38_捕らわれのジョセフィーヌ 2
男たち二人が出ていくと、部屋の中は俺とエミリーの二人だけになった。
硬く粗末なベッドの上で俺がもぞもぞと動き始めると、すぐにエミリーがそれに気づいた。
「お姉さま!? ご無事で? お加減は大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないけど、今すぐどうにかしないと。貴女も私も殺されてしまいます」
駄目で元々と手足に力を入れてみるが両手両足を縛る縄はびくともしない。
きつく締め上げられているせいで、後ろ手にされた手首の先などはほとんど感覚がなくなっていた。
「落ち着いてください。何やら相手は揉めているようです。あの方たちの交渉が決裂すれば、もしかしたら無事に帰れるかもしれません」
「話は聞いていましたが、それはないでしょう。王族の暗殺を企てたとなれば、それがどんな大貴族であろうと極刑は免れません。自分の命と財産、それに、一族全員を路頭に迷わせるくらいなら、金などいくらでも積むはずです」
先ほど盗み聞いた会話によって、今回の襲撃がどういった経緯でなされたものなのか、という見当は付いていた。
首謀者がジョセフィーヌの暗殺を依頼した相手は、あの老人の方なのだろう。
老人は自分の呪術でジョセフィーヌを殺せる算段だったので、おそらく大した成功報酬も提示していなかったのだ。
いつまで経ってもジョセフィーヌが死なないことに業を煮やした首謀者によって急かされたあの老人は、仕方なく隻眼の男に王女の始末を依頼した。
だが、襲撃には頭数がいるため、最初に首謀者が出すと言った成功報酬では納得できないという話になり、今になって再交渉しようとしているのだ。
「けれど、これが周到に練られた計画でないことも分かりました。それにエミリーのおかげで脱出のチャンスも増えましたからね」
「わたくしのですか?」
「はい」
隻眼の男が場所を移さなければと思いついたのは、おそらくエミリーとの会話の途中。王宮側と自分たちの戦力比を冷静に見直したからだ。
どこの誰だか分からないが、依頼主側が今すぐ出せそうな戦力と自分たちの今の戦力を比較したときに危ういと勘付いたのだろう。
「私たちの監禁場所を移そうとする時がおそらく最後のチャンスです。何とか今のうちに縄を解かなければ」
そうは言ったものの、自力でそれが叶う見込みは薄かった。
とにかく身体に力が入らずろくに動かすことができない。
自分の身体が持ち上がらない。
縄を解くことはおろか、僅かに体勢を変えるだけでも重労働だった。
どうにかしてベットから転がり落ち、這ってでも、転がってでもして、暖炉の火のところまで近づくことができればとは思うのだが……。
「エミリー。貴女の方はどうですか? こちらまで近づいてきて、縄の結び目に手が掛かれば……」
「申し訳ありません、お姉さま。縄がきつ過ぎてとても……。それにこの椅子自体、釘か何かで強く固定されているようです。どれだけ揺すっても全く動かせないのです」
くそっ。駄目か……。
何か、方法を考えるんだ。
そう思って首をひねり、目の届く範囲を改めて観察するが、脱出に使えそうなものは何も見当たらなかった。
そもそも後ろ手に縛られているので、この状態で何かを手にできたとしても十分には扱えないだろう。
無駄に体力を消耗しないように一旦脱力して回復に努める。
静かにしていると、エミリーのすすり泣く声が聞こえてきた。
「お姉さま……。お守りすることができず、本当に申し訳ございませんでした」
「諦めては駄目です。貴女も一緒に助かる方法を考えてください」
「この命に換えてもと思っておりましたが、力及ばず……」
「エミリー……。貴女は何も悪くありません。貴女の忠義、確かに受け取りました。それを台無しにしたのは私です。どうか許してください」
賊の中には姫の顔を知る者もいたようなので、仮にあの時エミリーが身代わりとなって死んだとしても、ジョセフィーヌが助かっていたとは限らないだろう。
だが、重要なのはそこではない。
あの時俺が衣装箱から飛び出さなければエミリーは間違いなく殺されていた。
アカデミアでローランに大声で怒鳴られただけで泣き出していたあのエミリーが、持てる勇気をふり絞り、まさに命を賭してジョセフィーヌを守ろうとしたのだ。
大義は剣の腕だけで成すのではない。
俺が人として、こうありたいと願う生き様を一人の少女に見せられた。
俺もこの姫君に忠義を通したい。絶対に最後まで諦めず抗わなければ。
今の俺が持つ力の全てをふり絞って……。
俺は横向きに転がされていた身体を一旦仰向きに返した。
たったそれだけのことで額には大粒の汗が浮かんでいた。
すでに疲労困憊で、このまま眠ってしまいたいという誘惑に駆られてしまう。
次に身体を動かす体力が戻るのを待つまで、自分の意識を保っていられるように、俺はエミリーに話し掛けた。
「エミリー。敵方のおよその人数はどれくらいか分かりますか?」
「……私たちが乗せて来られたときに見えたのは馬車三台でした」
「馬車三台?」
少な過ぎる。
それでは襲撃犯は全部で二十人足らずということか?
「警備を固めてくださいと頼んだはずですが」
「それが……、アンナと一緒に掛け合ってはみたのですが、身元の確かな兵を急に用立てるのは難しいと拒まれまして……」
確かに……。
暗殺が疑われる状況で、急な増員はそれこそ自殺行為か。
「だとしても、そんな少人数で王宮の守りが突破されたとは、驚きですね」
俺が最初に相手をした二人に限って言えば、さほど手練れとは思えなかった。
「先の襲撃で彼らが失ったのが四名で、それも想定外だと、あの片眼の方がボヤいておられましたわ」
そのうち二人をやったのは俺か。
まったく、王宮の警備は一体どれだけボンクラなのだ。
「おそらく、あの不気味な老人のせいです。あの老人が何か呟くだけで、目の前の兵士たちがフラフラになって、そこを次々と切り倒されていくのをわたくし見ましたもの」
なるほど。そういうことか。
呪術使いとは厄介なものだ。
確かにあんなものを使われては、仮に砦村の猛者が守りに就いていたとしても同じ憂き目にあっていただろう。
あのときの酩酊感を思い出し、なおさら、あの老人が雇い主の元へ交渉に行っている今のうちに脱出を果たさなければと危機感を募らせた。
「エミリー。やはり、貴女がいてくれて良かったわ。絶対に、二人で無事に帰りましょう」
「お姉さま……」
もう休むのは十分だ。
一刻も早く、何としても、ここから逃げ出さなければ。
俺はゆっくりと膝を抱え込むように曲げて身体を丸めると、その体勢から思い切り反動を付けて上体を前に引き起こした。
ジョセフィーヌの身体が縦にゴロリと転がり、その勢いでベッドの上にしゃがみ込むような体勢で身を起こすことに成功した。
「よし」
この体勢からならベッドから降りることは容易い。
後はシャクトリ虫のように這ってでも暖炉までたどり着いて縄を焼き切るのだ。
希望が開けた瞬間、目の前が明るくなった気がする。
何だか胸に秘めた闘志も熱くみなぎってくるような……。
「えっ!?」
目を上げた先にあった赤く燃え立つ存在に俺は思わず声を上げた。
人の頭ほどの大きさで火の粉をまき散らしながら燃え盛る小人。
アークレギスで見た、あの火の精霊が目の前に浮かんでいたのである。




