67 お忍び散歩 3
エミリーが俺たち四人を連れ出した店は、大通りを一つ逸れ、二つ逸れ……、と王都の奥まった場所へと入り込んだ路地にあった。
近くにある他の家々と比べてもやや様相の異なる古めかしい建物で、何を扱っている店なのか容易に想像が付かない。
大きさは先ほど立ち寄った菓子店の半分。いや、さらにその半分ぐらいか?
なんなら、今日目にした中で最も小さく見すぼらしい建屋だと言ってもよいくらいだった。
「ここです。お姉さま」
エミリーが弾んだ声で俺の手を引き気安く入ろうとしたところを、後ろからセドリックが俺の肩を掴んで引き留めた。
「なりません。ジョセフィーヌ様」
セドリックは俺たちにしか聞こえないように声をひそめていた。
それだけでただならぬ事だと察しが付く。
「エミリー。ここは……?」
俺の問い掛けに対しエミリーはただ困ったような表情を見せるだけ。
代わりにセドリックが答えた。
「申し訳ありません。私自身で訪れるのは初めてでしたので、気付くのが遅れました。ここが例の内偵中の店なのです」
ここが……?
そう言われてもう一度、近くから見上げるようにして店構えを確認する。
隣家と違ってガラス窓が一つもない。
外壁には蔦がはびこり、古めかしさと怪しさを醸すのに一役買っていた。
壁の上の方に見えるレリーフは家紋か何かだろうか。
それに目を凝らして見ても彩色はくすみ、輪郭もよく見定められない。
エミリーはよくこんな得体の知れない店に入ってみようと思ったものだな。
確か、占いをしてもらったとか言っていたか?
仮にどんな店だか知っていたとしても、女性が一人で入るのは、ためらわれるような薄気味悪い雰囲気の店だった。
「エミリー。今日は、やめにしておきましょう」
俺はエミリーに引かれていた左手に右手を添えて、エミリーの右手を両手で包み持った。
「そんな……。約束が違います、お姉さま」
『いいじゃん。入りましょうよ。折角ここまで来たんだし』
ジョゼは気楽に考え過ぎる。
そう言えば、セドリックからこの店の話を聞いたときにも、すぐに直接見に行こうとごねていたのだったか。
しかし、ここにいるのが本当に魔法に長じた一族の末裔なのだとすれば、セドリックの言うとおり、あのダノンと繋がりがある可能性は大いにありえる。
魔法について詳しく知りたいのは山々だが、一か八かで乗り込むにはあまりにリスクの高い行為だ。
「分かりました。仕方がありません。作戦その二、ですね?」
エミリーは真っ直ぐ俺の顔を見つめて言った。
どこかしら俺に向かって確認を取るようなニュアンスに聞こえたが、おそらく目が合ったせいでそう感じた錯覚だろう。
なにしろ俺にはその、作戦その二、なるものに心当たりがない。
エミリーがどうかしてしまったのかと不安になりつつ目を瞬かせていると、エミリーが身体を寄せ、俺に抱きつくようにして耳打ちをしてきた。
「ミスティからの伝言です。多少の危険を冒してでも急いで、と」
「……!?」
どういうことだ?
ミスティが? エミリーに!?
アンナではなく今度はエミリーと……?
でも伝言って、どうやって?
俺はたった今、唐突に降って湧いた無数の疑問を問い質すべく、エミリーの顔をマジマジと見つめた。
エミリーはエミリーだ。見れば分かる。
あの夜、アンナがそうであったように、その身にミスティの魂を宿している……、などということはなさそうだった。
確実に俺の知らない何かを知っているはずのエミリーは……、しかし……、俺の心臓を危うく止めてしまうほどの衝撃発言をしたその割には、全く緊張感を感じさせない穏やかな表情でこちらを見つめ返している。
そのことが俺をさらに混乱させた。
「ジョセフィーヌ様?」
横合いからセドリックが声をかけてきた。
困った。
ミスティに関する話をセドリックたちの前で話したくはない。
『ほら。どっちにしろ決断は急いだほうがいいんじゃない?』
確かにジョゼの言うとおりだった。
仮に店の人間がダノンの息のかかった人間だとすれば、その店の前でこうやって、まごついている間にも危険は増していると考えるべき。
逆に、急げというのがミスティの指示なら、今ここに来た好機を逃す手はない。
今日を逃せば、次はいつ来られるか分からないのだから。
ミスティの伝言の件は後からエミリーに聞くしかない。
俺は覚悟を決めるため、もう一度建物の外観を見上げた。
「セドリック様。申し訳ありません。事情が変わりました」
俺はお供の四人を集め、くれぐれも自分たちの身元を明かさないようにと手短に申し送りをしてから、この怪しい店の中へと乗り込むことにした。




