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11_エミリーがやって来た 3


 別の日、エミリーはジョセフィーヌを敷地内の()()へと誘った。


 聞けば、以前のジョセフィーヌは大半の時間をその部屋で過ごしており、エミリーとそこで様々な遊戯に興じていたらしい。

 病の床に()せる前のジョセフィーヌの生活がどのようなものであったかには興味がそそられたが、実は以前にもその話をしていたところ、側で聞いていたアンナに強く引き止められたという経緯(いきさつ)があった。

 王宮の中とはいえ、敷地は広く、離れまでは遠い。ジョセフィーヌの体力ではまだその距離に耐えられないと言われていたのだ。


「大丈夫ですよ。お姉さまも随分お元気になられましたもの。それにずっとこの部屋で閉じ籠っていては息が詰まってしまいますわ」


 丁度アンナが用事を言い付けられ、いなくなったタイミングを見計らい、エミリーがそうそそのかす。

 俺も流石に限られた空間の景色を見飽きていたし、体力を付ける意味でも、もっと沢山歩きたいと思っていたこともあって、その誘いに乗ることにした。


「お姉さま。お手をどうぞ」

「いえ、大丈夫。自分で歩けます」


「駄目です。もし転んでお怪我でもなされたらわたくしがアンナに叱られてしまいます」

「そ、そう? では、お願いするわ」


 そんな流れでエミリーと手を繋ぎ、離れまでの長い道のりを歩くことになった。

 彼女の好意を無碍(むげ)にはできないと考えて手を繋ぐことを了承したのだが、正直に言って気恥ずかしい。

 相手は十四の少女だ。

 大の大人の男がまるで子供のような扱いで手を引かれて歩く姿など……、よもやこんな姿をミスティや砦村の仲間たちに見咎(みとが)められられようものなら、俺の自尊心は大いに傷付くに違いない。

 王宮の屋敷内を行き来する見知らぬ男女───使用人や警備の兵士たちに見られるだけでも、顔が熱くなった。


「ほら、お足元が危ないですから。どうか、わたくしの身体を支えになさってください」


 階段に差し掛かると、エミリーは俺の背中から腕を回し、まるでダンスのリードをするように身体を密着させてきた。


「大丈夫です。あの……、手すりがありますから、あれにつかまれば」


 俺はなんとか断ってエミリーの身体から離れようとするのだが、自分から女性の身体に触れることに遠慮があるのと、意外に力強いエミリーの力によってそれが遮られる。

 いや、歳若い令嬢の膂力(りょりょく)などたかが知れる。振り払えないのは、単にそれだけジョセフィーヌの力が弱まっているということでもあるだろう。


 後ろから押されるようにして階段に足を掛け、二、三段ほども下りると、不安定な体勢と眼前に広がる階段の傾斜によって足がすくみ、エミリーの支えなしでは上ることも下りることもままならなくなった。

 万が一ここから転がり落ちるようなことにでもなれば、ジョセフィーヌの顔や身体を傷付けてしまうことになるかもしれない。

 そんな恐怖に駆られて俺は、背中から自分を支える小さな身体を必死で頼った。


 とにかく無事この階段を下りきることが最優先で、それ以外のことに構う余裕がない。

 エミリーの手をぎゅっと握る(てのひら)が汗ばむ。

 長年鍛練に励み鍛えた肉体を頼みとしてきた俺にとっては、まったくもって屈辱的な有り様なのだが、そんなことよりも、何もかもが今、この少女の手に()っているのだという事実によって、無力な幼子のような心細い思いにさせられた。

 自分の心が、今のこの、か弱い身体なりの、ジョセフィーヌという少女の心持ちに成り代わったかのようだ。


 最後の一段を下りて平坦な地に足を付けたときには、太腿(ふともも)がぷるぷると震え、全身が固く強張っていた。

 顔を上げると、眼の前には大柄な男が両手を前に差し出すような、おかしなポーズで待ち構えていた。

 どうやら階段の下で、万が一に備えていたらしい。


 ようやく周囲を見回す余裕ができて気が付く。

 いつしか階段の周囲には、幾人かの屋敷の者たちが集まり、ジョセフィーヌが階段を下りる様子を遠巻きに見守っていたということに。

 階段の上から、誰かが手を叩いた。

 それを合図に周囲の者たちが盛んに声を掛けてくる。


「おめでとうございます、姫様」

「ご回復おめでとうございます」

「いやあ、冷や冷やさせられましたよ」

「お身体は大丈夫でございますか?」


 ただ階段を下りただけのことに対し、大袈裟なのも(はなは)だしい。

 自分の無様の一部始終を見られたという恥ずかしさと、ジョセフィーヌを取り巻く皆の温かな思いに触れたこと、そしてのその眼差しが自分に向けられていることへの落ち着かなさによって、俺はどう反応していいものか分からずに黙って顔を伏せた。


 顔が熱い。

 掌の汗が気になる。

 こうやって多数の視線にさらされ、何の疑いもない温かな声に囲まれると、ジワジワと込み上げてくるのだ。

 自分が今、か弱き女性の身であるという実感が。

 それに、皆から慕われる王女として過ごさねばならないという、覚悟も想像もしていなかった自分の役どころに対する不安が。


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