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47_社交界デビュー 3


 アカデミアに到着して馬車を降りると、すでにそこには大勢の貴族の子女たちが集い(いささ)か……、いや、過分に賑やかな出迎えを受けることになった。

 人でできた壁で行く手が塞がれ通り抜けられそうな道も見えない。

 そこにいる皆がジョセフィーヌの姿を認めるなり歓声を上げ、ご機嫌よう姫様、という大合唱が始まった。

 そんな中、目立つドレスで目立つ位置に陣取ったオリアンヌ。

 悠然と(たたず)む彼女に向かってセドリックが詰め寄る。


「オリアンヌ様。これはどういうことですか?」

「ご機嫌よう、セドリック。どうもこうもございませんよ。誉れ高くもこのアカデミアにジョセフィーヌ王女をお迎えするのですから、相応しいご歓待をいたしませんと」


 オリアンヌはよく通る声で全く悪びれもせずにそう言った。

 前回、事前に話も通さずお忍びで現れ、騒動を起こしたことに対する意趣返しであろうか。

 だが、迷惑に感じるのはこちらの受け取り方次第なのであって、王族の訪問を受ける側が礼を尽くすこと自体は当然のことだとも言える。


「事件のことはオリアンヌ様もお聞き及びでしょう? 警護が行き届きませんので、下がらせていただけますか?」

「あら? わたくしがそのように気の利かない人間に見えまして? 大丈夫です。皆には遠巻きにして一定の距離を取るようにと申し伝えてありますので」


 言われてみれば自然発生的に生まれた人垣ではなく、一定の規律を持って立ち並んでいるように見える。

 もしかすると家柄の序列によって場所が決められていたりするのだろうか。


 オリアンヌはセドリックを退(しりぞ)けて、こちらに歩み寄ってきた。

 軽く膝を曲げ、すっと頭を下げる。

 それに合わせて俺は左手の甲を差し出す。

 オリアンヌはその手を下から受け、その柔らかな唇がジョセフィーヌの甲に触れた。


 女性同士のこのやり取りに、何とも言えない耽美的な錯覚に囚われるが、貴族社会ではこれが当たり前なのだ。

 これまでアンナやエミリーを相手に何度も自然に手を出す練習をしてきた。

 しかし、これほど多くの面前だと流石に気遅れもしようというものだ。

 皆が俺の行う王女としての振る舞いに注目するのを感じ、背筋がピンと張り詰める。


「ご機嫌麗しゅうございます。ジョセフィーヌ様」


 立ち上がって微笑むオリアンヌ。

 やはり心なしか、ご機嫌麗しゅう、の響きには粘りつくような含みが感じられた。


「ご機嫌よう。オリアンヌさん。また、お会いできて嬉しいわ」


 怯まず、こちらも笑顔を作る。


「わたくしもこのアカデミアに王族の方をお迎えできて大変嬉しく存じます」


 その笑顔からは、やはりどんな心情も窺い知ることができなかった。

 それでいてこちらの胸の内は見透かされているような余裕を感じさせる。


「さあ、こちらに。ご案内いたしますわ」


 そう言ってオリアンヌが先に発つと、取り囲んでいた群衆が一斉に割れ、道が開けた。

 内心圧倒される光景だったが、それを表に出してはジョセフィーヌの沽券に関わる。

 平静を装って、これも徹底的に訓練した(おごそ)かな歩調でオリアンヌの後に続いた。


 その間にも周囲からは絶え間なく、ジョセフィーヌの名や、ご機嫌ようを叫ぶ男女の声が飛び交っていた。

 こういう場合、個々に対応する必要はないと聞いていたのだが、あまりに声援が熱烈なので、道の途中で一度立ち止まって、左と右にそれぞれお辞儀をして応えた。

 もしかすると王族らしからぬ振る舞いだったかもしれないが、無視を決め込んでいるようでどうにも落ち着かなくなったのだ。

 いっとき群衆の間に戸惑う空気が流れたが、ジョセフィーヌが再び歩き出したときには、それまでに倍するほどの歓声が沸いていた。


