23_夕陽の丘の記憶
夕陽が真っ赤に輝く頃、俺は一人で喘いでいた。
その日一日全力であちこちを駆け回り、素振りをしまくり、とことんまで自分の身体を追い詰めて体力を根こそぎ無くした状態にし、予め約束していた時間にパトリックと対峙したのだ。
対するパトリックは頭を掻き、明らかに気乗りしない素振りだった。
それでも友である俺からの頼み事とあって、一応は木剣を構えている。
「いくぞっ!」
俺は掛け声とともにパトリックに駆け寄り、渾身の力で打ちかかる。
ブンと大味に振られた木剣でその初撃を弾かれた俺は体勢を崩して尻もちをついた。
そこにパトリックが悠々と追い打ちを掛ける。
なんとか身体を捻りそれをかわすと、木剣を横に薙いでパトリックの横腹を狙った。
パトリックはそれにも難なく合わせて弾いて防ぐ。
俺にはなお向かっていくだけの気概が十分に残されていたが、パトリックに弾かれた木剣は俺の手を離れ、深い草むらの中に消えていた。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をする俺の首筋にパトリックが木剣を当てがう。
「なぁ、これ稽古になるか?」
呆れたように言い捨てるパトリック。
「すまん……」
俺はそれだけ言って、ごろんと地面の上に横になり、ぜえぜえと息が整うのを待つ。
どれだけの数の敵兵を相手にしても戦えるように、最小の力で戦う術を覚えることが今の俺の課題だった。
それに加えて、力を使い果たした後でも、それでもなお立ち向かっていけるようにと、自分なりに考えた訓練だったのだが、付き合わされるパトリックにとってはいい迷惑だったろう。
「俺は最後に万全のお前と戦いたかったなあ……」
夕陽を見ながらパトリックが寂しそうに言った。
俺も寝ころんだまま顔を横に向けて夕陽を眺める。
綺麗だ。
この情景を分かち合った思い出として、何か気の利いたことを言いたかったが、頭の方も疲れ過ぎていて、ただ綺麗だと思うことしかできなかった。
「明日……。発つ前に、もう一度……やろう……」
合間合間に肺の中へ空気を送り込みながらそう言った。
「出発は結構早いぜ。そんな時間あるかなあ」
「家の前でも、どこでも、できるだろ?」
「……じゃあ、ミスティも呼ぶか」
「……なんで?」
「お前、プロポーズしなかったんだろ? 彼女泣いてたって聞いたぞ?」
そうだ。
そう言えば、そうだった。
本当はあの日……、トーナメントで優勝したあの日に、ミスティに結婚を申し込むはずだった。
砦村の習わしの中で、トーナメントで大人の男の証を立てた者が、意中の女性に結婚を申し込むというものがある。
当然、全ての男がそうするわけではないが、俺とミスティの関係や年齢、それに俺の実力から言って、村中の誰もが今回の優勝をもって、俺が彼女に正式なプロポーズをするものだろうと思っていた。
俺の身長も、あの丘の木の下で約束したとおり、ミスティの身長を超えていた。
彼女も俺からの告白を待っていたはずだ。
だが、あのトーナメントの日の晩、父上から授かった言葉を受けて自分の未熟を知った俺は、彼女に相応しい実力がつくまで待って欲しいと告げたのだった。
「ミスティの前でもう一度俺に勝って、そんでプロポーズしろよ」
「馬鹿。わざと負けてやる勝負なんてするな」
「負けねーよ。当然、俺が勝ったらミスティを奪ってそのまま王都に連れて行く」
「馬鹿! ふざけんな。絶対させねえ!」
パトリックがガハハと大人のように笑った。
「やっぱり好きなんじゃねーか」
「当然だろ。結婚はいずれ必ずするから、お前は安心して王都に行けよ」
パトリックを含むパドメア家は十五名ほどで王都の近くに移り住むことになっていた。
会えない距離ではないが、もうこれまでのように共に剣の腕を磨いて切磋琢磨することはできなくなる。
また、砦村を去るのはパドメア家だけではなかった。
ここ数年、往時に比べこのアークレギスは地勢的な価値が薄れたことで、敵国からの脅威にさらされることがめっきり減っていた。
父上の働きにより、砦の難攻不落ぶりが示されたから、というのも理由の一部にはあるだろうが、大部分の理由は他国から見た王都への進軍ルートが別に開けたからという点にあった。
そこで主戦場への動員を厚くするため、パドメア家のように家ぐるみで、国から言われた移住の勧めに応じるケースが増えていたのだった。
険しいシュトルム連峰の山間に位置するこの砦村とその近辺の痩せた土地は、外敵から国土を守る要害であることを除けばほとんど何の価値もない。
アークレギスは明らかに衰退の一途にあった。
「ユリウスも来いよ。ミスティと一緒にさ。武勲を立てるなら王都だぞ? 親父もそう言ってる。王都ならどこが戦場になってもすぐに向かえるからな」
「俺には父上のアークレギスがある。勝手はできないさ」
「しばらくの間だよ。子供ができるまでってのはどうだ? こんな辺境に引きこもるのは、その後でいいだろ」
父上は俺に実戦経験がないことが問題だといつも嘆いていた。その経験を積むための武者修行ということなら、一時的にここを離れることを許すかもしれない。
「駄目だ。もしも、俺がここを離れている間に敵の侵攻があれば、俺は悔やんでも悔やみきれない。それに、この砦村じゃない場所で戦うことはやっぱり気が乗らない」
「ああ、前にも言ってたな」
「俺の忠義は父上とアークレギスにある。顔も知らない王とやらのために知らない土地で命を懸けられるかと言われると、どうもな……」
「この砦を死守すること自体が王命なのにか?」
「そうだ。この地を守ることが俺の大義だ。誰に命じられたからというのではない。自分がそう決めたからこその大義なんだ」
「お前は頭はいいのに、そういう融通は全然利かないよな」
「パトリックはパトリックの大義を見つけろよ? 王都でしか見つからない大義もあるさ」
*
次の日の朝、パトリックと最後の手合わせをする時間があったのか。
あったとして、その結果がどうだったかについては、どれだけ思いを巡らせても記憶が蘇ってこない。
それがパトリックと話をした最後の記憶だった。




