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62 外壁の上で 2


 ジョゼに言われて向かった離れの部屋で、俺はぐちゃぐちゃのガラクタ箱の中を漁らされた。

 それよ、それよ、と言われ中から掴み出したのは長い筒状の玩具。

 (きら)びやかな装飾が施された美しいものではあったが、鑑賞する以外にどういった使い方をするのか皆目見当が付かない。


「これ、どうやって使う物なんだ?」

『何? 分かんないの? さっすが田舎もんね』


 そうやってジョゼから田舎育ちを馬鹿にされても、既にあまり腹も立たなくなっていた。

 いちいちそんなことを気にしていては会話が進まないし、こういう遠慮のない物言いをされることが、これまで正体を偽ってジョセフィーヌを演じ続けていた俺に取っては、却って心休まるものに感じられたからだ。


 次に俺は、それを持ったまま王宮の周囲を囲う外壁の上に行くよう指示された。

 王が住まう場所がどういった守りをしているのか、ということには関心があったものの、これまでは怪しまれるのを嫌ってこのようにズカズカと歩き回ったことはなかった。

 王女自身がそう言って指示するのだから、そこまで気を張る必要はなかったか……。

 考えてみればジョゼは生まれてからずっとこの王宮で暮らしてきたのだった。

 (いささ)か広過ぎるとは言え、ここが彼女にとっての我が家なのだから、遠慮がちにしていたことの方が不自然だったのだろうと自分の過剰な慎重さを悔いる。


 石の階段を上り、壁の上の歩廊に出ると強い風を思いきり顔に受けた。

 思わず後ろを向いて、風に対し背中を向ける。

 髪がたなびくのに気を取られた隙に、後ろから前にあおられる風でドレスの裾が大きくめくれ上がった。

 俺ははためくドレスをどうにか手で押さえつけた後、周囲に今の痴態を見た者がなかったかとあちこちに視線をやった。


『もうっ。気を付けなさいよね』

「ごめん」


『あんた男の癖にこんなヒラヒラしたドレス着るのが好きなの?』

「ばっ、馬鹿言うな」


『そ? てっきり私の麗しい姿を見たいからわざわざドレスにしてるのかと思った』

「俺は用意される服をそのまま着てるだけだ」


『アンナに言ってもっと動きやすい服を出してもらえばいいのに。ズボンとか』

「えっ、そういう服もあるのか?」


『……そっか。私の記憶がないのをいいことに、お母様が全部片付けさせたのね』


 俺は風をよけるため、ジョゼの指図で外壁の角に張り出した小径の城塔(ドーム)の中に身を寄せた。

 中には見張りの兵士が何人か詰めていた。


「姫様! 何故このような場所に? 危ないですよ」

「そうです。供も付けずにお一人で」


 若い兵士が突然現れた姫の姿を見て慌てふためく。

 困った。これはやはり、姫にあるまじき行動だったのか。

 ジョゼに(たばか)られた……。

 というよりも、奔放だったという以前の彼女の性格のことを忘れていた。


「何も心配などありませんよ? 貴方がたがいるではありませんか」


 俺は内心の動揺を隠して兵士たちにニッコリ笑ってみせた。

 それで兵士たちはまた別の意味で慌てる羽目となる。

 俺が鏡の前で練習したジョセフィーヌのあの笑顔を向けられたのだから無理もない。

 若い兵士は、いや、あの、その、と口ごもりながら恥ずかしそうに目線を逸らしてしまった。


「ここにおいでになるのは久しぶりですなあ、姫様」

「そうそう。幼き頃はよくここに上ってきては国王様に叱られておいででしたが」


 年配の兵士にとっては、ジョセフィーヌのこの行動はある意味見慣れた行動であるらしい。


『ユリウス。外を見て』


 ジョゼにそう言われてドームから顔を出し、王宮の外側に目を向ける。

 風に遮られてよく見られなかった王都の眺望が、一斉に俺の視界に飛び込んできた。

 思わずその光景に感嘆の息を漏らす。


『どう?』

「凄い……」


 ジョゼの身体を借りた王都での生活はもう半年にもなるが、俺はこの王宮の外の街並みの様子は全くと言っていいほど目にしたことがなかったのだ。

 パトリックがまだアークレギスにいた頃、土産話で散々自慢げに聞かされた王都の景色。

 これは想像していたものよりも、一段も二段も上の規模と華やかさだった。

 大小様々、それに色や形もとりどりの屋根が、遥か遠くの王都外壁まで延々と連なっている。

 あの家々の全てに人々の暮らしがあるのか……。


『手に持ってるやつ、使いなさいよ』


 手に?

