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13_離れにて 1


 そこには全く意外な光景が広がっていた。

 一言で言えば……、子供部屋? のような印象。

 全体的にふわふわで、ふかふかな物に(あふ)れた空間だった。


 細やかな縫い目で織られた綺麗なベールによって飾られた天蓋(てんがい)付きの大きなベッド。滑らかな手触りを予感させる上等な布が張られたソファー。そして部屋中に飾られた、ネコやイヌ、ウサギといった動物を模した沢山の縫いぐるみたち。

 今年で十六になるという女性の部屋としては(いささ)か幼さが際立つ部屋だ。


「どうですか? お姉さま? 何か思い出されました?」


 思い出すも何も、この世にこんな空間があることなど想像だにしていなかった。

 すぅ、と思わず息を吸い込む。

 一階にいたときからも漂っていたが、この部屋からは特に甘い香りがする。

 何となしに、どこか懐かしさを覚える匂いだった。


 一度も来たことがない部屋のはずなのに。

 もしかしたら、この身体が匂いを憶えているのだろうか。


「あの……、この部屋は、私が好んで(しつら)えてもらったもの……なのかしら?」

「そうでございます」


 エミリーがネコの人形の一つを抱きながら満面の笑みを見せる。


「そ、そう……」


 ジョセフィーヌとして振舞うということは、俺もこういった趣向を好む女子になりきる必要があるということだろうか。

 いくら記憶がないとは言え、以前と趣味や嗜好が全く異なっているようでは不審を抱かれかねないだろうし……。


 俺はソファーの上から縫いぐるみの一つを拾い、目の前に抱き上げてみた。

 持ってみると意外と重量がある。腹の中に何か入ってるのか?


「あっ、クマダリオン。やはりお姉さま、クマダリオンが気になったのですね」

「クマダリオン?」


「はい。今お持ちのその熊のお人形です。そう名付けてお呼びでした」

「え、ええそう? 無意識に思い出していたのかしら? あ、あはは……」


 偶然手に取っただけの縫いぐるみを、さも意味のあったことのように思わせて喋る。

 我ながら()すっからい、砦村の男児らしからぬ行動に恥じ入るが、今は致し方ない。

 自分や姫の命が懸っているのだ。父上も事情を知ればきっと目をつぶってくださるだろう。


「そうだわ! お好きな物に触れていれば、きっともっと思い出すはずです。お召替(めしが)えをいたしましょう!」


 こちらの返事も聞かずにエミリーはいそいそとクローゼットを開いて物色を始めた。


「いやだわ。アンナったら、ここは随分お掃除を手抜きしているのではなくて?」


 そういえば、ここはアンナ一人で手入れをしているという話だった。


 本当だろうか。

 こんな大きな離れの手入れを一人で。ジョセフィーヌの身の回りの世話もしながらこなすとは……。

 それは多少クローゼットの中が埃っぽくても、責めるのは酷というものではないか。


 しばらくその中で格闘し、エミリーが取り出してきたのは、ヒラヒラした装飾が沢山付いた、薄いピンク色の、それはそれは可愛らしい衣装だった。

 目を見張るほど繊細な縫製で、余程の職人が縫い上げたものに違いない。

 だが、それはそれとして、だ。


 女性の衣服に関する知識が乏しい、否、そもそも関心のない俺ではあったが、流石にジョセフィーヌが着る衣装としては幼い、少女趣味が過ぎる衣装であることは容易に想像がついた。

 砦村の女子供で、こういった奇抜な衣服を身に着けている者は見たことがない。

 ただやはり、何と言ってもここは王都だ。ここではこういった服が流行っているのかもしれない。

 だとしたら殊更驚いて見せては不自然だろうと、努めて表情に出さないようにする。


「さあ、こちらへ。お姉さま」


 エミリーはそう言ってドレスをベッドの上に敷いて広げ、俺をその側へと誘った。


「……この服は、以前の私のお気に入り、だったのかしら?」

「そうでございます」


 何故だろうか。このときのエミリーの言葉を俺は素直に信じられなかった。

 だが、理由もないのに、いきなり嘘だと糾弾することもできない。

 本当にこの服を着るのかと、ベッドの上のドレスを身ながら思案していると、いつの間にか背中に回ったエミリーがドレスのホックを外しに掛かる。


「ちょっと……、な、何を?」

「何をって? まずは今のお召し物をお脱ぎになりませんと、お着替えはできませんのよ? そんなこともお忘れでして?」


 エミリーはからかうようにそう言いながらも、全く遅滞なくテキパキとジョセフィーヌの身体から衣服を()いでいった。


「で、でも、ちょっと、待って、心の準備が」


 まさか力づくで押さえ付つけて制止するわけにもいかない。

 俺は抗議しつつも、エミリーの為すがままにされていた。

 それに、もし本気で抵抗したとしても、今のジョセフィーヌの力では、このか弱い女性にすら敵わないように思える。


「お姉さま……」


 急に動きを止めたエミリーは、下着姿になった俺の身体をまじまじと見つめた。

 俺は思わず自分の身体を両手で抱きすくめ、なるべくエミリーの視線を避けるように身体を横に向けた。


「ど、どうしたの? ……何か、変?」


 恐る恐るエミリーに尋ねる。


「……とんでもございません。ただ……、わたくし、見惚(みほ)れておりましたの……」


 エミリーの声音が普段とは違う、濡れた雰囲気をまとっていることに俺は気付いた。

 だが、俺はそのことに必死で気付かない振りをする。


「み、見惚れるのは、おかしいのでは? 女性同士なのに」

「いいえ。美しいものを前に、男性も女性もありません。実はわたくし、お姉さまが長い間ご病気でしたから、もっとお()せになっているのではと心配しておりましたの」


「そ、そうなの?」


 様子のおかしいエミリーのことはさておき、俺は自分の二の腕や太腿(ふともも)、腹の肉などに目をやって確認した。

 白過ぎる肌に、軽々(けいけい)(おか)してはならない神々(こうごう)しさを感じ、すぐに目を逸らす。


 エミリーは思ったよりも痩せていないと言ったが、俺に言わせれば痩せ過ぎで心配になる細さだった。

 着替えはいつもアンナにやってもらい、なるべく自分の身体を見ないように心掛けていたので、実際の肉付きの変化は分からない。

 しかし、ここ数か月はできる限り多くの食事を摂るように心がけていたので、一時に比べればこれでも大分回復しているのだろうと思う。


「嗚呼、本当にお美しい。例えいっときでも、お姉さまの完璧な美を疑ったわたくしをお許しください」


 エミリーは様々に角度を変えて、ジョセフィーヌの肢体に見入っていた。


「あの……、早く、着させていただけますか?」


 俺はジョセフィーヌの肌がエミリーと、俺自身の目に晒されることが居た堪れなくなり、そう願い出た。

 その言葉で我に返ったエミリーは、喜び勇んで残りの着替えに取り掛かる。


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