57_共同戦線 2
馬車の乗り口に足を掛けるなり、それまで静かだったジョセフィーヌ(本物)がいきなり頭の中でがなり立てた。
『信じらんない。何てことしてくれんのよ!』
「首筋を見ろって、何度も催促してたじゃないか」
俺はエミリーとセドリックが乗り込んで来る前の僅かな時間を使って小声で反論した。
自分でもやらかしたという自覚はあったからだ。
そう。言わばこれは言い訳だ。幼い未熟な言い訳に過ぎない。
『男のときにやりなさいよ。今のこの身体って、私なんでしょ? 全然意味分かんないけど、この身体、ジョセフィーヌ・カルドエメフなんでしょ? ジョセフィーヌがオリアンヌの首筋をあんだけガン見してたら、絶対私があの時のこと今までずーっと気にしてたって話になっちゃうじゃない!』
エミリーが乗り込んで来たので、俺は何も言わずに目の前で両手をピッタリと合わせ拝んでみせた。
そうだよ。俺が悪かった。すまん。だから黙ってくれ。
……ってこれで意図は伝わるか?
『あーもう信じらんない。王宮に着いたら絶対、完璧に説明してもらうからね』
セドリックも乗り込んで馬車が出発するとジョセフィーヌは静かになった。
お茶会のときからずっと感じていたことだが、こうしている間も俺以外の誰か別の人間が、俺が見聞きしたのと全く同じ経験を共有しているというのは、実に不思議な気分だった。
しかも、その相手はこの身体の元の持ち主であるジョセフィーヌ姫その人であるのだから、絶対におかしな真似はできないと、何をするにも緊張を強いられた。
「大変な一日でしたわねえ、お姉さま?」
そう言ってまたエミリーが俺の腕を抱え込んで身体を寄せてくる。
本当に大変な一日だった。
お忍びではなく、公の場でジョセフィーヌとして立つことだけでも十分過ぎるほど緊張していたのに、アカデミアの中でユリウスの身体に戻ることなど全く考えてもいなかった。
オリアンヌに見つかってしまったとは言え、よくジョセフィーヌとの繋がりを隠し徹せたものだ。
「迷惑をかけましたね。エミリー」
「とんでもないです。わたくし、今日こそお姉さまにとって特別な存在になれたのだなって実感できた日はございません」
「エミリー。ジョセフィーヌ様はお疲れのようなので戯れはそれくらいで」
「あら。そうですの、お姉さま? でしたらどうぞ、わたくしのことを肘掛けにしてお寛ぎくださいまし」
『ヤバイこの子。相当重症化してるわね。これ、あんたのせい?』
「…………」
何故エミリーではなく、俺の方が気まずい思いをしなければならないのだ。
「そ、それにしても皆様の精霊の話には驚きました。私も是非この目で拝見したかったですわ」
セドリックとジョセフィーヌの冷たい視線に耐えかねて、俺は話題を逸らす。
「然様ですね。文献によれば、昔は比較的頻繁にその姿が目撃されたと記録されていますが」
「王都から遠い辺境の地ではいまだに見られるのでしょう?」
「……はて、辺境で? そのような話は聞きませんが、どちらでそんなお話を?」
あれ? しまったぞ。
アークレギスで沢山目撃されているという話は王都には伝わっていないのか。
外部とほぼ接触のないジョセフィーヌがそのことを知っているのはいかにも不自然だ。うっかりお茶会の席でそんな話をせずに済んで助かった。
「ええと……。すみません。どこかでそのような話を聞いた気がするのですが、お母様からお聞きした寝物語だったかしら……」
「……もし、そんなことがあるなら研究者が放っておかないと思いますよ」
それがほとんど誰も知らない情報であるなら、あのオリアンヌ流に言えば、さぞや有用な情報ということになるだろう。
アークレギスの名を軽々に出すべきでない理由がまた一つ増えた。
「研究者は、いるのですね……。この王都にも?」
こんな魔力の薄い場所ではろくな精霊魔法も使えないはずだが。どうやって研究しているのだろうか。
「一般には今や伝承収集と同じような扱いですが。かつてはこのミザリストにも王に仕えたという魔法の扱いに長じた一族が……」
