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37_捕らわれのジョセフィーヌ 1


 目の前にいる人の気配で目を覚ました。

 何者かによって胸のあたりをまさぐられているのに気付きギョッとする。


「おい、スケベじじい。何してんだ?」


 離れた場所からする男の声に(とが)められてその手が止まる。

 しわがれた、それでいて妙に高い特徴的な声ですぐにあの隻眼の男の声だと分かった。


「少し気になってな」

「そりゃ俺だって気になるが……、そういうのは後にしとけ」


 すぐ目の前から聞こえる声は、あの謎の魔法を操った老人のものだった。

 俺は目覚めたことを悟られないように、身体を横たえたままでジッと耳を澄ましている。


「ワシの見立てでは三カ月も前に死んでおった女子(おなご)じゃ。てっきり効果が不十分であったのだと考えていたが……」

「またその話か。諦めたから俺に声を掛けたんだろ?」


「ああ。だが、さっき試したときも呪いは間違いなく発動しておった。完璧にな」

「今さらどうでもいい話じゃねーか」


「おぬしにとってはそうだろうが、こちらはそうもいかん。場合によっては今回の依頼そのものよりも重要な話じゃ」


 依頼か……。

 こうして気を失った振りをしていれば、ジョセフィーヌの暗殺を指示した依頼主の情報を得られるだろうか。


「そりゃ、あんたの飯のタネだろうしな。邪魔してすまん。続けてくれ」


 いや、続けては駄目だ。

 姫様の身体だぞ。

 そんな不敬が許されるものか。


「許しません! お姉さまのお身体に触れることは、何人たりとも!」


 違う場所からエミリーの声が聞こえた。

 彼女も捕らわれていたのか。

 絶望的な状況ではあるが、彼女が生きていたことに俺は希望を見出した。

 生きてさえいればまだ戦える。まだ揃って助かる見込みはある。


「許すも何もなあ。どうせ死ぬんだ。気にすんな」

「くぅっ……、呪われろ!」


 エミリーが悔しさをにじませて悪態をつく。


「知っていることを話すなら、やぶさかではないぞ? 何なら、その望みどおりこの男をワシが呪ってやってもいい」

「おい、冗談でもよせ。気味悪ぃだろうが」


「この女子がワシの呪術から逃れた方法を知りたい。魔法の障壁でもなければ到底(あらが)えぬはずだが?」

「……魔法、なんて……。精の付くお薬なら、お医者様がお与えになったはずです」


「ふん。やはりこんな小娘が知るはずはないか……。あるとすれば、王国の秘伝中の秘伝……」

「なんだぁ? 金になりそうな話か?」


「おぬしら俗人には関係のない話じゃ……。王や妃はこの娘を溺愛しておったと聞くし、命を救う何らかの手段を持っていたのだとしたら、何にでもすがるだろうと……。まあ、これはただの憶測……。だが事実として、この娘は……」


 老人は目の前で耳をそばだてている俺にも聞き取れない小さな声で、モゴモゴと独り言を呟き始めた。


「悪いが、そんな悠長に構えてる時間はねえ。金にならねぇ話なら特にな」

「分かっとるわ」


「じじい。伝えることは分かってるな? まず一つ。俺たちは王女の身柄を押さえてて、いつでも殺すことができる。二つ。俺たちはじじいが最初に約束した金額じゃあ満足してねえ。五倍の額をここに持って来させること。三つ。そっちが条件を飲めない場合にはこのままこの王女を王宮に帰す。依頼主の名前を土産に持たせてな」

「五倍は無茶だろう。要求を飲む気があってもすぐに用立てられるはずがない」


「ボケが。奴らがどんだけ貯め込んでんのか知らねーのか? それに俺たちが襲撃を決行したから、相手ももう尻に火ぃ点いてんだ。足りなきゃ宝飾品でも何でも持って寄こすだろ」

「ならば最初から王宮からの略奪品で手を打っておけば良かったのだ。欲張りおって」


「んな足の付きそうな物、ろくな金で売り捌けっかよ! ったく世間を知らねぇじいさんだなぁ」

「…………」


「あの……」


 二人の会話にエミリーがおずおずと割って入った。


「なんだ?」

「お金で解決できる話であれば、わたくしたちが払います。いくらを基準とした五倍かは存じ上げませんが、それでもお姉さまのお命と、首謀者の情報と証拠が得られるのならば安いものです」


 エミリーの提案を聞いてから、男が答えるまでにはしばらくの間があった。


「……駄目だな。王宮側がそんな判断を下せるくらい指揮系統が整うのを待ったんじゃあ、こっちが追い詰められる。あくまで今晩中に決めるしかねえ。なかなか悪くねぇアイデアだったが。すまねえな。嬢ちゃん」


 隻眼の男と老人が立ち上がり、遠ざかっていく足音がした。


 それで俺はようやく目を開けて周囲の様子を確かめる。

 薄暗い部屋だ。

 明かりは遠くの方にある暖炉と、ドアの横の壁に据え付けられた一本の松明(たいまつ)の火だけだった。

 王宮の上品なロウソクの明かりとは違い、嫌な臭いで部屋中を満たしているが、砦村で育った俺にとっては、この獣脂(じゅうし)の焼ける臭いは馴染みが深く、そのせいか、捕らわれの身にあっても不思議と気持ちを落ち着かせていた。


 目の前に見える椅子にはエミリーが縄で縛り付けられた状態で座らされている。

 俺の方はと言えば、両手と両足を縛られベッドの上に転がされていた。

 そのことは確かめるまでもない。目を覚ましたときから手足を締め上げる痛みで分かっていることだった。


 出口の扉の前で隻眼の男と老人が立ち止まり再び話し始めた。


「俺もボケてたぜ。奴ら、金を渋って、こっちに刺客を送ってくるかも知れねぇ。俺たちの口封じも兼ねて」

「……ふむ。確かにな」


「金の受け渡し場所はここでいいが、姫さんの身柄は別に移しとく。ちゃんと、それも伝えろよ? 相手に変なスケベ心出されたら共倒れだぜ」

「分かった。言うとおりにしよう。ただし、奴らに引き渡す前にワシにあの女を詳しく調べる時間をくれ。必要な道具を取ってくる」


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