33_砦村の異変
上段から襲い掛かるドルガスの強撃。
それを右腕一本で弾くなり、俺は即座に拳を開き、右手に持った剣を落下させた。
落ちてきた剣の柄を左の手で掴み、無拍子で前に突き出す。
剣先がドルガスの胸当てを捉えた瞬間、そこから青々とした太い植物の茎が伸びて刺突の衝撃を和らげた。
この仕掛けは胸当てではなく俺たちが持った剣の方に施してあった。
稽古で相手を殺傷しないようにするために、ミスティが考えた新しい魔法の技だった。
「いや、参りましたな。ユリウス様にはもう随分と上に行かれてしまったようだ」
老いたりとは言え、今でも村一番の剛剣を誇るドルガスにそう言わせたのだから一応満足はすべきなのだろうが……。
「今のは意表を突いたに過ぎません。正攻法で勝ってこそだと思うのですが」
俺の両手両足には今、魔法によって施された空気の壁がまとわりついているので素早く動かすことができなかった。
そのためこういったトリッキーな戦い方をせざるを得なかったのだ。
俺が普段どおりに剣を振れないという思い込みがあったからドルガスも油断をした。
実力で打ち負かしたわけではないことは俺が一番よく分かっていた。
「ご謙遜を。まともに戦っては相手になる者がおらぬから、そうされておられるのでしょう?」
ドルガスは既に枯れて茶色くなった植物の残骸を手で払いながら言った。
この速成植物の魔法は非常に使い勝手が良い。これがあることで最近の俺たちは存分に真剣での稽古に励むことができた。
だが、俺がハンデとして付与してもらっている風魔法の方はまだまだ改善の余地ありだ。
「なあ、ミスティ。この風の魔法、もうちょっと違う感じにできないかな? どうも、負傷してる感じとも、疲労してる感じとも違うんだよなあ……」
巨大な倒木の根の上に腰掛ける彼女に向かってそう声を掛ける。
その場所はミスティの指定席だった。
「無茶言わないの。元々そんなに器用な子じゃないんだから」
ミスティが右手の平を上に向けて胸の前に掲げると、一陣の風とともにミスティの言うその子が現れた。
轟々と渦巻く風が奇妙な流線を描き、無色透明でありながら、それが小さな人型を象っているのが見て取れる。
長い髪に細い手足、ひらひらとした衣服のような部位があることから、女性であるように見えるが、他の精霊と違って輪郭まではっきり見えるわけではないから本当にそうであるかは分からない。
それに精霊という存在自体に性別という概念はないらしい。
今日こそ詳しく見定めようと、俺は剣を鞘に納めながらミスティに近づいた。
「ほら、フーちゃんにお礼を言って」
フーちゃんというのはミスティが勝手に付けた愛称だ。
風の精霊、フーちゃん。
「いつもありがとう。助かってるよ」
ミスティに促され、俺はフーちゃんに礼を言う。
打撃の吸収という面では刀身にまとわせる植物の魔法に立場を譲りはしたが、風の力を身体にまとわりつかせることによって、負荷をかけた体力作りに活用したり、格下相手との剣術の稽古でのハンデにしたりと、俺はこの風の精霊には随分世話になっている。
実際にどのように力を行使するのかはミスティが操っているのだが、自分はあくまで力を借りているだけだと、ミスティは事あるごとに精霊の方に感謝するように言うのだった。
俺がミスティの掌の上に乗るその精霊の頭を撫でようとして手を伸ばすと、風の精霊は一瞬でその周囲に大きな風の渦を作り、そのままかき消えてしまった。
「ちょっと! 急に危ないことしないでよ。あの子が自分で消えてくれてなかったら、ユリウスの指が飛んでたかもしれないわよ?」
「えっ!? そんな!?」
「だから、器用な子じゃないんだって」
俺は小手を着けた自分の手を見て軽く握ってみる。
……大丈夫、指は落ちていない。
「怒られた!」
「ミスティが怒った!」
俺の頭の上の方で、子供のような声が続けざまに二つ聞こえた。
熱い!
