44_その夜の顛末 2
王宮が賊の襲撃に遭い、一時は姫が攫われる事態にまでなった前代未聞の大事件を受けて、スカージを訪問していた国王夫妻は予定を切り上げて急遽帰国を果たしていた。
ジョセフィーヌの額の傷は、国王夫妻と顔を合わせるまでにはおおよそ治癒していてくれたので助かった。
そうでなければどんな騒ぎになっていたか分からない。
傷跡はもうほとんど見えなくなっていたにも関わらず、ブリジットは大袈裟に巻かれた包帯を見るや大泣きを始めた。
ブリジットの泣き腫らす姿を見ながら、俺は生涯残る傷ではなかったことと、この娘の身体を生きて無事に戻せたことに改めて安堵していた。
娘の命を狙った襲撃犯に対する夫妻の怒りは大変なものだったが、差しあたって二人がその怒りをぶつける先は見つけられなかった。
捕らえた襲撃犯への尋問は二人が帰国するまでに大方終わっており、結論を先に言えば、裏で糸を引いていた首謀者については何も分からず仕舞いだったからだ。
俺が蹴って失神させた男は予想どおり首謀者について何も知らなかった。
隻眼の男がマーカスと呼ばれていて、王都の貧民窟を根城にしていることまでは聞き出せたが、その場所に兵を差し向けたところ、マーカスは既に引き払っていて、どうやら王都の外に出たらしい、ということが分かっただけだった。
アンナの活躍で捕らえることができたジョセフィーヌの主治医の男についてもそうだ。
彼を雇ったのは呪術師個人であり、依頼主のことは何も知らされていなかった。
呪術師についても、分かったことと言えば彼が名乗ったダノンという名前程度。それも偽名や幾つかある通り名の一つである可能性が高いだろうから大した手掛かりにはならない。
主治医の立場的にはジョセフィーヌを直接害することも可能ではあったが、彼が王宮や王都で仕事を続けるために、自分の関与が疑われることだけは頑なに拒んでいたという。
その医者からすれば、彼が行ったのはあくまでジョセフィーヌの病状の報告と、王宮の間取りや警備状況をリークしたことだけなのだった。
ジョセフィーヌ個人を対象とした呪いを掛けるには何か媒介とする物が必要だったのではないか。尋問官を通じてそんな疑問を伝えると、医者は数年前にジョセフィーヌから採血した血をそのダノンという呪術師に渡したことがあると白状した。
医者も、ジョセフィーヌが患った原因不明の病状を不思議に思っていたが、まさか自分が渡した血が呪術に使われた結果だとは想像もしていなかったようだ。
そう。それは嘘偽りなく、想像もされていなかった。
驚くべきことに、この王都においては精霊や呪術といった魔法の類のものは、まるで信じられていないのだった。
俺が病床でエミリーやアンナに魔力の存在を訴えたときの反応からして妙だった。
ミスティや、他の才能ある者たちが、アークレギスの砦村で当たり前のように精霊魔法を使っていたのを知っている身からすると、王都の人々の魔法に対するその感覚が、俺には信じ難いものに映った。
砦村と王都における魔力の密度の違いは確実にある。
素質のない俺の鈍い感覚でも感じ取れるくらいの差だ。
魔法を使うのに向かない土地だから、そういった文化が根付いていないのだろうか。
また、ロウソクの明かりや、水洗式のトイレなど、都市ならではの洗練された技術と違い、使い手のセンスを選ぶ精霊魔法は普及しづらい、という理屈も想像できる。
だが、誰もが魔法の存在自体を信じていない───正確に言えば、かつては信じられていたが今では完全に衰退し、伝承のような扱いとされている───ことにはある種の薄気味悪さすら感じられた。
とは言えだ。そういった認識も過去のものとなった。
先日の王宮襲撃の際、ダノンが見せた魔法の力によって、多くの者がその存在を実感することになったからである。
故に、長年ジョセフィーヌを蝕んでいた病魔の原因も、あの老人が使用する魔法───呪術によるものだという俺の主張は聞き入れられ、警備上の重大な関心事とされた。
ただし、呪術というものについては俺も馴染みがない。
砦村にもそういった魔法を使う者はいなかったし、噂ですら聞いたことがない。
だから対策と言っても、実際に自分たちが受けた攻撃から推量するしかなかった。
ひとまずは、遠く離れた場所からでも対象に影響を及ぼし得るという性質から、守りを固めるだけでは駄目で、呪術師そのものを探して排除することが不可欠ということで認識を統一させる。
元よりそれが今回の襲撃に対して行える唯一の方策ということもあって、国王夫妻が直接指揮を執り、実行犯であるダノンの捜索が大々的に行われることになった。
俺やエミリーなどの証言を元に人相書きが作られ、襲撃の際、ダノンを目撃した生存者全員が、手傷を負った者も含めてその捜索に駆り出された。
王宮内の警備の人員も増やしたいところだったが、首謀者が割れていない状況下ということもあって選定は難航しているらしい。
万が一にも、第二王子のテオドールを担ぐ一派の息が掛かった人間をそこに配する訳にはいかないからだ。
ひとまずはスカージから帰国した王の近衛で警護を厳重にしておくしかない。




