79_帰宅の途 3
ジョゼによって語られた真相は俺を唖然とさせるものだった。
「じゃあ、ミスティからの伝言なんて、初めから存在しなかったのか……」
俺は肩を落とし呆然と呟く。
さっきまで必死であれこれ考えていたことは全て無駄だったわけだ。
『ごめんね。期待させちゃたよね?』
しおらしく謝られたが、ジョゼが本当に謝るべきは、そういうことではないだろう。
「どれだけ危険な橋を渡ったか、分かってないんだろう?」
『それは……、危険になったらそのときまた考えればいいじゃない。心配し過ぎで何もしなかった結果、手遅れになるほうが私は嫌だったの』
「何もしないわけじゃない。ちゃんとセドリックが調査してただろ?」
『エミリーに探ってもらった方がずっと早かったみたいだけどね』
「…………」
痛いところを突かれた。
確かに俺が懸命に考え最適と思った方法が正解だとは限らない。
「俺に相談してくれよ。俺たちは利害の一致するパートナー同士だって話はしたよな?」
『何度も直接会いに行こうって言ったのに聞いてくれなかったじゃない。決定権はユリウスが持ってるんだから。私は、私なりに戦うための武器が欲しかったの』
そうなのだ。俺の頭の中に同居していて、見ることと聞くこと、それに俺に向かって話し掛けることしかできない───俺がそうだと思い込んでいたジョゼは、俺の知らない、とっておきの武器を一つ隠し持っていた。
彼女は俺が眠って意識をなくしている間、すなわち夜の間だけは、この身体の主導権を取り戻し、自由に行動することができたのである。
俺が眠りに落ちた後、ジョゼはベッドを抜け出し、こっそりと手紙を書き上げ、アンナを通じてエミリーへと秘密の指令を出していたらしい。
俺から問い詰められ、誤魔化しきれないと観念したジョゼは、それを全て白状した。
一つ。強引に自分を誘い出し、あの店へ連れて行くこと。
二つ。自分は建前上、その店に入るわけにいかないから、自分が嫌がる素振りを見せてもそれは演技なので無視すること。
三つ。どうしても無理そうな雲行きになった場合は、ミスティからの伝言だという言葉を囁いて合図すること。
そうして俺は、まんまとジョゼの策謀にはまり、危険を冒してプリシラの店に入ることになったというのが事の真相だった。
「本当に危険な賭けだったんだからな? たまたまプリシラが無害そうな奴だったから助かったけど……」
『その賭けには勝ったでしょ? 私のおかげで早く真相に近付けるんだから、そこには感謝して欲しいわね。あのノッポのボンクラの報告を待ってたら最低でもひと月先よ? それに、あいつに任せてたら関係がこじれて協力なんてしてもらえなかったかも』
「………」
たとえ僅かでも、確かになあ、と思ってしまった俺は、それ以上言い返す気を削がれてしまった。
疲れた……。
鏡台の上に肘を突き、顔を覆って溜息をつく。
「ジョゼが現れてから、一晩寝ても全然疲れが取れた気がしなくなってたんだが……。どうりで、そういうことか……」
様々なことに合点がいくようになる。
寝る前と微妙に配置が変わっているように感じた身の回りの道具や、アンナとの何気ない会話の中で感じたほんの僅かな違和感。
『ちょっとぉ。言ってくれるわねぇ。私が湧いて出たみたいに。言っとくけど逆よ? ユリウスが勝手に出てきて私の身体をいいように使ってるんだから』
「分かってる……。けど、意識がない時に、自分の身体が勝手に動いてるって考えるのは、どうにも気味が悪いな……」
俺は無意識に自分の細い腕や脚を擦った。
『だからぁ! わーたーしーの、かーらーだっ。他人の麗しい身体を奪っといて、自分のだなんて図々しい』
「言葉のあやだよ。そう言うしかないだろ? ……それで、……どのくらい起きていられるんだ? まさか一晩中起きてるわけじゃないだろ? 俺が朝起きたときはベッドの中にいるんだし」
自分の身体の中に獣を飼っているようなものだ。
俺の睡眠中、ジョゼにどのくらいのことが可能なのか、しっかり把握しておかなければ。
ジョゼは俺の行動を常に監視していられるが、その逆は不可能なのだから。
いざとなれば……、そうだ。
いざとなればジョゼは俺の存在を両親に訴え出て、身柄を拘束させることだってできるのだから、お互いの力関係は大分変わったぞ?
そのことにジョゼ自身はどこまで気付いているだろうか。
『そりゃあ根性入れて頑張れば一晩中でもいけると思う。けど、動けるようになった瞬間、身体の感覚も全部戻るから、大抵すぐに眠くて起きてられなくなるの』
なるほど。意識が二つあっても身体は一つ。昼夜ぶっ通しで活動しては肉体の方がもたないというわけか。
そうやって長らく話し込んでいると、ドアがノックされエミリーが顔を出した。
「お姉さま? 御着替え、やっぱりお手伝いいたしましょうか?」
「いえ、大丈夫です。終わっています。すみません。お待たせしてしまって」
立ち上がってドアの方へ歩いていく。
『ユリウス、あんた。改めて思うけど恐ろしい変わり身よね。感心する。一瞬で、いい子ちゃんモードの私にそっくりになっちゃうし。こりゃ、お母様も気付かないはずだわ』
お前のいい子ちゃんモードはボロが出まくりだったみたいだけどな、と心の中でひとりごちる。
エミリーの顔を正面に見ながら、またしばし考え込んだ。
「……? 何でございましょう?」
「いえ、何でもありません」
ミスティの伝言の件がジョゼの狂言だと分かった以上、エミリーにそれを尋ねても意味のないことだった。
エミリーはこの身体の中に、俺とジョゼの二人の人格があるとは気付いていないみたいだから、申し訳ないがそこはまだ内緒のままにしておこう。
彼女が普段ベッタリ引っ付いているジョセフィーヌが本当は男の俺である、などという事実を知ったら彼女なら卒倒しかねない。
「参りましょう。随分皆さんをお待たせしてしまったわ」
変わり身が早いと言われたばかりだが、最近は特にジョゼとの会話が頭に残っていて、すぐに適切な会話が思い浮かばないときがある。
人前での脳内会議の作法について、もう一度よくジョゼと取り決めしておく必要がありそうだ。