 俺はこの国の王女という存在の一挙手一投足が及ぼす影響の大きさを痛感する。

 そんな人物に成り代わって振舞う責任の重大さもだ。


  *


 オリアンヌに先導されて行き着いた先は、俺が想像していたような場所ではなかった。

 見事に刈り揃えられた青い芝生。

 その真ん中辺りまで張り出した、真っ白な大理石で(しつら)えられたテラス。

 澄み渡るような青空の下、そこにテーブルと椅子が並べられ、ピシッと糊の効いたクロスの上にはまばゆく光る食器が綺麗に揃えて置かれていた。

 その周囲には給仕係と思われる女性たちが粛然と立ち並んでいる。


 勧められるままに椅子に腰掛け、カップに紅茶が注がれた後で思い切って隣に座るオリアンヌに向かって尋ねた。


「この時間は近年の戦役に関する講義があると聞いておりましたが?」

「ご安心ください。本日は予定を改めさせましたわ。そのような退屈な講義、ご興味ございませんでしょう?」


 何を当たり前のようにそんな余計なことをしてくれたのだ。

 確かに、女性がそういった血生臭い話に興味を持つなど考えにくいだろうが、だからこそ、こういう場を使って自然に今現在のアークレギスに関する情報を収集しようと思っていたというのに。


 当然のように始まったお茶会の席では、ジョセフィーヌとエミリー、オリアンヌ、それにセドリックの四人が同じテーブルを囲んだ。

 少し離れた場所に同じような机と椅子がもう二組。そちらは王族とのお茶会に同席できる特等席、といったところだろう。

 一通り一人ずつ立ち上がって自己紹介を受けたが、皆聞き覚えのある有名な家名だった。

 パトリックとローランの二人は席には着かず、立ったまま警護の任に当たっていた。


 お茶会の席を設けたオリアンヌや他の皆が聞きたがったのは、やはり王宮の襲撃に関する話題だった。

 あの前代未聞の大事件が貴族たちの関心を買わないわけがない。

 その熱も冷めやらぬ中、事件の当事者がやってきたのだから、確かに普通に講義を受けて帰るだけ、ということが許される雰囲気ではない、か。

 オリアンヌ曰く、ジョセフィーヌが他で質問攻めに遭わぬよう、代表して話を聞きアカデミア内でシェアするつもりなのだという。

 一部の上流階級を贔屓(ひいき)するようで気は引けるが、先ほど集まっていた貴族の子弟の数を考えれば助かる申し出ではある。


 折角なので俺はエミリーが土壇場で見せた尊い献身を特にアピールして話した。

 だが、何と言っても皆の関心を集めたのは、実際に賊を討ったジョセフィーヌの活躍についてだった。

 自分のことなので俺が言いづらくすると、ここでもエミリーが盛んに褒めそやして、皆に語って聞かせる。

 王宮に詰める兵士たちがことごとく打ち倒された中、狙われた姫君自身が二人もの賊を返り討ちにしたという話は確かにセンセーショナルなものだ。

 前回アカデミアを訪れたことはお忍びで、ということになっているので、ジョセフィーヌが立ち合いでローランを打ち負かしたことには誰も触れなかったが、そのことも当然皆の知るところだった。

 にわかには信じられないような王女の活躍に対し、それを疑う者は誰もいなかった。


 皆は盛んにジョセフィーヌの勇気と技量を褒め称えた。

 お膳立てされたような、ここぞという場面で俺は口を開く。


「剣を向けられたとき、自分が女だからと言って立ちすくんでは死を待つのみです。必要に迫られれば私は何者にでも成りましょう。それを示すことができたことは不幸中の幸いでした」


 それは王やその側近たちが頭を絞って編み出した必殺の殺し文句だった。

 聞いた者は、ジョセフィーヌが王位継承の決意を固めたことを感じるだろう。

 俺はその言葉を(よど)みなく言い終わった後、この場にいる者たちに目論見(もくろみ)どおりの感銘を与えられた様子にほっと胸を()で下ろした。


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