72_探り合い、助け合い 2
その一言は俺にとって大きな契機と言えた。
記憶の欠落がある故に、確かな情報がほとんどなく、背負うものも大きい……。そんな失敗の許されない状況に置かれたからこそ、これまでずっと消極的に、防戦一方で、リスクを極力取らないようにする選択を繰り返してきた。
だが、目の前にいる一人の女性の覚悟を知り、俺も肝が据わった。
「まず、私の本当の名を明かしましょう。私はジョセフィーヌ・カルドエメフ。この国の王ブレーズの娘です」
「はああっ!?」
プリシラは今日一番と思えるくらいの大声で驚きを露わにした。
「お姫様ぁ!? うっそ。嘘でしょ!? ……っ、……ねえ!?」
助けを求めるようにエミリーの方を見るが、エミリーはただニコニコと笑うことでそれに応え、プリシラはその様子にたじろいだ。
「馬鹿でしょ……? なんでお姫様がこんな街中に出てきちゃってるのよ? んで、私なんかにそんな秘密、軽々と明かしてんじゃないわよ!」
「軽々とではありません。私も覚悟を決めたのです」
プリシラを落ち着かせるように、こちらは努めて冷静に声をかける。
ぐぬぬと言葉を失うプリシラ。
自分から情報を明かせと言った手前、文句が言いづらくなったのだろう。
そこへ正面の入り口が開きローランが顔を覗かせた。
「おい。大丈夫か? なんかデカイ声がしたけど」
「「大丈夫です」」
俺とエミリーが同時に応え、声がハモったことが可笑しくて、互いに顔を見合わせ微笑み合う。
「女同士の喧嘩は勘弁してくれよ? たち悪ぃんだから」
「大丈夫です。まだ少々お時間がかかると思いますので外でお待ちいただけますか?」
「でもなあ……。なあ、やっぱり俺だけでも中にいていいか? 会話の邪魔はしないっつーか、多分難しい話は聞いてもよく分かんねーし」
ローランはオリアンヌの甥だ。
会話の断片でもローランを通じてオリアンヌに伝わってしまう可能性を考えると、この先の会話が非常にやりづらいことになる。
「エミリー」
俺はエミリーを近くに呼んで耳打ちをした。
「……お任せください。お姉さま」
エミリーは俺に向かって満面の笑みを見せると出口の方にテテテと歩いて行き、ローランの腕を取って外へと連れ出した。
「情報をいただくための交換条件なのです。ローラン様。急いでまたあのお菓子を買って来なければ。わたくし一人では心配ですから。当然お付き合いいただけますわよね?」
玄関口から助けを求めるように俺の方を見たローランに対し、俺はウンウンと頷いてみせ、エミリーに付き合ってくれるよう促す。
「あ、おい……。んんああもう、しゃーねーなあ。パトリック! しっかり見張っとけよ? わー、分かったからくっ付くなよ」
ドアが閉まり、プリシラと二人だけで残された店の中は、一転して静寂に包まれた。
『あーあ。あんまりエミリーに貸しは作りたくないんだけどなー』
いや、そう静かでもなかった。
俺は瞼を閉じて、“黙ってろ”の合図を送る。
そうして少しの間、心を落ち着けたのちに話し始めた。
どこまで秘密を明かして良いか、用心深く考えを巡らせつつも手早く要件を伝えることに努める。
俺が魔法の専門家であるプリシラを頼りたい理由は大きく言って二つ。
一つは先ほどセドリックが求めていたように呪術による攻撃への対抗策を手に入れること。
世間に広く知られている王宮襲撃事件以外に、ジョセフィーヌのこの身体が三年以上前から時間をかけて、呪術による病魔に犯されていることも明かした。
もう一つの理由は、俺の身に起きている異変について詳しく知ることだ。
約三週間前にプリシラが感知した魔力は俺の身体から飛び出した精霊が原因だと考えられること。さらに四日前にも、それと同じことが繰り返し起きたことを伝えた。
「じゃあ、ジョゼを見張ってたらそのうち精霊に会えるってこと? うわ、超見たいんですけど。……でも、どうしてだろ? なんでジョゼの身体に突然? 呪術が呼び水になるとは考え難いんだよなあ……」
『こいつ。一国の王女を気安く愛称呼びとか、いい根性してんじゃん』
多分急に色々な情報を得た興奮でそんなことに気を遣っている余裕がないのだろう。
