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66 お忍び散歩 2


 エリシオン家の屋敷から後は五人で馬車に乗り込み、市街の比較的閑散とした場所まで行って降りた。

 エミリー御用達の菓子店にはそこから皆で歩いて行くことになる。


 道すがら、俺の目に映るのは俺にとって物珍しいものばかりだった。

 王宮の外壁の上から望遠鏡で覗いていたのでは分からない整備された歩道の様子や、立ち並ぶ家の壁や扉に施された意匠など、片田舎で生まれ育った俺にとってはまるで異世界に迷い込んだような驚きが沢山あった。

 王宮や、アカデミアを催すオースグリッド邸の重厚な豪華さは、当然これらの比ではないのだが、何よりもこれらが皆、ただの平民の持ち家であることが信じ難い。

 建築技術を始め、全体の生活水準が砦村とはあまりに違い過ぎる。

 通りに面したほとんどの家々には、なんとガラス窓がはめられていた。


 これは確かにパトリックが土産話で自慢したがったのも分かる。

 分かり過ぎるほどに分かる。

 そうだ。俺に自慢していた本人がそこにいるのだったと思い出して振り返ると、そのパトリックは俺たちの最後尾から、周囲を警戒する様子を隠そうともせず、キョロキョロと首を……、ときには身体全体を回転させながら緊張した面持ちで付いてきていた。

 街並みに関してはもはや見慣れてしまって今さら珍しくもないのだろう。

 だが、あの巨体であれをやられては、俺たちを警護しているのが丸分かりではないか。

 案の定、セドリックから少し落ち着くようにと注意され、面目なさそうに頭を()いていた。


 キョロキョロするという点においては俺もパトリックのことをとやかく言えない身であった。

 特に多くの露店が立ち並ぶ区画に入ってからは、次々と目に飛び込んでくる珍しい事物に好奇心を抑えきれなかった。

 あちこちで足を止め、エミリーへ質問を繰り返す俺の姿は、街の人々からは完全なおのぼりさんに見えていたに違いない。


「エミリー……。エミリー、これは? これは、何ですか?」

「お姉さま、ただの置き物でございますよ。特に意味のない……、装飾品の類ではないでしょうか」


「意味がない……。庶民のかたが、そんな意味もない物を置いて楽しむ余裕がおありなのですね。素晴らしい。素晴らしい豊かさです。ねえ、セドリック様。そうは思いませんか?」

「ええ、お嬢様。これもブレーズ王の治世の賜物でございます」


 ジョゼも俺の頭の中で同じように驚きの声を上げてはしゃいでいた。

 王宮ではあれだけ俺の田舎育ちを馬鹿にしていたジョゼも、実際に王都の街を練り歩くのは初めての経験だったようで、次はあっち、その次はこっち、と俺の視線の向け方について盛んに催促をしてくる。

 だから俺のこの反応は、王族の箱入り娘の反応だとしても、さほど違和感のあるものではないはずだった。


 当初はあまり乗り気でなかったが、そんなこんなで俺は、王都の街並みについての見聞を大いに、とても有意義に深めたのだった。


  *


 目的の菓子店に着くと、俺たちはあの美味な菓子をお茶と一緒に人数分注文し、店内のテーブルで一服して過ごした。

 この菓子店は王都の街中にある店の中でもかなり高級な部類らしく、訪れる客層もとりわけ品の良さそうな人々ばかりだった。

 出された菓子に舌鼓を打っている途中でエミリーが何度も、あそこのテーブルにいるのはどこそこの貴族の奥方だとか、さっき買って出て行ったのはあの名家の使用人だとかいう話を耳打ちしてきた。

 どうやら貴族がお忍びで平民の街に繰り出すのは、公然の秘密のようになっているらしく、この店のように貴族に提供することを前提とした店構えの商店も珍しくないのだという。


 穏やかな陽気に包まれたゆるやかな時間。

 人目があるというのに俺は思わずあくびを漏らしてしまう。


「あら? お姉さま、お疲れですか?」

「すみません。大丈夫です。ただ少し眠気を感じただけで」


「つい最近まで大病を(わずら)ってたって聞いたぜ? そんなふうには見えないけど。……大丈夫か?」

「例のあの老人の仕業かもしれません。大事を取って、今日はもう戻りましょうか?」


 ただあくびをしただけで、こんなに心配されてしまうとは。

 俺は恐縮しながら、ただの寝不足だと言って誤魔化した。


「大丈夫ですよ。あくびぐらい。俺なんて、これから元気出すぞーって合図だと思って、我慢なんてせずに豪快にやるようにしてますから。みんなも、そうすりゃいいんです」


 パトリックがひと際大きな声でガハハと笑う。


「お前のデカイあくびは周りの気が抜けちまうから、もうちょっと遠慮してくれ」

「ふふふ。パトリック様、口元にソースが付いてますわよ?」


 皆が談笑する中、ジョゼは自分が食べたことのない美味そうな菓子を見て、店にいる間中ずっと俺に向かって文句を垂れていた。

 味覚が共有されていないことを恨みがましく言われたのだが、だったらソラマメのスープもありがたく味わってみせろと、これは誰に聞かせるでもなく自分の心の中で突っ込みを入れる。


 十分寛いだ後、店を出るのに際し、エミリーは例の生菓子を持ち帰りで一つ注文した。

 それを見て俺もアンナへの土産にと願い出たのだが、今日のように暖かい日和では傷み易いからと言って止められてしまった。


「では、エミリーが今買ったそれは?」

「これはわたくしがお世話になった方へのお礼にです。お姉さま、ここから少し歩きますがお付き合い願えますよね?」


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