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32_王のいない王宮 2


 国王夫妻一行が王都を離れた二日後の晩から、俺は酷い倦怠感を覚え始めていた。


 これまでの実績から、再び体調が悪化することは想定していたが、そうなる時期が予想よりも随分と早い。

 最初は前日の鍛錬で剣を振り過ぎたためかとも考えたが、一晩寝ても、またその次の日になっても体調は良くならず、むしろ悪化の一途をたどった。


 すぐに医者が呼ばれたが、年配のその医者は熱や脈を診るだけでろくな治療の術を持たなかった。

 エミリーに無能をなじられた医者は、滋養剤だと言ってジョセフィーヌに薬を与えようとしたが、後からやって来てその現場を見たアンナが激昂。

 さらに、毒見としてその薬を躊躇(ちゅうちょ)なく口にするアンナの姿を見たエミリーが、二人で隠れて食べた生菓子のことを白状して泣き崩れたりと、病床の俺の周囲では大変な騒ぎが繰り広げられていた。


「大丈夫……。すぐ良くなるので大丈夫です。貴女たちが喧嘩をする必要はありません。それにこれは……、食べ物などのせいではない、気がいたします……」

「いえ、姫様。ご病状の悪化があまりに急過ぎます。きっと何か良からぬ毒を盛られたのです」


「違います。きっと違うから、エミリーを責めないで」

「いいえ。責めを負うべきは私でございます。実は手伝いと称して、先日から厨房に入り込んだグリュンターク家の者がいたのです。先ほど問い詰めて分かったことです。こんな初歩的な確認を怠り、本当に、申し訳ございません……」


 エミリーに続いてアンナまでが泣き始める。

 グリュンターク家がどういう(いわ)れの一族であるのかは、頭が回らないのですぐには思い出せないが、会話の流れから言って、毒殺を図ってもおかしくないと思われるような一派なのだろう。

 だが、俺が食べ物が原因とは思えないと言ったのは、何もエミリーをかばうためだけではなかった。


「周囲に魔力が満ちているのを感じるのです……。どんな魔法かは分かりませんが……。確かに、敵対勢力が動いているのかもしれません。用心……、しなければ……」


 熱や頭痛、倦怠感といった症状は何らかの肉体的な疾患から生み出されることに違いはないだろうが、その疾患を意図的に生み出す何かがあるのではないか。

 そうと疑って感覚を研ぎ澄ますと、自分の周囲に魔法的な兆しのようなものが確かに感じられたのだった。

 これはただの病気ではない。

 誰かが、ジョセフィーヌの生命を(おびや)かそうとしている!


「魔法……?」

「そうですわね。お守りを用意いたします。お姉さまはもうお休みになってください」


 泣いていたはずのエミリーが、気丈な声で俺のことを奮い立たせるように言った。

 ベッドの横に座り、俺の手を強く握り締める。


 お守り……、そんな対抗策があるのか。

 俺は魔法に詳しくないので知らなかったが、流石は王侯貴族だ。


 だが、俺が用心せねばと言いたかったのはそういうことではなく、この王宮の物理的な守りのことだった。

 敵が、ジョセフィーヌの命を奪おうとする明確な意思を持って動いているとすれば、こういった間接的な方法に限らず、直接手を下す選択をすることも十分にあり得るように思えたのだ。

 特に今は、王が不在でこの王宮の守りが極端に薄い。

 現に厨房に潜り込んだ者がいるというのだから、それがジョセフィーヌの寝室に及んだとしてもおかしくはない。

 エミリーと二人で歩き回った王宮のガランとした記憶が俺を不安にさせた。


 そのことを伝えねばと思ったのだが、額に当てられたエミリーのヒンヤリとした柔らかな手が心地良く、俺はすぐに微睡(まどろみ)に落ちていった。

 完全に落ちきる寸前、夢と(うつつ)の境のような場所で、俺はエミリーとアンナの会話を聞いた気がした。



「エミリー様。お守り、というのは?」

「そんなものはありませんよ。でも、それらしく見えるものをご用意してさしあげましょう?」


「やはり、あれは私たちが気に病まないようにと……」

「うわ言の類いではありませんか? きっと混乱なされているのです」


「ああ、そう言えば、姫様のお書きになった本にも確か精霊魔法使いの少女が───」


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