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60_共同戦線 5


 暴走するジョゼを何とかなだめすかした後で、俺はこの身体で意識を取り戻してから今に至るまでの経緯を、思い出せる限り全て、彼女に話して聞かせた。

 アンナの身体にミスティと思われる魂が一時的に宿り、メッセージを残して消えてしまったことも含めて全てだ。


 俺は最初、てっきり自分とジョゼの魂が入れ替わっていて、俺が王都でこうしている間、ジョゼの方は逆にアークレギスにいる俺に成り代わって生活しているのかと想像していたが、そうではなかった。


 俺の魂がジョゼの身体に入ったときには、本物のジョゼの魂はもうこの世になく、空っぽの身体に俺の魂が入り込んでしまったのでは、という悲しい可能性も考えたが、それも違った。


 消去法ではあるが、自分の身に起きている謎の現象のことが少しずつ解け始めていた。

 視界不良で鬱々としていた気分が晴れていく。

 何よりも、今までずっと、全て自分一人で悩んでいたことを相談できる相手ができたことが救われる。


『私たちの共通の目標は、お互いが元の身体に戻る方法を見つけること』

「そうだ」


『それにはユリウスの故郷のアークレギスに行って確かめるのが一番だけど目立つ真似はできない。それはどこの誰とも分からない謎の敵が、ユリウスのことを狙って探しているらしいから』

「そうだ」


『さらにそれとは別に、私の命を狙う政敵からも身を守らなければならない』

「そうだ」


 一通り俺が説明し終えた後で、現状と課題をジョセフィーヌにまとめてもらった。

 わがままで自分勝手なだけの子供かと思ったが察しは良い。

 性格はともかく、あんな物語を書けるくらいなのだから地頭は相当良いのだろう。


『問題山積みね』

「まだ、あるぞ? 今、ジョセフィーヌは王位継承を確実にするための大事な時期だ。周囲の人々からの承認を得るために、人脈を作ったり、器量を認めさせたり……。それだけでも大変な仕事だ」


 単に元に戻れば良いという訳ではない。

 図らずもこうなってしまったからには、元に戻るまでの間、彼女の身の振り方には俺が責任を持つ必要があるだろう。

 まさに今のこの時期に、一人の女性の人生や、この国の将来が懸っているのだ。


『あー、それねー』


 そんな話もあったわねという感じの、まるで気のない反応をするジョゼ。


「今が大事な時期なのは分かってるだろ? 第二王子のテオドールが公の場に姿を見せる前にジョセフィーヌの支持を盤石にしておかないと」


 言いながら、ブリジット王妃も娘に対してこういう気持ちだったのかという気分になる。

 貴女、ちゃんと自覚しているの? と。


『それなんだけど、私にいい考えがあるわ』

「言ってくれ」


『王位継承権を放棄しちゃえばいいのよ』

「……は?」


『ね? いい考えでしょ?』

「何言ってるんだ? 放棄してどうする?」


『王位継承の件で私の命を狙ってる連中が、私を狙う理由がなくなるわ。元の身体に戻る方法を探すのに集中できる』

「いや、そうかもしれないが……。それは駄目だろ?」


『頭固いわねー。常識に囚われては駄目よ。自由な発想と機転でこの難局を乗り切るの』


 自由過ぎだろ。いくらなんでも……。

 女王になりたくないのか? と声に出しかけて、その言葉を飲み込む。

 自分ならなりたいかと考え、それでは説得できないなと思ってしまったのだ。

 これはやりたいやりたくないの話ではない、か。


「父君や母君はジョゼに王位を継がせることが悲願だ。お二人を悲しませるな」

『そりゃちょっとは悪いなって思うわよ? けど、それはお父様とお母様の望みであって、私のやりたいことじゃないわ』


「誰だって全てが自分の思い通りに生きられるわけじゃない。ジョゼにはこの国の王女として生まれた役目がある」


 スケールは遠く及ばないが、俺が領主の息子として、アークレギスに留まったのと同じことだ。

 誰もが身勝手に振舞えば世の中が立ち行かなくなる。多くの者に迷惑が掛かる。


『もうっ。お母様と同じことを言うのね。私だって最近は仕方ないかなって思い始めてはいたけど、暗殺なんて話が出るなら話は別よ。なりたくもない王様になるために命まで狙われたんじゃ、まったく堪ったもんじゃないわ』

「それは……」


『お父様やお母様だって私がそう頼めば、娘が殺されるよりはマシだって考えてくださるわ。何よりあの、呪い? 私はあんな辛い思い、もう一度だってしたくないのっ』


 それは俺だって嫌だ。

 心の中で反射的にジョゼに同意してしまったことで気持ちが押される。

 単に辛い思いをしたくないというだけではない。

 今度また、あんな呪術による攻撃に晒された場合、俺の力だけでこの身を守り通せる自信はなかった。

 だが、今のジョゼに言って聞かせられるのは自分しかいない。

 そう思い直して、なんとか翻意させようと試みる。


「この国のためっていう考え方はできないか? 俺は自分が王位に就くために、若い女性を殺すことを(いと)わないような者の下で戦うのは嫌だ」

『テオ自身が悪人なわけじゃないでしょ? 八歳の子供が暗殺を指示してるとでも?』


「いや、まあそうなんだが……。傀儡(かいらい)、というのか? そういうのになっても嫌だろう? ほら、国が乱れる、とか言うし」

『曖昧ね』


 流石に王族として生きた年期が違うか。

 俺には駄々をこねる姫君を論理的に言い負かして説得するだけの知識がなかった。


「……しょうがないだろ。俺は片田舎の領主の息子に過ぎないんだ。第二王子やそれを担ぐ一派のことだってよく知らないし」


『それよ!』

「どれだよ?」


『私たち相手のこと何も知らないでしょ?』

「うん。……まあまず相手のことを調べるっていうのは鉄則だよな。何か対策を練るためにも、とにかく誰かに聞いて詳しい情報を───」


『会いにいきましょう。直接』


 また破天荒なことを言い出したぞ、と俺は警戒する。


「まさかとは思うがそれって……」

『そう第二王子のテオドール。利発な子だって噂は聞くけど、私も会ったことはないの。赤ちゃんの頃を除いてね』


「実の弟なのに?」

『その辺、母親が違うっていうのは複雑ね。私も最近は病気がちだったし』


 その病気というのは恐らく、あのダノンという老人の呪術に因るものだ。

 ジョゼが完全にベッドの上から動けなくなるほど病状が悪化したのはごく最近の話で、実際は三年ほどかけて徐々に病状が悪化していったらしい。

 あの老人も憎らしいが、元をただせば王位継承絡みのいざこざが原因。

 大人たちによる勝手な都合で姉弟の交流が絶たれているのだとすれば痛ましいことだ。


「しかし、今のこの時期にジョセフィーヌとテオドールが会うというのはどうなんだろう? 流石に周囲が気を揉むと思うが」


 権利放棄の話はともかく、実の姉弟である二人を会わせてやりたい、とは思う。

 だが、暗殺や誘拐騒動が起きたばかりの今は流石にタイミングが悪い。


『そうねえ。そのへんはちょっと待って。後でじっくり作戦考えるから。むっふっふ』


 声だけしか聞こえていないはずが、俺にはジョゼの悪だくみをする顔が浮かんで見えるようだった。


「話は聞くけど、それを実行するかしないか、決めるのは俺だからな?」


 心配になって先にそう念を押しておく。


『大丈夫。危ないことはないわ。そうねぇ……。ちょっとした色仕掛けよ』


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