41_捕らわれのジョセフィーヌ 5
長髪の男から力が抜けて失われたのを感じると、俺はその身体を蹴り倒し、深々と刺さった剣を引き抜いた。
「行こう。エミリー」
振り返った俺の瞳に映るエミリーの顔は、明らかに血生臭い現場に怯んだ表情をしていた。
可哀そうだが、今は彼女の受けたショックに構っていられる状況ではない。
気を抜いた次の瞬間には、自分たちが同じ目に遭っていないとも限らないのだ。
「大丈夫。まっすぐ前だけを見て歩いてくればいいから」
なるべくジョセフィーヌのときの面影が思い浮かぶような優しい声音を心がけて話し掛け部屋を出る。
廊下の右はすぐ行き止まりだった。
左を進んだ先には、折り返すような道順で下に降りる階段が見えた。
廊下は狭い。
ここでは戦いたくないなと思いながら足早に階段の降り口まで進んで振り返ると、階段の一番下に足を掛け、丁度これから上って来ようとしている新手の男と目が合った。
相手は虚を突かれたような顔をしているが、手にはすでに抜き身の剣が握られていた。
逡巡は命取りだ。
気づくと俺は床を蹴り、階段下の男目がけて飛び下りていた。
男は避けることもできず、俺の全体重をその身に受けることとなった。
男の身体の上でバランスを崩し、階段に尻もちをついた体勢のまま、俺は息を詰まらせてあえぐ相手の胸元に剣を突き立てた。
今のは危なかった。
我ながら無茶が過ぎた。
運良く足も挫かずに済んだが、仮に俺が逆の立場だったら、後ろに退いて着地してきたところを一突きで終わりだったなと顧みた瞬間、どっと冷や汗が噴き出た。
顔を上げて右手を見ると、そこは広い部屋になっていた。
幾つものテーブルと椅子。カウンターらしきもの。
一見して酒場の雰囲気を思わせる内装だが客らしき姿はない。
武装したガラの悪そうな二人の男がテーブル越しに向かい合って座っているだけだった。今はこちらに気付いて、二人とも腰を浮かせている。
狭い場所で手こずっている隙に仲間に押し寄せて来られては不利と踏んで階段を飛んだのだが、この人数であれば危険な賭けに出る必要はなかったかもしれない。
俺はすでに死体となった男の身体から足を下ろすと、自分の膝や足首の具合を確かめながら男たちに向かってゆっくりと距離を詰めていった。
その二人の姿越しに、外への出口と思しき扉が見える。
つまり、あとはこの二人さえ排除できればここから逃げ出せる、らしいな。
そんな算段をしていると、俺が逃げ道として目星を付けていた扉が開き、そこから隻眼の男が飛び込んで来た。
「おい、ずらかるぞ。あのヤベー爺さんが乗り込んで来やがった。交渉場所も変更だ」
隻眼の男は見るからに慌てた様子だった。
ろくに前も見ずに、ズカズカと中に踏み込んで来る。
「……あん? 誰だてめー?」
俺が跳び込めば剣が届きそうな距離まで近づいたところでようやく男が足を止める。
「おい、エドたちはどうした?」
男はこちらに顔を向けたまま、背後の部下に問いかける。
「に、二階に、行ったきりです」
隻眼の男が首を傾けて、俺の後ろを覗き見る仕草をした。
右眼の動きや表情から見て、おそらく、階段の下に転がる死体と、今階段を下りて来たのであろうエミリーの姿を目に留めたことが察せられた。
「マジかよ……。四人、殺ったってことか。……一体、どこから入った?」
俺は何も答えずに剣を中段に構えた。




