45_社交界デビュー 1
王宮が襲撃された日から数えて半月あまり。
すっかり体調を回復させたジョセフィーヌ……、であるところの俺は、再びアカデミアに赴くこととなっていた。
あれほどの事件があったことを思えば、公の場にこれほど早くその姿を現すのは異例だと言えるが、それにはやはり王女ジョセフィーヌの健在をアピールしたい王宮と国王夫妻の目論見があった。
王宮の奥に閉じ籠ってしまうような弱さではなく、まるで暗殺の首謀者を威圧するかのような強かさが、王位を継ぐに相応しいという世論の醸成に一役買うのだと言う。
まったく、女が王になるというのは生易しい道のりではない。
アカデミアへ行く日の昼過ぎ。
共に王宮で昼食を取ったエミリーと並んで馬車の前まで歩いて行くと、良い身なりで帯剣した男三人が一頭の馬を挟んで立ち話をしている姿が見えた。
一人は馬の陰になっていて足しか見えなかったが、こちらに背を向けている二人の背格好には見覚えがあった。
近くまで行くと男たちが振り返ってその顔を見せる。
予想したとおり、アカデミアで会ったセドリックとパトリックだった。
「ご機嫌麗しく存じます。ジョセフィーヌ様」
セドリックが様になった仕草で腕を胸の前に掲げ、恭しく頭を下げる。
隣にいるパトリックは無言でそれに倣っていた。
「……ご機嫌よう。セドリック様。警護の方が付いてくださると聞いておりましたが、もしかして貴方が?」
「はい。僭越ながら。本日より、ジョセフィーヌ様の専属の警護役を仰せつかりましたセドリック・セデュークです。この身に換えても姫様の身はわたくしがお守りいたしますので、どうかご安心を」
セドリックは、かつてジョセフィーヌの婚約相手にとも考えられた血筋の男だ。
それにこのタイミングで王宮側が警護の任に推してきたということは、女王擁立にも肯定的な貴族家なのだろう。
「貴方のような方に守っていただけるとは大変心強いです」
俺としてはその一事に尽きる。
先日見たこの男の剣の腕はなかなかのものだった。
有事となれば頼りとなるだろう。
「こちらの者たちも同じです。……さあ、ご挨拶を」
セドリックから促されてパトリックが進み出る。
「パトリック・リューンブリク・パドメアです! 姫様。先日はアカデミアにて大変ご無礼をいたしましたっ!」
背筋どころか指先まで真っ直ぐピンと伸ばし、緊張しきりである様子が伝わってくる。
まさか親友に警護される日が来ようとは。砦村で別れたときには考えもしていなかった。
感慨深くもあるし、王女の護衛という大役を前に何か失敗をしでかしたりしないかと、まるで我が子を見守るような気持ちでもあった。
「確か、サナトス様に師事されたいというお話をされていましたね。今度ご紹介いたします。私からも剣の指導を頼んでみましょう」
「ええっ!? ほ、本当ですか? やった! やったなあ、セドリック!」
「おい、パトリック」
「あっ! すみません。恐縮で、あります!」
子供のように喜んでいたパトリックだが、セドリックに肘で突かれて、再びカチコチに畏まってしまう。
「良いのです。自然体でいてくれた方がこちらも接し易いので」
「はい! 恐縮です!」
馬の陰から出てきた三人目の男は、パトリックとは別のベクトルで不自然な様子だった。
どうにも居心地悪そうにモジモジとしている。
とはいえ、相手の方から挨拶をしてもらえないと声の掛けようもない。
俺は微笑みを作りつつ辛抱強く待った。
「おい。……おい、ローラン。失礼だぞ」
セドリックが小声で急かす声を聞き、俺は驚いてその男の顔を見直した。
「ローラン・オースグリッド……です。よろしくお願いします」
不承不承名乗った男は、俺が先日アカデミアで決闘騒ぎを起こしたあのローランだった。
確かにそうと分かって見れば目や眉がそんな感じだ。
と言うのも、アカデミアで会ったとき、口の周りに蓄えられていたむさ苦しい髭が綺麗さっぱり剃られていたからだ。
頭髪も小綺麗に刈り揃えられており、一見するとまるで別人のように見えた。
「あっ」
「……何だよ。今分かったのかよ」
思わず声が出たのは、負けたら髭を剃るようにと、決闘の前に自分が言ったことを思い出したからだった。
だが、約束させた当の本人がそれを忘れていたと言うのでは流石にばつが悪い。
「申し訳ありません。見違えておりましたので、すぐには気付きませんでした。ですが……、やはりローラン様はお髭がない方が男前でよろしいかと思いますよ? ねえ、エミリー?」
「えっ!? ああ、はい。そうですね。清潔感があって、女性には好まれると思います」
こういうことは女性から言われた方が嬉しいだろうと気を利かせて、後ろで控えていたエミリーに振ったのだが、よく考えると今の俺も他人から見れば正真正銘の女だったことを思い出す。
「チッ。別にいいんだよ。女受けなんて……。だがまあ、警護相手を不快にさせたんじゃぁ不味い、からな……」
「こら、ローラン。言葉遣いを改めろ。また、叔母上殿に叱られるぞ」
セドリックがローランをたしなめる。
確かにおよそ自分が警護する姫君相手の態度には見えなかったが、それが異性に対する不器用な照れ隠しであることは分かっていた。
そうなってしまう男心は何となく分かるので、ローランのそんな態度が俺には微笑ましく映った。
「良いのです。貴方も是非、そのまま自然体で私に接してくださいね」
「……警護は任せとけ。あの時の借りは絶対に返すからな。今度はあんたを守ることで、俺の力を認めさせてやる」
威勢良くそう言い放つローランの瞳は活き活きとして見えた。
あの時のことを思い返す度、自分のしでかしたこととその結果を心苦しく思っていたので、ローランのこのサバサバした様子には救われる思いがした。




