が、他の出席者の傾注を生む。
相手が呪術を用いると分かった場合には、視界に入らないよう曲がり角などでの待ち伏せが有効だと考えられることや、身を潜めながら術士を狙えるように、弩の配備を増やす提案などを行った。
王宮が再び正面から襲撃を受ける事態になるとは考えにくいが、備えをしておくに越したことはない。
「流石でございます。ジョセフィーヌ様。皆、ジョセフィーヌ様のご見識にいたく感銘を受けている様子でありました」
会合が終わった後、セドリックがすぐに寄ってきてそう言った。
そういえば、この会合へのジョセフィーヌの出席を推してくれたのはセドリックだった。
「セドリック様のお陰で良い機会を得られました。ありがとうございます」
「いえ、私など何も。しかし、着々と、といったご様子ですね」
彼のにこやかなの表情から、好ましいことを言われたようだが、何が着々となのか、すぐには思い浮かばなかった。
王宮の防衛強化を喜んでいるのだろうか。
「ブレーズ王もブリジット様もご安心でしょう」
その言葉で合点がいく。
次期国王の地位に就くための地盤固めは着々と進んでいらっしゃいますね、ということだったのか。
ジョゼが聞いている手前、どう答えて良いものか迷い、俺は軽く微笑んで返すだけに留めた。
幸いセドリックもそれ以上長話をするつもりはなかったらしく、それでは、と短く挨拶し、そそくさと帰っていった。
おそらく時間が惜しいのだろう。
プリシラから借りたあの本は、情報が拡散しないように警戒し、セドリックが一人で翻訳する段取りになっていたからだ。
あれを記すのに使われていたラーティン語は、今日では一般に使われることがない古代国家の言語で、読み書きするにはそれなりの素養が必要らしい。
冒頭の一文だけとは言え、それをあの短い時間でさらりと読み上げたジョゼの教養は、流石に王族のそれだと感じさせる。
『ユリウス。あんた本当に私を女王にするつもりなの?』
「いや、そういうつもりじゃなかったんだけど……、結果的に評判を上げられたのなら良かったよ」
『良くないわよ。これじゃあ、私がやる気満々でいるみたいじゃない』
俺たち二人の間で王位継承にまつわる話は一旦棚上げになっていたので、王女ジョセフィーヌの株を上げる今日のような行動について、ジョゼは良い気がしていないようだった。
とはいえ、その棚上げの期間は早々に終わろうとしていた。
ジョゼが望んでいた第二王子テオドールと直接対面する機会が間近に迫っていたのである。




