48_アカデミア事変 1
「小難しい講義よりも、こういった催しの方が、ご興味がおありでしょう?」
お茶会の終わりにはオリアンヌの仕切りで、目の前の広い芝生を使った即席の剣術トーナメントが催された。
オリアンヌの取り巻きが口々にする言葉や雰囲気からみて、おそらくはローランの面目躍如の場として企画されたのではと察せられたが、決勝で敢え無くセドリックに敗退し、ローランはオリアンヌから散々な嫌味を浴びせられていた。
決勝を見届けたあと、俺はエミリーに告げて、一緒にはばかりに立った。
歩きながら、先ほど見たばかりのセドリックの太刀筋を思い出す。
力強さもあるが、どちらかと言えば、流れを重視した受け身の戦い方で、父上の剣を彷彿とさせる剣だった。
ローランの腕も悪くはないが、彼に華を持たせるつもりであれば、セドリックはトーナメントから外しておくべきだったな……。
近くで観戦すると、やはりセドリックの技量は他と比べて数段抜けているのが分かる。
ローランと戦ったときにも、セドリックはなお十分に余力を残しているように見えた。
万全の俺と戦えばどちらが上か……。
やってみないと分からない。
やってみたい、と気持ちが逸る。
人気のない建物のトイレで用を足し、汲み置きの水で手を清めながら一人呟く。
「まず女の身体じゃ無理だな」
ジョセフィーヌの筋力では、セドリックの受けをかいくぐれるだけの速さで一閃を繰り出せるイメージが湧かなかった。
細く小さな得物ではセドリックの重い攻撃を凌ぐことも難しいだろう。
俺は細い二の腕に力を込めて自分でそれを触ってみた。
長い間、病に伏せっていたのだから仕方ないが、筋肉の硬さをまるで感じないフニフニの感触。それに、手の平を当ててぐるりと回すと一周して指が届きそうなほど細い。
これでは駄目だな、と溜息を吐いた目線の先、自分の腕の陰に深緑色の小さな帽子が動くのが見えた。
ギョッとして腕をどけると、そこにはあの老精霊が立っていた。
老精霊は大きな木の杖を手に、手洗い台の上からこちらを見上げている。
「っ……!」
思わずパクパクと口を動かすがとっさに言葉が出ない。
とりあえず、女性が用を足す場所に入り込むとは何事か、と叱りつけるべきなのか?
だが相手は精霊だ。そんな非難はお門違いであろう。
いや、そんなことよりも、ミスティのことを聞かなければ……。
老精霊の方はそんなこちらの慌てふためいた様子を気にも留めず、そこにいるのが当たり前だという顔をしている。
「分かっとる。任せておけ」
自信ありげにそう頷くと老精霊は杖を高く掲げて踊りだした。
賊の隠れ家で一度見た、あの奇妙な動きだ。
え!? まさか?
止める間もなく辺りが強い光で満たされる。
一瞬、ふっと全身の力が抜ける感覚がして、目を開けたときにはすでに危惧したとおりの事態が起こっていた。
俺は自分の───ユリウスの身体を取り戻していたのだ。
着ている物もジョセフィーヌが身に着けていた綺麗なドレスではなく、あの襲撃の夜と同じ、上半身裸でその下に血に汚れたズボンという出で立ちに変わっていた。
俺はすぐに手洗い台の上や足元を見回す。
「……は……ぁあ……!?」
思わず口に出る、言葉にならない呻き声。
文句をぶつけるべき老精霊がすでにその場から姿を消していたからだ。
やり場のない憤りに俺は頭を抱える。
ずっと元に戻りたいとは願っていた。
さっきだって、もしも男の身体ならばセドリックと対等に戦えるのに、と考えていたことも否定はしない。
だが、今は不味い。
こんな何の用意もないときに、貴族の邸宅の敷地の中で元に戻されても困るのだ。
「キャッ!」
声のした方を見ると口に手を当てて立ちすくむエミリーの姿が見えた。
外で待っていたはずだが、おそらく今の光に気付いて飛んできたのだろう。
「どうされました!?」
続いてパトリックの緊迫した声と、ドカドカとこちらに駆けてくる大きな足音が聞こえた。
ええっと……? これは?? いろいろと不味いのでは!?




