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46_社交界デビュー 2


 王宮を出発した馬車には、俺とエミリー、それにセドリックが乗車していた。

 パトリックとローランの二人はそれぞれの馬で馬車の前後を走っている。


「お噂は伺っておりましたが、本当に仲がお良ろしいのですね」


 セドリックのその言葉は、エミリーが俺の腕を取り、身体を密着させて座っていることを指してのものだった。


「エミリー? どうしたの? いつもはそんなではないでしょう?」


 セドリックからいらぬ誤解を受けないように、というのもあるが、柔らかな胸が腕に当たる感触が気が気でないので、俺はどうにかしてエミリーを遠ざけようと格闘する。

 だが引き()がそうにも、俺の方からエミリーの身体に触れることがためらわれるので、結局なすがままとなってしまう。


「駄目です、お姉さま。こんな密室で男性と膝を合わせてお話しするなど。お姉さまの貞淑が疑われてしまいます。ですから、わたくしがこうやって身体を張ってお守りしているのですわ」


 どうも先日共に死線を(くぐ)り抜けてからというもの、俺に対するエミリーの親密度が急に何段階も増した気がする。

 事あるごとにこうやってスキンシップを図ろうとしてくるのだ。

 エミリーとは誘拐された先で起きた秘密を共有していることもあるし、俺としても彼女がジョセフィーヌに寄せる好意を無碍(むげ)にはできない。

 貴族の子女としての体面を保つ分別はある子だと思っていたが、まさかセドリックの前でもこのような子供じみた態度を見せるとは。


「これは手厳しい。ですが、家名に誓って、そのようなご心配は無用であるとお約束いたしましょう。ですからどうぞ、お(くつろ)ぎを」


 エミリーとの対比で特にそう感じるのかも知れないが、セドリックの反応は驚くほど大人びたものだった。


「アカデミアの中で石を投げると、セドリック様の親衛隊に当たると言われておりますわ。わたくしには彼女たちのやっかみからお姉さまをお守りするという責務もありますの」


 な、なるほど……?


「なるほど。お見それ致しました。そういったところは私の手の行き届かぬところゆえ、ご迷惑お掛けいたします」


 セドリックがそれで引き下がってしまったので、エミリーはそのままぴったりと俺に張り付き、そこを定位置としてしまう。

 三人しかいない馬車の中で、そんなアピールをしても仕方がないと思うのだが。


「しかし、お元気そうで安心いたしました。大変な惨劇であったと聞いておりましたので、まずはお二人の緊張をお解きすることが私の役目と心得ていたのですが」

「王家の者があの程度のことで狼狽(うろた)えることはありません。いつも父や母から心構えを学んでおりますので」

「わたくしも、お姉さまのお側にお仕えする身ですので、全然平気です」


 襲撃の件については、極力気丈に振る舞い、何も動じていないふうを(よそお)うようにという王宮からのオーダーが出ていた。

 俺の方は装うまでもないが、エミリーもこの分なら心配いらないだろう。


「警護の件も、私は大袈裟だと言って断ったのですが、周囲の者がどうしてもと……」


 ここまでの応答が事前に用意されていたテンプレートだった。


「実際、あわや、ということが起きたのですから当然の判断かと。ですが、これから先、直接の襲撃に関しては実のところ私もそう心配はしておりません」

「……お聞かせいただけますか?」


「益がないからです。仮に今、第一位の王位継承権をお持ちのジョセフィーヌ様がお命を落とすような事態になったとしても、そのまますんなりと第二位のテオドール様に王位を、という話にはならないでしょう。首謀者は分からずとも誰が得をするのかは明らかですから」


 確かにそうだ。

 一度目こそ、身代金目当ての賊による誘拐という体裁も立つかもしれないが、二度も不審なことが起きれば、それは王位継承絡みの犯行を疑うなという方が無理な話だ。

 結局はブレーズ王の血を引く唯一の男児であるテオドールが王位に就くことになる気はするが、テオドールの後ろ盾である貴族家が軒並み粛清をされる、くらいの騒動はありそうだ。

 俺はあの老人を雇った首謀者を見つけない限り、命を狙われ続けることになると身構えていたが、そう考えると、首謀者が誰かという話には大して意味がないことになる。


「……なるほど。当初の企みが、呪術による病死という因果関係を問えない手段であったからこその依頼だったのかもしれないですね……」


 もしかするとこれは、あの呪術師ダノンと隻眼の男マーカスの勇み足に救われたのかもしれない。


「もちろん、警護に関して油断はいたしませんよ? 今のは、お二人のご心配を和らげるために考えてきた私なりの考察です。お気に召していただけましたか?」

「ええ。とても。セドリック様は剣の腕だけでなく、宮中の政治にも明るいのですね」


「いえ。実はこういった話をさせていただいたのは、私なりの打算があってのことでございます」


 自らそう言って切り出すくらいなのだから、そこまでやましい話ではないはずだ。

 俺は微笑んで話の先を促した。


「恐れながらお尋ねしたいことがございまして。ジョセフィーヌ様をお救いしたという謎の剣士についてでございます」


 あっ、そのことか……。


 実はユリウスの存在云々(うんぬん)以前に、そもそもジョセフィーヌとエミリーが一時賊の手に落ち、王宮の外に連れ去られていたという話には箝口令(かんこうれい)が敷かれていた。