火の粉が首筋に落ちてきて、その熱さに思わず手足をバタつかせる。
そこへバケツ一杯分ほどの水が頭から浴びせられ、俺はびしょ濡れになる。
俺が恨めしく上空を見上げると、そこには見慣れた精霊たちの姿があった。
火の精霊と水の精霊は、風の精霊と違いハッキリと視認できる精霊だ。
どちらも全長は人の頭ぐらいのサイズ。
感覚的には犬猫に近いが、彼らは人の言葉を話した。
ミスティが名付けた愛称は、それぞれヒーくんとミーちゃん。
「どうして私の方をにらむのよ? 私は冷やしてあげたのに」
水の精霊が心外だという感じにむくれて腕組みをした。
「ありがとう。でも、次はもうちょっと、加減してくれるともっと助かるんだけどな」
俺は怒りたい気持ちを我慢しながら、慎ましやかな要望を伝えた。
「でしゃばりなんだよ。お前は」
火の精霊が水の精霊の周りをくるくると回る。
そのことに怒った水の精霊が、なによ、と言いながら火の精霊を追い回し始めた。
「もう! 火の粉が落ちてるから、ジッとしてなさい! この森を火事にしたいの?」
ミスティが首をぐるぐると回しながら、火の精霊を叱りつけるが、一向に聞き分ける様子はない。
精霊に年齢や性別の概念はないとミスティは言うが、この火と水の精霊を見るとどうしても人間の幼い姉弟を思わせる。さしずめミスティは母親だ。
火の精霊はドルガスの目の前を掠めるように飛んだかと思うと、あっと言う前に森の方へと飛び去ってしまった。
その火の精霊がときどき落としていく大きめの火の粉に水を掛けながら、水の精霊がその後を追って飛び去る。
俺とミスティ、ドルガスの三人は揃って二人(?)が飛んでいった方角を眺めた。
「いやはや。精霊の目撃例が増えているとは聞いていましたが……」
ドルガスはヤレヤレといった様子で頭を振った。
「呼んでなくても出てくるんです。特にミスティの周りでは」
「行商の者に聞きましたが、他の街や村ではこんなことはないそうですよ」
「……どうなんだろう。この辺に集まって来てるってことだろうか?」
俺のその問い掛けに、ミスティは溜息をつきながら答える。
「前も言ったけど、精霊は増えるとか集まるとかじゃないの。世界中どこにでもいて、どこにいるのも同じ精霊。だからどこにいても魔法が使えるのよ? 姿が見えて話し掛けてきたりするのは、まぁ……現象みたいなものね」
「いや、現象でも何でもいいけど、何でそれがこの砦村に集中してるのか?って話だよ。昔は全然いなかったのに」
精霊たちが姿を現わし始めたのはここ最近のことだった。
始めの頃はこの村でもちょっとした騒ぎになったが、今では普通に見慣れてしまった。
「昔だっていたわよ。ただ他の人には見えていなかっただけ」
「何故それが最近になって、精霊使い以外の者にも見えるようになったのだろうか?」
「ごめんなさい、ドルガス。それは私にも……。ただ、どの子も最近はすごく調子がいいって機嫌良く話すの。この土地の魔力が高まっているのかしら?」
「皆、ミスティのことが好きだからじゃないのか? それで集まって来るんだよ」
「私を元凶みたいに言わないでくれる? 私は他の人よりもちょっと精霊との相性がいいだけよ。多分……」
「何にせよ、急な変化ですからなあ。悪い影響がなければ良いのですが」
ドルガスは急と言うが、俺の感覚で言わせてもらえば精霊の働きが活発になりだしたのはここ数年かけて徐々に起こった変化だった。
魔法でできることの範囲や威力が増していき、そのおかげで俺の稽古の効率も上がった。
俺にとってはありがたい変化と言える。
「悪いことではないと思うけど。本当にこれが砦村近辺だけで起きてる変化なら、ちょっと気になるわね」
この後、隣の村まで出かけて様子を見てみようか、という話をしたような気がするが、結局その話がどうなったのかはよく思い出せない。
病床でうなされながら見た夢。
その夢で思い出せたのはここまでだった。
そうだ。あのとき確かに世界は精霊の魔力に満ちていた。
精霊使いの素質がない俺ですら感じ取れる程に。
魔力はどんどん高まりつつあったのだ。
だが、王都の中で、あのときのような豊潤な魔力を感じたことはない。
もしかすると、砦村に魔力が集中したせいで、他の場所からはその分だけ魔力が失われているのだろうか。
確か王都では、魔法を学問として体系的に研究していると聞いたことがある。
砦村で何が起きているのか。逆に王都でのこの魔力の少なさが何を意味しているのか。王都でならその問いに答えられる人が見つかるかもしれない……。
そんなことを考えていたはずだが、所詮は枕の上での思い付きだ。
そんなことなどすぐに忘れてしまった。
朦朧とする頭では意味を成す思考をとどめておくことは難しかったし、それにそれからすぐ、そんな悠長なことを考えている場合ではなくなったのだった。




