58_共同戦線 3
完全に一人になれる就寝時まで待てと言ったのだが、王宮に帰ると俺の頭の中のお姫様はほとんど休むことなく一人でしゃべり続けた。
『ソラマメのスープ嫌い。給仕に言ってすぐ下げさせてよ』
「……味が伝わるわけじゃないんだから別にいいだろ?」
夕食ぐらい落ち着いて食べさせて欲しい。
食卓にはいつも通りブレーズ王と妃のブリジットの二人がいるが、テーブルが無駄に広いせいで席同士は離れている。
俺は二人の耳に入らないように気を使いつつ、小声でジョセフィーヌに反論した。
『食べてるところ見るだけでウェッてなるのよ……。よくこんな不味い物食べられるわね。うーわっ。……ねえ、目つぶって食べて』
「無茶言うな」
『ジョセフィーヌはソラマメが嫌いだったのよ? そんなパクパク食べてたら怪しまれるでしょうが』
「もう遅い」
「ジョゼ? 何かありましたか?」
静かな食卓なので流石に一人でブツブツ言っていることに気付かれてしまったようだ。
対面のブリジットが食事の手を止めて話し掛けてきた。
「い、いいえっ? お母様」
「そう……? 食事中は静かにね。貴女、本当は以前の記憶が戻っているのではなくて? 時々貴女が昔のように戻ったように錯覚することがあるわ」
「す、少しずつ……。こうだったのかしらと思うことは……」
「あら、嫌だわ。折角分別がついて王族の女性らしい振る舞いができるようになったと喜んでいたのに、元のようなお転婆になられては困るわよ?」
ブリジットの口からこれほどハッキリと以前のジョセフィーヌのことを悪し様に聞かされることは今までになかった。
記憶を失ったと分かってから半年あまりが過ぎてなお、娘が記憶を取り戻す気配を見せなかったことで、ブリジットは今の俺が演じる品行方正なジョセフィーヌに期待するようになっているのかもしれない。
しかし、よりにもよってジョセフィーヌ本人が聞いている前で言わなくても……。
きっと、聞いている彼女が気を悪くする。
「お母様。お食事中ですわ」
「あら。ごめんなさい。私ったら」
「はっはっは。これはジョゼに一本取られたな、ブリジット。しかし、私はこういう賑やかな食卓も好きだぞ? 昔を思い出す」
「貴方だって以前はうるさいと叱っておいでだったではありませんか」
「まあそうだったかもしれんが、二度も危うく最愛の娘を失いかけた経験をしてはな。叱りつけるばかりではなく、もっと本人の自由にやらせてみてはと思うようになったのだ。若いうちにしかできぬ失敗というものもあるしな」
ブレーズ王はそう言って、愛しの娘にウインクをして見せた。
アカデミアで一時迷子になった件について、先ほどブリジットに小言を言われていたときにも、ブレーズ王はかばい立てしてくれた。
今の目配せにはその含意もあるのだろう。
「王家の名に泥を塗らぬよう精一杯努めます」
『うぇーっ。いい子ちゃんかよ? 自分がしゃべってるんだと思うと身体痒くなってくる。どうすんの、これ? 私、元の身体に戻っても今みたいなの絶対できないんですけど?』
果たして今のジョセフィーヌに、痒いとかこそばゆいとかいう身体感覚があるのか聞いてみたくなったが、食卓の席ではこれ以上のコミュニケーションを取るのは難しそうだった。




