65 お忍び散歩 1
その三日後、エミリーが約束もなしに突然やって来て、あの甘い生菓子を出す店へ行こうと言って俺を猛烈に誘ってきた。
どれほど猛烈だったかと言うと、既に護衛のセドリック、パトリック、ローランの三人に声を掛けて外で待機させていたくらいだ。
いくら護衛があっても王女が平民の街に繰り出すというのは不用心過ぎると抵抗したが、王族や貴族に見えないように変装するための準備まで整えてあるという周到さの前に俺は遂に折れた。
王都における庶民の暮らしぶりを見ておかなくていいの? とジョゼが散々あおってくるのに辟易した、という理由もある。
俺たちはアカデミアに向かうのと同じ格好で王宮を出ると、一旦エミリーのエリシオン家の屋敷に寄り、そこで五人それぞれに平民に見える服装へと着替えることになった。
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「エミリー? 本当にこれで大丈夫? だいぶ華美な衣装に見えますが……」
俺は出された服に渋々着替えていたが、その衣装は普段王宮で着ているドレスの方がまだ地味に見えるくらい目を引くものだった。
「流石です。お姉さま! 何を着てもお似合いになる。凄くお可愛らしいです」
いや、似合う似合わないの話ではないのだが。
『はい、一歩下がって。エミリーに私の身体あんまり触らせないで。安売りすると価値が下がっちゃうんだから』
俺の腕を取って組もうとしていたエミリーが、こちらが一歩引いたことでキョトンとした顔付きになった。
「大丈夫ですよ。一見高価そうに見えても、わたくしたちの着る衣服とは生地や縫製の出来が全然違いますし、見る人が見ればその差は歴然ですわ。それに、若い女性が街を歩くならこれくらい着飾っていないと、かえって不自然です」
「そ、そう……?」
まあ、エミリー自身、これまで何度もお忍びで出掛けているようだし、田舎育ちの、しかも男である俺の感性よりはよほど信頼できるか。
俺はもう一度大きな鏡に全身を映して、側面や後ろ姿を確認する。
やはりエミリーが見立てた衣装なだけはある。
王宮の離れで着せられたフリフリのドレスほどではないが、かなり少女趣味に寄った衣服。
ちょっとバランスが悪いか? と感じて腰の絞りの位置を少し上げてみる。
『ちょっとお。ナチュラルに私より女らしい仕草すんのやめてくれるぅ? 地味に凹むから』
お、女らしい、だと!?
砦村随一の剣の使い手と称される男の中の男を指して女らしいと?
この場にエミリーがいなければ、罵り合いの喧嘩になっていたところだ。
だが、まあいい。
中身が男だとは露ほども感じさせない所作を身に着けたのも、これまでの努力の賜物であるのだから、きちんと女らしく見えるというのは誉め言葉だと受け取っておこう。
俺はこれから不特定多数の目に晒されるということを念頭に、いつも以上に内股で、歩幅も小さくなるように心掛けながらセドリックたちの前に姿を見せた。
街娘姿のジョセフィーヌを見た男たち三人の反応は、いつぞやの外壁の上で若い兵士が見せた様子を思い出させた。
肌の露出はさほどでもないのだが、フォーマルなドレス姿の女性を見慣れた貴族の男たちにとっては、こういった平民の衣装の方が新鮮で魅力的に映ったりするのだろうか。
「エミリーはこれで良いと言うのですが……。いかがでしょうか?」
「とっ、とても可愛らしいと思います。きっと皆の注目の的です」
手足をピンと伸ばし、顔を真っ赤にして話すパトリックは、俺と目が合うとすぐに目線を逸らした。
逸らすにしても、顎を上げて天井の方を向くものだから、その動揺ぶりがより誇張されてしまう。
「注目されてどうすんだよ? お忍びなんだぞ」
椅子に掛けたまま、興味が無さそうな素振りをするローランも、目だけを動かしチラチラとこちらを気にしているのが丸分かりだった。
「美貌や気品は隠しおおせませんからね。どこかの貴族のお忍びだとは思われるかもしれませんが、まさか一国の王女が平民に混じって歩いているとは誰も思わないでしょう」
セドリックは普段と変わらない態度に見えるが、俺の身体の上に落とす視線は微妙に普段よりも遠慮がないように思える。
自分が女になっているからだろうか。
他人が自分に向ける目線とは、これほど分かり易いものだったのかと思う。
男性が女性を見るとき、女性もまたそんな男性のことを観察しているのだ。
元に戻れたときには俺もせいぜい気を付けるとしよう。
「気品かあ? そう言うにはちょっと幼くねえか? アカデミアにいるときと違って、俺にはガキみたいに見えるぜ?」
ローランが近くまで寄ってきて自分との身長差を測るような仕草をして言った。
着る物によって身長が変わるはずもないが普段より胸を張っていない分、より小柄に見えるのかもしれないな。
セドリックほどではないにせよ、ローランもそれなりに身長は高い方だ。
近くで向かい合って立つと若干見上げるような姿勢になってしまう。
男たちから見下ろされるというのも、長年ユリウスとして生きてきた俺からすると奇妙な感覚だった。
「やはり、幼く見えますか? 私もそのような気はしたのですが……」
俺は咎めるような視線をエミリーに送った。
あくまで用意したのはエミリーなので、決して自分の趣味で選んだわけではないのだ、ということをこの場にいる男たちに知らしめるためでもあった。
「いえいえ。これは、敢ーえーてっ、こういうご衣装をお選びしているのです。身にまとう雰囲気も変わってお見えになるでしょう? これなら万が一、お姉さまのお顔を知る者があっても、簡単に気付かれることはありません。完璧な変装です」
俺にはエミリーが力説すればするほど、ジョセフィーヌを着せ替え人形のようにして鑑賞したいという目的を隠す言い訳のように聞こえたが、エミリーの少女趣味を知らない男たちは、その話を聞き、なるほど確かにと感心しきりだった。




