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36_襲撃の夜 3


「マジかよ……」


 残された方の男がようやく剣を構える。


 両手持ちの中段。

 得物は標準的な幅広の剣だ。

 今俺が持つ細剣ではとても受けきれないだろう。


 鞘を手放したことが悔やまれた。

 片手にあれがあるだけで色々な戦法が取れたものを。


 床に転がっている鞘は視界に入っていたが、とても拾い上げられそうにない。

 その隙がない、というよりも今拾うために身体を屈ませたら、同じように身体を起こし、再び構え直すだけの体力があるかどうかが覚束(おぼつか)ないのだった。

 視界が(かすみ)がかったようにボヤけている。

 眩暈(めまい)が酷い。


 正直自分がまだ立っていられることが不思議なくらいだった。

 一人倒したことで気分が昂揚しているのかもしれない。

 死地を前にして、ボロボロの身体とは逆に、神経が研ぎ澄まされているのを感じる。


 相手にはこちらがどのように見えているだろうか。

 一瞬で仲間を殺されたのだから警戒はしているはずだ。

 簡単にはこちらに踏み込んで来ないだろう。


 男との距離は今四足半ほどある。

 あちらから距離を詰めてくれれば助かるのだが……。


 いや、考えろ。

 確か、あいつは殺さずに捕らえると言っていなかったか?

 今一番不味いのは、あの男がこちらを警戒するあまり、一旦退いてあのドアを閉めてしまうことではないか?

