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19_砦村の記憶


 あれは……、俺が十四の夏に行われたトーナメントの決勝だった。

 訓練用の木剣や、ミタマ草を用いた試合ではなく、本物の剣で打ち合う最も実戦に近い砦村の催し。

 鎧や兜、篭手といった防具も、いざ戦争となったときにはそれを身に着けて戦場に赴くことになる正式な戦装束(いくさしょうぞく)だ。

 当然、相手に怪我をさせたり、場合によっては死に至らしめる危険を伴った戦いなので、参加する全員が極限まで研ぎ澄まされた緊張感で臨んでいた。


 今回は参加条件が未婚の男に限られる新人戦のようなものなので、二十人にも満たないトーナメントではあったが、それでも年齢、体格とも、自分より勝る他の男たちを退けた後だったので、俺は少々得意になっていた。

 領主の息子としてではなく、一端(いっぱし)の剣の使い手として認められることを誇りに思った。


 決勝の相手は開幕前に予想したとおりパトリックだった。

 子供の頃は同じくらいの背丈だったのに、同じ年に生まれ、同じ村で育ったはずの俺と一体何が違ったのか。今では背丈も胴回りも俺より一回り以上大きい。

 いつの間にか(あご)にも父親とそっくりの(こぶ)のような(ふく)らみが付き、もみあげもその特徴的な顎に達しそうなほど豊かに生え揃っている。

 見た目だけなら、俺と十ぐらい歳の差があると言っても通じるだろう。


 だが、戦いとなれば負けはしない。

 剣士としてどちらが上か、今日こそはっきりさせてやる。


「ユリウス! 今日は本気で頭かち割るつもりでいくからな。油断なんてするなよ?」


 パトリックが大剣を水平に上げてこちらを指した。

 俺なら両手で扱うのがやっとの大剣だが、パトリックはそれを片手で難なく持ち上げてみせる。


「分かった! 全部受け止めてやる。お前こそ、後で言い訳しなくて済むように全力で来い」


 対する俺は片手でも振れる細めの剣に、頑丈さを重視したやや小振りの盾を構える。

 砦村に住むほぼ全ての住人が見守る中、父上がミスティに手で合図を送った。

 ミスティが目を閉じ精霊に語りかけると、すぐに俺の周囲に風の加護が宿るのが感じられた。

 ミスティは村一番の魔法の使い手なので、その加護も厚い。

 万が一の備えで、かつ、ないよりはマシという程度のものだが、ミスティの風魔法であれば、その障壁を突き抜けて、致命傷となる危険は随分と下げられるはずだった。


「始めよ!」


 父上の号令で俺たちは中央に進み出た。

 互いのこの得物で戦うと、リーチの問題で初合(しょごう)は大抵パトリックからとなる。

 まず真横から水平に()ぐような一撃。

 それに盾を合わせると、グワンという大きな音が広場に響いた。


 パトリックの方はまだ十分に余力を残した振りだというのに、下手をすると身体ごと飛ばされてしまいそうな重さの一撃だ。

 できるなら、相手の振り終わりに合わせて間合いを詰めたいところだが、こちらが踏ん張って重心を下に入れ直している間に、反対方向から次の一撃が来る。

 大剣が盾で跳ね返る反動を利用して、身体をくるりと回転させて剣を振ってきたのだ。


 何度も稽古で付き合わされたコンビネーションなので俺の方に驚きはない。

 再びそれを盾で受け止める。

 だが、流石にパトリックの本気の力と鉄の剣の重さが合わさると、受け止めるだけで精一杯だ。

 前に踏み出そうとしたときには、既にパトリックも次の構えに入っているのを見て、流石に分の悪さを悟った。


 攻略には普段にはない工夫が必要だ。一旦引いて間合いを開ける。

 攻め難しと見たのはパトリックも同じだったようで、次の攻撃は下から上への斬り上げだった。俺の盾を払おうという魂胆だ。

 そうはさせじと俺は盾を手元に引き寄せて身体を(ひね)り、その振りをかわす。

 今なら相手に届く、と右手の剣を振るが、その時にはパトリックもさっと後ろに跳び退いていた。


 反応して避けたというより、予めこちらの動きを見越していたのだろう。

 全く、慣れた者同士でやり難い。

 俺はその場の思い付きで、盾を構えながらパトリックの周りを旋回するように動いた。

 それだけのことで主導権がこちらに来たことを実感する。


 フェイントで前に踏み込む構えを見せると、パトリックはその軌道上に剣を置くように剣を突き出してきた。

 パトリックにとってはリスクのない動きのつもりだったのだろうが、大剣の動きが止まったのは助かった。

 俺は機を逃さず、斜めに切り込むようにして剣先をかわすと一気に間合いを詰める。


 パトリックは俺から逃れるように後ろに下がりつつ、苦し紛れに上から剣を振り下ろしてきた。

 あの大剣をよくもこの一瞬で引き戻したものだ。

 俺には予想外の動きであったが、身体が勝手に反応する。

 俺が盾を頭上に掲げ、面ではなく盾の(へり)でパトリックの大剣の根本のあたりを受け止めると、思わぬ位置で振り下ろす勢いが()き止められた大剣は、パトリックの手からすっぽ抜け、あらぬところへ飛んでいった。

