54_還りし者 3
『ねえ、どうすんの? このままオリアンヌに囲われちゃうの? 私、お父様やお母様に会いたいんだけど』
実は俺の心は自分でも意外に思えるほど揺れていた。
オリアンヌという女性を信用できるのかどうかについて……。
心証としては信じたい。
彼女に全てを打ち明け、相談することができれば、俺やジョセフィーヌが抱える問題を解決するための強力な手助けを得られるのではないか。
それくらいの聡明さや器量を期待させる女性だった。
これがもし、俺個人の問題であるのなら、素直に助力を乞うていただろう。
だが、事はそう単純ではない。
もしもオリアンヌが、ジョセフィーヌの王位継承問題において、敵対する可能性があるのだとすればこれほど厄介な相手もいない。
オースグリッド家はジョセフィーヌ擁立派だとしても、オリアンヌ個人はどう思っているのか分からない。
これまでの言動から考えると、表向きの態度は別として、二人の仲はかなり険悪なのではないか。
だとすると、下手に情報を与えてしまえば取り返しの付かないことになる。
「教えてくれ。オリアンヌは信用できる女性なのか?」
『はあ……。それを知りたいんだったら、ちゃんと右の首筋観察してくれれば良かったのに』
「女性相手にそんな破廉恥なことできるわけないだろ?」
『ええっ! あんた、どんだけ純情なのよ。胸元覗けって言ってるわけでもないのに』
一体首筋を観察することにどういった意味があるんだ?
それを聞く前に部屋の外が慌ただしくなり始めた。
「叔母上! 叔母上、どこです!?」
ローランの声だ。
俺はそっとドアを開けてオリアンヌの部屋を出ると、階段の手すりから顔を出して、話し声のする方を覗き込んだ。
「何です? 騒々しい」
オリアンヌが二階に上がる階段を塞ぐようにして立ち、ローランとセドリックの二人を相手にしているのが見えた。
見つかっては不味い、と俺はすぐに顔を引っ込める。
「姫さんがいねえ。パトリックの奴、見失いやがった」
「他人のせいにするものではありません。同じ警護の任にあった貴方の落ち度でもありますよ?」
「分かってるよ! んなこと」
「エミリーもいないのですか?」
「いえ、エミリーはパトリックと一緒に西の別棟の方へ行っていたようです」
「ジョセフィーヌ様をお一人にして?」
「エミリーはかなり気が動転しているようでして、どうにもそのあたりの説明が要領を得ません。最後にお姿を見たのはこの場所だと言うのですが……」
「……今日この建屋の出入りは多かったはずです。誰か他にお姿をお見かけした者は?」
『……どういうこと? 私はここよ? ここにいるわ』
「姫さんじゃねえけど、不審者を見たって奴がいる。背中に大きな火傷をした上半身裸の男がこの階段を上っていくのが見えたって」
「オリアンヌ様。今二階にいるその者に話を聞かねばなりません」
「そ、そうですね……。わたくしが聞いて参ります」
「オリアンヌ様! 一刻の猶予もないかもしれないのですよ!?」
セドリックは今にもオリアンヌを押しのけて二階に上がって来そうな剣幕だった。
俺の方は、すでにそのときには足音を忍ばせて後退り、二階からの逃げ道を探し始めていた。
開きっぱなしにしていたオリアンヌの部屋のドアを閉めて、向かい側の別のドアを開ける。
一つ目の部屋は駄目。
二つ目も……駄目。
最後の三つ目……ここだ。
俺はその部屋に身体を滑り込ませると、その奥の締め切られていた小窓を開けた。
こちらはお茶会をしている広場の反対側だった。
それに都合よく葉の茂った樹木が生えていて程よく視界を遮っている。
あとは俺の身体がこの小窓をくぐれるかどうかだが……。
んんっ。厳しいか?
いや、これならなんとか……。
『ねえ、さっきのどういうこと? 私以外に私がいるの? 私の身体が勝手に動いてるってこと? 気持ち悪いんだけど。ねえ、その私を探してくれない? あんた協力するって言ったでしょ?』
頭の中ではジョセフィーヌが混乱を極め、俺に向かって矢継ぎ早に問い掛け続けている。
しかし、悪いが今はそれに構っている余裕はない。
小窓に頭から突っ込み、身体をひねって両肩を通したそのとき、またも唐突に、俺の目の前に予期せぬものが現れる。
深緑色の帽子を被り、節くれ立った杖を持った……あの老精霊だ!