 出口はあそこにしかないのだ。このまま足止めされているうちに、後続が来てしまっては為すすべがない。


 こちらから行くしかない、か……。


 自分がこうやって気を張っていられる時間も限られるだろう。

 敵の数や戦況が読めない以上、今すぐに、この男を倒して活路を見出すしかない。


 床を蹴って跳ぶようにして足を前へと運ぶ。

 右足を踏み出し左足を同じ位置まで引き付け、そしてまた右足を前へ。

 踊りのステップを踏むように一瞬で距離を詰める。


 右手に持った細剣のリーチを最大限に活かせる距離を測りつつ、ここぞという位置で大きく右足を踏み込んで細剣を前に出した。


「は、やっ……」


 胸元を狙った一突きだったが、流石にこれだけの助走があっては反応される。

 男は身をよじらせながら、中段に構えていた剣を横に振って、自分に向かってくる細剣を払おうとした。


 そこまでの動きは十分想定できていた。

 俺はその動きに反応して少し下がり、細剣を相手の剣の振りから逃がしつつ斜めに切り払う。


 その切っ先は男の左手首の辺りを捉えて、その肉をわずかに裂いた。

 細剣を手元に引き戻し胸の前に立てて構え直す。


 男は負傷した腕にもう片方の手を当ててかばっていた。

 俺はすぐに反撃が来ないことに虚を突かれつつも、好機を逃すべからず、というドルガスの言葉を思い出して、今度は相手の顔面目掛けて剣を突き出した。


 相手が後ろに退いて避けようとすることも読めていた。

 砦村での訓練で、劣勢になった相手が幾度となく見せた敗着パターンと同じだ。


 瞬時に大きく一歩、すり足で相手に詰め寄る。

 身体を密着させるほどの距離まで近づいてから腰を入れ、思い切り相手の足元を払った。

 相手の身体は見事に宙に舞い、後頭部から落下した。


 俺は倒れた相手の頭を踏みつけ、無防備な喉元を剣先で払って裂いた。

 鮮血が噴き出し、白い寝巻の足元を赤く汚す。



 胸が苦しい。

 急に激しく動いたことで身体が悲鳴を上げているのだ。

 心臓が破裂するのではと思うほど大きく脈打っていた。


 それに、急場を凌いだ安堵によって、どっと疲労感が押し寄せてきた。

 今すぐ床に伏して休みたいという衝動に駆られるが、当然そんなわけにはいかない。

 エミリーの方を振り返り、すぐに逃げようと声を掛けようとした───そのとき、背後から男の声がした。


「あららぁ……、こりゃまた……」


 見ると左眼に眼帯をした男がドアの縁に腕を掛けてダルそうに立ち、こちらを見据えていた。

 おどけた言葉の調子や力の抜けたダラリとした態度とは違い、全く油断を感じさせない目つきだった。

 一見しただけで、先の二人とは明らかに格の違う、手練れを感じさせる雰囲気に緊張が走る。


 不味い。もう三人目が来たか。

 そう思った矢先、その男の後ろから四人目、五人目と、次々に新手が姿を現した。


「分け前が増えるのは助かるが、ちょっと元気過ぎるな」


 隻眼の男はドアの前に陣取ったまま安易に近付いて来ようとはしなかった。

 折れそうになる心に鞭を打ち、俺は再び剣を構える。


「どっちが姫様?」


 俺に剣を向けられてもまるで怯むことなく男は静かに言った。


「私です」「私です」


 俺の声と同時に、背後からエミリーの声が聞こえた。


「……んん……、チクショーが。顔知ってる奴があいつしかいねえってのは不味ったな……。最悪どっちも外れってこともあり得るぞ? こりゃあ」


 ブツブツと文句を垂れながらも、隻眼の男はこちらから視線を外すことがなかった。

 抜け目なく俺の手にある血に塗れた細剣の動きを観察している。

 そこへ、その男の後ろから、他の者とは明らかに趣の異なるローブ姿の老人が進み出て部屋の中に入ってきた。


「あ、おい、爺さん。あんた、顔分かるんだったか?」


 老人は部屋の中の様子を軽く見回した後、何かを手に握りしめる仕草をしながら口元で何事かを唱え始める。

 その途端、俺の周囲をとりまく空気が変わるのを感じた。

 そして激しい頭痛と眩暈に苛まれる。


「っ……!」


 俺は堪らずその場にへたり込み頭を抱えた。

 どんなに傷を負おうが、最後まで立って剣を振るうつもりでいた。

 だが、身体の内側から蝕まれるような急激な痛みによって、俺は抗う意思を奮い立たせる間もなく弱々しく膝を折ってしまう。


「おい、爺さん。これ、死ぬんじゃねーか!? まだだぞ? まだ殺すなよ?」


 隻眼の男が慌てて声を掛けると老人の詠唱が止んだ。

 まだこめかみがズキズキと脈打っているが、痛みは幾分か和らいだ。


「……だから、言ったじゃろ。呪い自体は効いておるのだと」


「分かった。悪かったよ。だからその呪いってやつ、俺には使ってくれるなよ」

「……ふん」


 こいつが……元凶か……。

 俺がこのジョセフィーヌの身体の中で目覚めたときからずっと、苦しめられ続けてきた病気は、この老人が……。


「……まあ、これでどっちが本物か分かったな」


 そう言いながら隻眼の男がしゃがんで俺の顔を覗き込む。

 俺は膝を突いたままの体勢で細剣を横に払った。


「おっと!」


 もともと当たるとも思っていない。

 苦し紛れに腕を振り回しただけだ。

 難なくかわされはしたが、男が怯んで距離ができた隙に立ち上がる。


「まぁだやる気か。すげーガッツだな。女にしとくのが惜しいくらいだ」


 そこへ再び老人の低く陰鬱な声が聞こえた。

 グラリと視界が揺れる。


 これは、さっきとは違う……魔法?

 地面が揺れる。き、気持ち悪い……。吐きそうだ。酒!?


 俺は羽目を外して飲み過ぎたときの酩酊感に似た症状に見舞われていた。

 隻眼の男が剣を抜くのが見えたが、俺はそれを見ていることしかできなかった。


 俺の構える細剣に男の剣が添えられ、それが絡みつくようにくるりと回ったと思ったときには、すでに細剣は俺の手を離れ床に転がっていた。

 歪む視界と相まって、その剣の動きはまるで生きた蛇のように見えた。


 前に崩れ落ちる俺の身体を、隻眼の男が肩を当てて支える。

 俺は自分の身体が軽々と担ぎ上げられる浮遊感を感じながら意識を失った。


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