 俺はそのまま盾をパトリックの顎に押し当て、右手に持った剣をパトリックの腹に突き付けて止めた。

 勝負ありだった。


  *


 その日の宴会が終わる頃まで、俺は村中の男たちから(ねぎら)いと称賛の言葉を浴び続けた。

 俺が一目置くような使い手の年長者からも認められたので、俺は益々調子に乗っていた。

 家に帰り、居間で父上とドルガスが酒を酌み交わしているのを見たときも、それが続くものと思っていた。


「父上。ドルガス。お二人からはまだ戦評をいただいておりませんでした」


 当然褒められると思ってそう切り出したのだが、酔いで赤らんでいた父上の表情は、俺のその一言でみるみるうちに険しいものとなった。


「そのような浮付いた気持ちでいたとは、我が息子ながら情けない……」

「ヴィクトル……。今日ぐらいは褒めてやろうではないか」


「褒めれば増長し、その先が覚束(おぼつか)なくなろう。ただの模擬戦の結果に一喜一憂しているようでは、まるで駄目だな」


 ドルガスは父上よりも年長で、二人は古くからの仲だ。

 そんな旧知の親友にたしなめられても父上の態度は変わらなかった。


「試合は所詮、(ため)()い。実戦ではこちらが休むのを待って向かって来る敵などおらん」

「ヴィクトル。我らの時代とは違うのだ。嫌でも次から次に実戦での殺し合いを強いられた我らとはな……」


 ドルガスが言うのは、アークレギスが敵国からの飽くなき侵攻に(さいな)まれ、しかし、その度に返り討ちにしてきた時代のことだ。


 父上は今の自分と同じ歳の頃には既に戦場で多くの戦功を上げていた。

 父上が十六のときには、俺の祖父にあたる先代の領主が戦死し、そのまま父上が軍の指揮を引継いで砦を守り切ったという逸話もあった。

 以来、父上がこの不落砦の守護者であり、本物の戦場を知る歴戦の勇士である父上のことを俺は尊敬していた。


 普段は多くを語らぬ人なのだが、今日は酔いが回っているのか、珍しく饒舌(じょうぜつ)の気配がある。


「……お聞かせください」


 俺は居住まいを正して父上に相対する。


「今日の試合は、相手もこちらも万全の、緒戦(しょせん)の一合目を想定したものだ」

「心得ております」


「どうかな? 後にも無数の敵が待ち受けていると分かっていて今日と同じ戦い方をしたか?」

「…………」


 俺はまだ実際にこの目にしたことがない大量の、無数の敵勢というものを想像し、しばし沈黙する。


「前にも言ったが、お前は常に相手の全力を上回ってやろうという戦いをする。悪い癖だ」

「ワシは好ましく思っとるがね。実に若者らしい戦い方じゃないか」


「ドルガス……。お前がそう言って甘やかすからだ。……よいか、ユリウス。砦村の男に必要なのは観客を魅了する演目試合ではない。常に最小の力で相手を打ち倒すことを考えるのだ。一人の敵を倒すのに疲弊しきってしまえば次の相手に差し支える。戦場ではその疲労や手傷が際限なく蓄積していくと知れ」

「はい……」


「盾を持つのはいい。だが、今日の最後の試合に関して言えば、あの大剣を受けるのは愚策だったな」

「しかし、相手に応じた武器の持ち替えは許されておりませんでした」


「盾を持てば受けねばならんという道理はないだろう。盾を持つ相手に、敵は小剣であれば()(くぐ)ろうとするし、大剣であれば打ち落とそうとする。動かすべきは相手であって、自分が自分の得物に縛られて何とする」

「はい……」


「お前は考える力はある。漫然とするな。あの試合の後半でできていたことを最初からやるのだ。真剣勝負に、必ず二合目があると思わぬことだ」


 それが剣術に関して、父上と話した最後の記憶だった。

 それから後、父上から直接の指導を受けたことはなかった……はずだ。


 あれは十四の夏のこと。

 俺にはこれよりも後の記憶が確かにあるはずだ。

 おぼろげだがそれは分かる。

 だが今は何度試みても、それより後の具体的な出来事を思い出すことができないのだった。


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