 言われて俺は離れのガラクタ箱から拾ってきた煌びやかな円筒のことを思い出す。

 使っていいと言われても……。と思いながら手首をくるくると返して色々な角度から(あらた)め直す。

 わざわざこの場所まで来させて使う物だとすれば、という推理から、もしやと勘付き円筒の両端に注意を向けると、そこに蓋状の覆いがなされているのを発見した。

 指で引っかいて蓋を外すと、その下からレンズが現れる。


 なんと。これは望遠鏡だ。


 急いで一方の穴からそれを覗き込む。

 どこか遠くの家の一軒に焦点が合った。


『ふふっ。やっと分かったの? お猿さんみたいだったわよ?』

「うるさい。こんな貴重なものがあんなガラクタ箱に入ってるとは思わないだろ?」


『貴重? こんなの今どき平民だって持ってるわよ。ユリウスの故郷ってよっぽど田舎なのね』


 またしても王都と砦村の生活水準のギャップに驚かされる。

 アークレギスでは三つある監視塔と、それらを見通す砦中央の塔にそれぞれ一つずつしかない貴重な監視具なのに、それを王都では平民すら所持しているというのか。


 俺は手にした望遠鏡でもっと色々な物を見ようとドームの出口から半身ほど身体を出した。

 するとまるでその瞬間を待っていたかのように、ドーム内に突風が舞い込み、ドレスの裾が後ろに大きくたなびく。


 ヤ、ヤバッ。


 風をはらんでふくれあがった裾を慌てて押さえ後ろを振り返る。

 中にいた兵士たちは、てんでバラバラの方向を見て、こちらと目を合わせようとしなかった。


 み、見られた? 見られたか、今?


『えっ! 見られた? 見られたの今?』


 気をつけなさいって言ったわよね、と(わめ)き散らすジョゼの声を聞きながら、兵士たちの顔色を窺っていると、年配の兵士が咳払いをして他の兵士たちに声をかけた。


「さっ、さあ、巡回だ。今日は風が強いからな。警戒して当たれよ」


 ドームの中にいた兵士たちは一斉に装具の準備を整え、二人組で外壁の上の巡回に発った。


「面目ない」


 誰もいなくなったドームの中で俺は頭の中のジョゼに向かって詫びる。


『……まあいいわ。これで気兼ねなく話せるでしょ?』


 俺は気を取り直して再び望遠鏡のレンズを王都の市街地へ向けた。


 露店などが立つ通りを見つけ、そこを行き来する人々の姿に見入る。


「凄いな。アークレギスじゃ祭の日でもここまでじゃないぞ。どんな商品が売られているんだろう? もっと近くで見てみたいな」

『ふふっ。やっぱり田舎者ね』


 しばらく興味を引かれるままに夢中になってあちこちを観察した後、ジョゼが意外なほど静かなことに気が付いた。

 俺に望遠鏡を持たせてここに来させたわりには、これでどこそこを見ろといった指示がない。


「なあ、ジョゼ。これって……」

『ん?』


「俺だけ楽しんでていいのか? 何か見たいものがあったんじゃ?」

『いいのよ、私は。飽きるほど見てるし』


「え? じゃあこれ、俺のためか?」

『だって……、昨日の馬車の中でもずっと外の様子気にしてたでしょ?』


 そのとおりだった。

 エミリーの家の馬車と違って、昨日アカデミアとの往復に使った王宮の馬車には、ガラス窓が付いていてそこから僅かに街の様子が見えていたのだ。

 小さな窓の中に映り一瞬で流れ消えていく景色を目に留め置くのは困難で、できることなら窓に張り付いて覗き見たいところだったが、エミリーとセドリックがいる手前、そんなはしたない真似はできないと我慢していたのだった。


 俺の視線の動きだけで、ジョゼはそれを察していたのか。

 それに、ジョゼが他人に対しこういった気遣いができることも意外だった。


「ありがとう、ジョゼ」

『ふ、ふんっ。あんたは私なんだから、いつまでも田舎者丸出しでいられても困るの。巡り巡って私のためなの』


 確かにそのとおりだ。

 砦村の生活水準で物事を考えては、思わぬところで判断を誤ることもあるだろう。

 興味本位ではなく、ちゃんと情報収集という目線で俺はもう一度街並みを眺めた。


 通りを歩く人々は皆平民のはずだが、砦村の面々とは比較にならないほど良い身なりをしているように見えた。

 皆、血色もいいし、表情もイキイキとしていて街全体に活気がある。

 砦村の質実剛健さも美徳であると俺は思っているが、土地やそこで暮らす人々にはそれぞれ違った気風があって当然だ。

 俺は王宮の外に見える人々の営みを目にして、これらを支える王の統治の手腕に敬意を抱いた。


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