 世間的には王宮は襲撃されたが、そこで辛うじて撃退できたことになっている。

 一部の者しか知らない誘拐の事実をセドリックが知っているのは、彼が警護の任に就くために明かされたからなのか、あるいは家柄に基づいた情報網によるところか。

 とにかくこの場で出る話題としては想定していなかった。

 それで虚を突かれたことが思わず顔に出てしまったのかもしれない。

 セドリックの表情がこちらを(おもんぱか)るものへと変わった。


「申し訳ございません。辛いご記憶を思い起こさせるようでしたら無理にとは……」

「いえ、構いませんよ。ですが、私は気を失っていたせいで、その男のことはよく見ておりませんので……」


 あまり多くを語るとボロが出かねない話題だ。

 やんわり断るつもりで言葉を濁したのだが、それにここぞとばかりと食い付いたのはエミリーだった。


「わたくしがお話しいたします。あの方のご活躍はわたくしが全てこの目に焼き付けておりますもの」


 そう言って俺の方を向き、上目遣いで目配せをしてきた。

 分かっております、お姉さま。という彼女の心の声が聞こえてくるようだったが、俺の方は心の中で、どうか余計なことは言わないでいてくれと祈っていた。


「お二人が捕らわれた場所に突如として現れ、たった一人で四人もの敵を一瞬で打ち倒したと聞きますが事実でしょうか?」

「事実ですわ」


「では、あのサナトス様も手を焼いたというリーダー格の男を一蹴したという話も?」

「ええ、もちろん」


 ほおっ、とセドリックが息を吐く。


「サナトス様が戦われたときは、呪術師の魔法によって万全ではなかったようです。それだけで力量を測るのはいかがなものかと」


 ユリウスの存在が注目を浴びるのは、俺にとってあまり好ましくないのでそう言ってフォローする。


「魔法ですか……。そんなものが存在するというのは確かに警戒すべきですが、純粋な剣と剣での戦いに横槍を入れるというのは無粋の極みですね」


 苦々しげにつぶやくセドリックの顔からは、剣に懸ける情熱を垣間見ることができた。

 正直なところ、それには俺も同感だ。だが、望むと望まざるとに関わらず、そうなった時にはその条件で戦うしかないのだ。

 殺されてしまった後では、正々堂々を叫ぶこともできない。


「その男がどのような剣を使うのか、詳しく教えてはいただけませんか?」

「それはもう華麗な剣捌きでしたわ。目にも止まらぬ動きで、こう、ガキンってやってビュッって払って、最後なんてもうくるくるーって……」


 要領を得ないエミリーの説明に、俺は安堵し、セドリックは落胆の色を隠さなかった。


「是非、この目で見てみたかったです。可能であるなら手合わせも」


 俺もセドリックとは手合わせをしてみたい。

 この男と剣を交えることができれば、もっと高みを目指せそうな気がする。


「この王都にいるのなら、どこかで会うこともあるかもしれません。目立つ特徴などは?」

「ええっと、とにかく凛々しいお顔立ちでしたわ。ねえ、お姉さま?」

「えっ!? ええ……」


 俺に同意を求められても困る。


「背丈や髪の色は? もう少しそれと分かる特徴が分かると良いのですが」


 おいおい。本気で探すつもりか?

 探してもどうせこの王都では見つかるはずがないと知っている俺にとっては、セドリックのその熱意がいたたまれなかった。

 やたらとユリウスのことを詮索されるのも困るし、諦めるように上手く伝えられれば良いのだが。


「そうですわねぇ……。背中に大きな火傷の痕が見えました。あのようなお身体を抱えて勇敢に立ち向かうお姿に、わたくし涙を堪えながら見守っておりましたの」


 意味深な目線をこちらへ向けるな、エミリー……。


「背中に火傷の痕……。それは手掛かりになりそうですが、まさかすれ違う男全員の服を手当たり次第に脱がして歩くわけにも参りませんよね」


 セドリックはそう冗談めかして笑ったが、普段そんな冗談を言い慣れていないのだろうか。俺にはその言葉が本気で悔しがっているようにも聞こえた。


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