セドリックはそこまで言いかけて急に考え込むような表情で固まった。
「どうか、されましたか?」
「いえ、失礼……。その一族が、かつてどのように精霊を使役して魔法を扱ったかを伝える書物を、代々受け継いでいると聞いたことがあります。今日では実際に魔法の存在を証明することができないので、皆眉唾だと思っていますが、今日アカデミアに現れた精霊や、王宮を襲撃した賊の中に実際に呪術を使って見せた老人がいたことを思えば、その考えを改めねばなりませんね」
そうだ。呪術も魔法と言えば同じ魔法だな。
ミスティの使う精霊魔法とは大分様相が違うようだが……。
俺とセドリックが二人とも考え込んだことで、馬車の中はしばし静かになった。
……今この王都で、いや、ジョセフィーヌの周りで不可思議なことが続いている。これは客観的な事実だ。
それに、今の俺が置かれた状況に、精霊魔法を得意としていたミスティが関わっていることは間違いない。
精霊魔法について詳しく分かれば、王都にいながらにして、俺の身に起きたことの真相に近付くことができるかもしれない。
「私、興味が出てまいりました。何とかして王都にいる精霊魔法の研究者の方とお会いすることはできないでしょうか」
「そうですね。実は私も調べる価値はあると考えておりました。ですが……」
「なにか?」
「かつて王国に仕えた一族は遠い昔に没落し、市井に下りたとされています。私も伝手を使ってその行方を調べてみようとは思いますが……」
言葉を濁しているということは、貴族の伝手で探してたどり着ける見込みは薄いということだろうか。
人脈が広いというオリアンヌであればどうだろう?
あるいは国王夫妻に聞いて王族に伝わる話をあたってみるか……。
「あの、すみません。もしかしたら、わたくし心当たりがあるかもしれません」
俺とセドリックは揃ってエミリーの方を見た。
二人から注目を集めたのを感じて、エミリーは、ふふんと得意げな顔になった。
「わたくし以前、街中でたくさんの古い本が棚に並んだお店に入ったことがありますの」
「まさかエミリー一人でそういった場所へ?」
セドリックの咎めるような口調にエミリーが少し怯む。
「え? ええ。普通の市民の振りをしてお忍びで……」
「まあいいでしょう。今はその是非は問いません。それは書店か古物商のようなお店ですか?」
「いえ。何のお店とお呼びすれば良いのでしょうか? 御まじない屋? わたくしは占いをしていただきましたの。とにかくご本の方は売り物ではないと店の方がおっしゃっていたわ」
どうにも要領を得ない。
二人のやり取りに焦れた俺は単刀直入に聞いてみる。
「何故その店が先ほどの精霊の話と関係があると思ったのですか?」
「ご本人がそうおっしゃってましたの。自分はかつては王宮に仕えたこともある由緒ある一族の末裔で、ここにある本は古の精霊魔法について書かれた貴重な本なのだと」
聞くからにうさんくさい。
ただの一見の客に自分からそんな話をするだろうか。
大方、生業としている占いの箔付けに吹聴しているでまかせではないか。
助けを求めるように正面を見ると、セドリックも何とも言えない複雑な表情をしていた。
どうやら俺と同じような感想を抱いたようだ。
とはいえ、エミリーが折角教えてくれた情報だ。それに、万が一ということもある。
「セドリック様。差支えなければ、そのお店のことを調べていただいても?」
「分かりました。ジョセフィーヌ様の御申しつけとあればいかようにも。どのみち、他に目ぼしい当てはございませんしね」
「あれ? お二人とも酷いです。わたくしの話、本気になされていませんね?」
う、意外と鋭い。
残りの帰り道の間、俺とセドリックはエミリーの機嫌を取りなすのに、かなり手を焼かされることになった。
この数話前に話者が増えてゴチャついた辺りから、誰が誰に向かって話しているのか、ちゃんと伝わってるのかな、というのが少し気になっています。
致命的に分かりづらいという場合はお知らせいただけると幸いです。
ジョセフィーヌの台詞は『』じゃなくて()の方が良いでしょうか……。