だがこちらもプリシラが落ち着くのを待って休み休み話しているだけの余裕はない。
二人きりで話せる今のうちに、本当の核心のことを話さなければ。
「そのことには心当たりがあります。いいですか? 今から話すことは決して誰にも話さないでください。絶対に、二人だけの秘密です」
「ジョゼがお姫様だって聞いた時点でそのつもりだけど? ヤベーこと聞いちゃったなあって後悔してるくらい」
「……実は私は、そのジョセフィーヌ本人ではないのです」
「…………。……ごめん。完っ全に見失った。何の話? なぞなぞ?」
「言葉どおりと受け取ってください。この身体はジョセフィーヌ王女のものですが、今こうして口を動かしている私は、この身体をお借りしただけの別の人間なのです」
「…………。駄目だー。完全に頭が馬鹿になっちゃったー。何にも入ってこないわ。別の人間って誰のこと?」
「それはまだお話しできません。ですがまずは、その事実を受け入れて、それを前提に調べて欲しいのです」
「な、何を、お調べいたしましょう?」
「元に戻る方法です」
プリシラは何度も目を瞬かせ、今言われたことの意味を頭に染み込ませているようだった。
「つまり、どこのどなたか存じ上げない貴女様が、今そのお姫様の身体になってることは意図したことではないと?」
「はい。今から半年ほど前です。気が付いたら記憶の一部を失い、この身体になっていました」
「記憶喪失ぅー!? どうやってそうなったかも分からないのに、元に戻せってそれ無茶苦茶だよー」
一度に頭に入れる情報が限界に達したのかもしれない。
それが奇矯な断末魔の叫びであったかのように、プリシラはふにゃふにゃと机の上に突っ伏してしまった。
やはり彼女には荷が重い相談だったか?
「元に戻すことまでは求めません。せめて何が起きてこうなったかが分かればと。それに、プリシラさんの目的とも一致していると思います。今私の身体から魔力が湧き出ていることと、身体が入れ替わった……というか、融合しているのかもしれませんが……。とにかくそれが、魔力の湧出と関係しているとは思いせんか?」
上体を机に伏せたままのプリシラが顔だけを横に向けてこちらを見る。
「いいわ。分かった。一旦入れ替わり云々の件は忘れる」
なんだと? 人が決死の覚悟で打ち明けた事実を忘れられては困るのだが?
俺は思わず眉をひそめて自分の怪訝な心情を表明してしまっていた。
「だぁって……。お姫様とは別人だって言われても、アタシは元のお姫様のことも知らないし、今言われたことが本当かどうか確かめようもないしねぇ」
証明か。それは確かに考えてなかった。
「一旦それは脇に置いておくとしてよ。さっきも言ったとおり、強力で複雑な魔法を使うための理論が書いてあった本はいくつか思い出してるから、とりあえずその辺の本から順番に読み返してみるよ。もしかしたらその過程でヒントが見つかるかもしれないから……、それでいい? あと……」
プリシラは立ち上がり、机の上のあの奇妙な形の道具を持ち上げる。
「これも貸すから持って帰ってよ。んで、しばらく自分の周囲の魔力量の変化を測ってみてもらえる? 増加傾向なのか減少傾向なのかは是非とも知りたい情報だわ」
「分かりました」
まあ、一応これで協力は取り付けられたか。
実践的な魔法を知らない王都の人間に、この不可思議な現象を究明できるのだろうかと思わないでもないが、ひとまずこの山のような蔵書の知識に期待だ。
アークレギスのことを始めとして、まだ隠し事は多いが、それはプリシラの調査の進捗を見て、必要そうであれば追々明かしていく方がよいだろう。
*
プリシラから魔力測定器の見方を教わっているところにエミリーたちが帰ってきた。
残念ながら当日販売分は売り切れだったらしい。
店の裏手からセドリックを呼び戻し、俺が呪術について書かれたあの書物を彼に手渡している横で、プリシラが、言うか言うまいか迷いながらといった様子で話し掛けてきた。
「あのさあ……」
「はい。なんでしょう?」
「ジョゼは今日みたいに街に出て来るの、そう簡単にできるわけじゃないんでしょ?」
「ええ……、まあ」
「だったら、今からちょっと付き合わない? 見せたいものがあるの」




