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118_不意打ち


「大丈夫か?」


 王宮の離れでの就寝前、俺はエミリーに気付かれないよう、彼女が側にいないときを見計らって、そっとジョゼに話し掛けた。


『……ん。何? 私?』

「そうだよ。大丈夫か? ショックだったんじゃないか?」


『……まあね』


 アンナとはジョゼが九歳の頃からの付き合いだと聞いた。

 侍女とは言え、長年一緒に過ごした家族のような者が攫われたとあっては、さぞ気落ちしていることだろう。そう案じて声を掛けたのだ。


 確かな証拠もないのに今すぐグリュンターク家に乗り込もうと息巻いていたジョゼが、アンナの誘拐を知ってからは、妙に言葉少なであることも気掛かりだった。

 皆が持つ情報を確認し終えた頃にはすっかり陽も暮れていたので、ひとまず一晩じっくり考えようと決めた際には、さぞかし頭の中で暴れるだろうと覚悟をしていたのだが。


「セドリックが言ってたことを気にしてるのか? 大丈夫だ。きっと無事だ。セドリックはあの手紙のことを知らないから」


 プリシラの店で発見された手紙は外身だけだった。

 つまり、中の手紙はアンナを攫った賊に持ち去られたということだろう。


 普通の人間があれを読んだとしても、ほとんど意味が分からないはず。仮に分かったとしても信じることはないだろう。

 しかし、俺たちが相手にしているのは今どき精霊魔法について記された書物を執拗に狙うような奴らだった。

 手紙の中にあるアークレギスという名から、百年前に起きた事件との関連に気が付いたとしても決しておかしくはない。


 俺たちは、あの老人、ダノンのことをベスニヨール家の分家筋の人間だと考えている。

 百年前の、アークレギスを襲った奴らの、その末裔だと……。

 ある意味でミスティの言っていたとおりになったのかもしれない。

 精霊の力を独占しようとする奴らが、百年越しで俺を追って来たようなものだ。


 おそらく、奴らもこの世界に再び満ち始めている魔力の存在に気付いている。

 だからこそ、過去の遺物のような書物を求めているのだ。

 そんな奴らがあの手紙を読んで興味を持たないわけがない。


 だから逆に安心できる。

 アンナは謎を解く手掛かりとして無事に生かされている。

 その理屈はジョゼも分かっているはずだった。


 彼女を元気付けるために。それと、焦って無理に行動することはないと言い含めるために念を押したのだが、当のジョゼの反応は鈍かった。

 やはり、相当精神的に堪えているのか。あるいは……。


 今晩エミリーとプリシラを引き留めて、離れの部屋に泊まらせたのは、俺が危惧するもう一つの可能性に備えてのことだった。

 俺はジョゼに気付かれないように筆記具をたぐり寄せると、そのまま手元を見ずにプリシラ宛ての指示を書き殴った。

 そしてこれまたジョゼに勘付かれないに注意しながら、ソファーで横になっているプリシラにそれを手渡す。

 そのメモには、俺が寝ている間にジョゼが無茶なことをしでかさないか、しっかり見張っておいてくれと書いてあった。


 それから、部屋に戻ってくるなり俺が寝ているベッドに飛び込むようにして潜り込んできたエミリーに向かってこう囁いた。


「今日は手を繋いで寝ましょう、エミリー」

「お姉さま……?」


「あの夜のことを思い出すといけないでしょう? 私も怖いから、絶対に離さないでね」

「……はい、必ず!」


 エミリーは手を繋ぐだけでは飽き足らず、全身で覆い被さるようにしてしがみついてきた。

 仕方がないと自分に言い聞かせるものの途轍もない罪悪感だ。


「い、いや、そこまでは、しなくていいから」

「いいえ、お姉さま。わたくしが怖いのです。お姉さまのせいですっかり思い出してしまいましたわ。責任を取ってくださいまし」


 そう言うエミリーの声は全く怖がっているふうには聞こえなかった。

 広いベッドなのに、こうしていては寝返りすら打てそうにない。


 だが、ここまですれば大丈夫だろう。

 俺は久しぶりにジョゼのお小言が聞こえない静かなベッドの中で、身体全体にエミリーの体温を感じながら深い眠りに就いた。

 ─────────。

 ──────。

 ───。


  *


『あ、起きた?』


 両腕と両手首が痛い。

 おそらく、その痛みのせいで目覚めたのだろう。


 柔らかいベッドで横になっていたはずが、硬い椅子に座った状態で目を覚ました。

 身に着けている衣服も眠りに就いたときに着ていた寝巻ではないようだ。

 自分の膝の上しか見えないが、俺はしっかりとした外行きのドレスを着て椅子に()()()()()()()

 視界に見える部屋の一室は、明らかにあの離れの部屋のフワフワした内装とは異なっていた。


『ごめーん。捕まっちゃったぁ』


 半笑いで、おどけたように話すジョゼ。

 怒りや憤りを通り越して、俺は呆れるほかなかった。


 目覚めると俺は、見知らぬ場所で身体を椅子に縛り付けられ、捕らわれの身となっていたのである。


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