75_貧民窟 3
俺たちは、俺を含む女性三人をセドリックとパトリックで挟んで守るような配置を取り、十分に警戒しながら来た道を戻った。
捜すのにもっと苦労するかと思ったが、ほどなくして、道の真ん中で、覆い被さるようにして子供を地面に押さえ付けるローランを見付けることができた。
「しつけーんだよ、おっさん」
「俺ぁ、なめられた、ままってのが、ぜってー、許せねーんだっ。……思い知ったか」
ローランはぜぇはぁ息を切らしながら、子供相手に本気で食ってかかっていた。
顔を真っ赤にし、額に大粒の汗をかいている様子からして、今の今までそこら中を追いかけ回し、巡り巡ってこの場で取り押さえることになったのだろうと想像できた。
「ほら。返せよ」
「落とした」
子供に向かって手を出すローラン。
子供の方はケロリとした顔で両手を広げて見せる。
「ガキが、ふざけやがって」
ローランは子供を立たせて服の中に隠し持っていないか必死で探すが、ズボンまで脱がせてみせてもパトリックの巾着袋はどこからも出てこなかった。
『こんな不潔な子供、よく触る気になるわねえ。あ、こら、私に汚い物見せないで。ユリウス! レディがそんな物マジマジと見ちゃダメェ』
言われてようやく、俺以外の女性二人が全裸の子供から顔を背けているのに気付く。
「恐らく逃げている途中で仲間に渡してしまったのだろう。知り合いから以前、そういう手口に遭ったと聞いたことがある」
セドリックが冷めた調子でそう告げる。
財布の行方には端からまるで興味がないようだった。
「っの野郎っ!」
「どうする? 殴るか? 俺ぁいいぜ、別に慣れてるし」
確かに。痛ましい話だが慣れているという言葉に嘘はなさそうだ。
先ほど見た服の下には、何かで殴られたような大きな青あざや生傷の痕が、身体のあちこちに数えきれないほどあった。
これからこの子を多少痛めつけたところで財布が返ってくるとは思えなかった。
「もう離してやろう、ローラン。俺はいいから。ありがとな」
パトリックに肩を叩かれたローランは不承不承拳を下ろす。
「へっ。やっぱり御貴族様はチョリィや。この辺の奴らだったら死ぬほど俺を殴るぜ」
子供は脱がされた服を手早く着直しながら余裕たっぷりに悪態づく。
『小憎らしいガキね。親の顔が見てみたいわ』
俺はこの子の親が存命なのかどうかも怪しいところだと思う。
人から金品を奪い、こうやって体を張ることでしか食いつないでいけないのだろう。
痩せ細った身体と怪我の痕が、彼のこれまでの人生が俺などには想像もつかない悲惨なものであったことを窺わせた。
「よし。分かった。パトリック、こいつ押さえてろ。拳じゃこっちも痛ぇからな。思い切り蹴飛ばしてそれで仕舞いにしてやる」
「え? いや、それは……」
それを聞いて動揺するパトリックとは対照的に、子供の方はスッと目を据わらせた。
ローランは口調こそ静かだが、……これはブチギレしている顔だった。
「お待ちください! ローラン様。益のないことです。私が預かります」
流石に次期女王の威光だろうか。
俺の一喝でローランは我に返ったように顔色を戻し振り返る。
「ローラン様。貴方はまず、怒りを覚えたときに心を制御するすべを習得すべきだと私は考えます。冷静でありさえすれば、お優しく立派な心をお持ちの御方なのですから……。それと、貴方……」
俺はローランとその子供の間に割って入り、しゃがみ込んでその肩を優しく包み持った。
「貴方の言った最後の言葉は無用な一言でしたね……。大人相手にあれだけ上手く立ち回れるぐらい賢いのですから、自棄にならず、したたかに生きるすべを学ばねばなりません」
「したたか……?」
「無理に敵を作らぬことです。そうすれば無駄に傷付くことだって減るはずではありませんか?」
「……フンッ。物取りに説教なんて。さすが世間知らずの御貴族様だ。考えることがぁ、いででで!」
俺は子供の頬を両方から引っ張り、思い切りつねってやった。
「今のそれですよ? 憶えましたか?」
ジョセフィーヌのその声音は、幼き日の母上の声音そのものだった。
俺がこの子くらいの子供の頃、考えの足りない失敗をしでかしたとき、母上から同じように頬をつねられたものだと懐かしく思いを馳せる。
「痛い痛い、痛いって。分かったから。もう分かったからっ」
「子供が憎まれ口を利いたときに優しく叱ってもらえるのは、大人の方に余裕があるときだけです。目の前にいるのが甘えられる相手かどうか、よく見極めるようになさい」
俺が立ち上がり、子供の身体を自由にしてやっても、彼はすぐに去ろうとはせず、つねられた頬をさすりながら俺の方を見上げていた。
時と状況が許せば、もっと構って甘えさせてやりたいところだが、姫君の身体をいつまでもこのような危険な場所に置いておくわけにもいかないだろう。
「そろそろ参りましょう」
黙って俺と浮浪児のやり取りを見ていたローランや他の者たちは、その一言で自分たちが身体を動せることを思い出したかのように、一斉に周囲を見回したり、剣の柄の握りを確かめたりし始めた。
妙にそわそわする居心地の悪い雰囲気。
「どうしたのです?」
「いや、別に」
唯一目が合ったプリシラにそう尋ねたが素っ気のない返事を返される。
これは……、何か失敗をやらかしたか?
だが、ジョゼはだんまりを決め込んだままだ。
俺が王女や貴族らしからぬことをやりそうになったら、急いで止めてくれるよう頼んであるのに。
何となく不衛生な子供の身体に触れたことがマズかったのではないかと見当を付けるが……。
これは後でジョゼに確かめておかなければな。




