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64 外壁の上で 4


「ご機嫌麗しく存じます。ジョセフィーヌ様」


『勝手にこっちの機嫌を決め付けてんじゃねーよ。バーカ』


 ……なるほど。これがジョセフィーヌ流の正しい挨拶返しか。


「ごきげんよう。セドリック様」


 俺は頭を下げながら、やや長めに(まぶた)を閉じた。

 これは今朝、二人で打ち合わせして決めた“うるさい黙れ”の合図だった。

 ジョゼには“集中したいので必要最小限の助言で頼む”の合図だと言って説明してある。


「壁の上に上って行く姿を見た者がいるとお聞きしましたので」


 分かってはいたが、何をするにも筒抜けだな。

 王宮内ではどこで誰に見られているか分かったものではない。

 常に見られている前提で、行動にはくれぐれも注意しなければ。


「本日はどのような?」


 全てを言葉にせず、残りの部分は相手に察してもらうようにして話す。

 面倒で回りくどいが、それが王都の貴族流の作法らしい。


「はい。実は昨日、帰りの馬車でエミリーが話していた怪しげな店のことなのですが」

「え? ええ……」


 意外な話題だった。

 確かに調べて欲しいと頼みはしたが、半分はエミリー向けの格好付けであったし、俺の方は今言われるまで完全に忘れていた。


「昨日早速遣いをやって探りを入れたのですが、どうも全くのデタラメとも言えない様子でして」

「それは……、本当にかつて王宮に仕えた一族の末裔である可能性があるということですか?」


 エミリーには悪いが予想外の成果だ。

 そしてセドリック。何て仕事の早い奴。


「このことは詳細が分かるまで可能な限り内密にいたしましょう。私たちが精霊魔法の知識について調査していることも周囲に勘付かれないように」

「心得ております。しかし、内密に進めるとなると時間が必要です」


 それで先にそのお伺いを立てに来たのか。

 有能だし、忠実だし、なんて使い勝手の良い人材なんだ。

 剣の腕前だけではない。俺の中でのセドリックに対する評価がぐんぐんと増していく。


「いかほど必要ですか?」

「万全を期するのであれば半年ほど。店主だけでなく、不審な者の出入りがないかも確認せねばなりません」


『長い! お婆さんになっちゃうじゃない』


 ならねーよ、とツッコミたかったが、お婆さんにはならないまでも、確かに半年は長過ぎる。


「ちなみに、セドリック様は、不審な者というのはどういった者を想定されていますか?」

「はい。先日王宮を襲撃した一派との繋がりを危惧しております。恐れながら、ジョセフィーヌ様もそのことを念頭に秘密裏にとおっしゃられたのでは?」


 なるほど……。

 セドリックは昨日の馬車の中でも、魔法の、特に呪術の脅威について危惧するところが大きいようだった。

 俺が事を内密に進めたい理由は、ミスティが言っていた正体不明の敵対者を警戒してのことだったが、セドリックは呪術士ダノンやその雇い主を捕らえる糸口になり得ると考えているわけか。


「そうですね……。ですが、慎重になるあまり手遅れになっても困ります。何しろ謎の多い相手ですから……。調査を急がせる場合はどの程度になりますか?」

「……だとしても、最低でもひと月は様子を見るべきかと」


『長い長い長い! すぐ行きましょう。今から直接乗り込むのよ』


 ジョゼはすぐに直接見聞きしたがるなあ。

 その行動で自分の身にどれほど危険が及ぶのかも、よく理解できていないのかもしれない。

 実際に自分が剣を向けられたり、誘拐されたりしたときの記憶もないのだから無理もないか。


「分かりました。それでお願いいたします」


『ええー!? ねえ、ちょっと。無視? 私の意見は無視ぃ?』


 用向きが済むとセドリックはすぐに辞してその場から去ろうとした。

 こういう面倒がないところも実に付き合い易いな。

 俺が女だったら惚れていたかもしれない。

 そう思っていると、去り際にセドリックがこちらに半ば背を向けながら付け足すように言った。


「それにしても、ジョセフィーヌ様自ら王宮の守りの視察とは。下の者もさぞや意気に感じることでしょう」

「えっ?」


 薄々感じてはいたが、どうもセドリックはこのジョセフィーヌという女性の人物像を過大評価しているきらいがある。

 だが、分別盛りの女性が王都の街並みを見物するためだけに一人でこんなところまで上ってきたと思われるのも面白くない。


「ええ。サナトス様からお聞きした話によれば、どうやら、酩酊させる呪術の方は相手を視認して呪文を唱える必要があるらしいので……。姿を隠すことができる防衛拠点の増設が効果的ではないかと……」


 取って付けたような思い付きの発言だったが、セドリックは思いのほかその話に関心を持ったようで、ほう、と息を吐いた。


「なるほど。流石、実戦を経験された方の知見ですね。そのお話、もっと早くにお聞きしておくべきでした」


 セドリックは帰ろうとしていた足を止めて、襲撃の夜に見たダノンの所作などについて根掘り葉掘り尋ねてきた。

 それと、その話の流れで、王都では久しく実戦を経験する機会がないことに懸念を持っているという件にも話が及んだ。

 自分を含めた王都のほとんど全員が、互いに示し合わせて戦う稽古しか経験がなく、果たして有事の際に戦力となり得るのか心配なのだと言う。

 だから、女性とは言え、剣で賊に立ち向かい命のやり取りを経験したジョセフィーヌに対し、一目も二目も置いているのだと……。直接そう言われたわけではないが、そういった印象を受けた。

 国の防衛と、剣術に対する真っ直ぐな思いが伝わってくる会話だった。


「実は今度、この王宮の警備体制の見直しをする会議に出席することになっているのですが、ジョセフィーヌ様にもご同席いただくことができないか、私から掛け合ってみようと思います」


 マズいな。今のでまた、余計に買い被りの度を高めてしまったかもしれない。

 そんな後悔を感じつつ、セドリックの後ろ姿を見送る。


『セドリックにも用心したほうがいいわよ』

「穏やかじゃないな……。有能だし、性格も良さそうな青年に思えるけど? あ、そうだ。元婚約者だから裏の性格まで良く知ってるとか?」


 ああ見えて、腹に一物を隠した性格なのだとしたら、俺は人間不信になってしまいそうだ。


『婚約って、いくつの時の話よ? 大きくなってからは全然、話したこともない』

「じゃあどうして? 女の勘とか?」


『セドリックがどういう奴かは良く知らないけど、あれきっと、私のこと逐一お母様に報告してるはずだから』

「?……それって何かマズいのか?」


『マズいわよ! アンナといっしょよ。私が王女らしからぬ振る舞いをしたら、全部お母様に筒抜けで叱られちゃうから気を付けろって言ってんの!』


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