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100_パトリックの恋路


「一緒にお乗りになれば良かったのに……。好意をお寄せなのでしょう?」


 彼らが追い付いて来るまでに話し終えなければと思い、ボートがある程度離れると俺はすぐに話を切り出した。

 始めパトリックは何を言われたのか分からず、口をポカンと開けていたが、やがて自分の秘めた恋心を言い当てられたのだと気付くと、顔を真っ赤にしてしどろもどろとなった。


「いや、その……、えっと……。……分かりますか?」

「はい」


「それじゃあ、あの、プリシラさんにも……」

「いいえ。それはきっと、まだ、のようにお見受けしますけど」


「はぁ……、良かった……」

「良くは……!」


 俺は旧友が見せる意気地のなさに憤慨し、思わず声を荒げてしまいそうになった。

 あれだけ俺にミスティに求婚しろとせっついておきながら、自分の方はこの体たらくとは。


「……全然良くありません。彼女の前であんな態度をしていては、お二人の関係が台無しになってしまいますよ?」


 セドリックとのやり取りを見る限り、一度印象を悪くした相手に対する評価をプリシラに改めさせることは相当な難事であろう。

 親友としては、今が世話の焼きどころだった。


「後で組み合わせを変えてもう一度ボートに乗りましょう。そのとき、ちゃんとプリシラさんに謝って、想いを伝えてくださいね」

「は、はぁ……。すみません。ですが、まだ心の準備が……」


「好機を逃してはなりません。稽古でもそう習いませんでしたか?」

「好機……ですか……」


 パトリックには、今の言葉はあまり響かなかったようだ。

 俺と一緒にドルガスからしょっちゅう叱られていたはずだが、思い出せなかったのだろうか。

 あの頃、俺とパトリックは良い稽古相手で好敵手だったが、お前が王都でセドリックの下に甘んじている間に、俺は随分先へ進んだぞ?


「パトリック様はすでに家督を継いでらっしゃるのですよね?」


 少し話題を変えてみる。

 セドリックらと一緒に、初めてジョセフィーヌの警護に就く挨拶をしていたときから、気に掛かっていたことだった。

 三人のうち、パトリックだけは自分の名前の間に所領地名を挟んで名乗っていた。

 封土を持った貴族の家長である証だ。


「はい。去年のことです。親父が急に病で倒れまして」

「去年、ですか……。すみません。お辛い話題に触れてしまいました」


「構いません。心の整理は付いておりますので」


 死ぬなら戦場でと息巻いていた元気な姿しか思い出せないが、あの頑健そうであった父君が病で……。

 だが、あの時パトリックが名乗ったリューンブリクという名は聞きなれない地名だった。

 おそらく王都に移り住んでから、戦場で大きな戦功を上げる機会があり、それで新たな領地を得たのだろう。

 そのことに触れて慰め、称えてやりたかったが、ジョセフィーヌの口から言えばおかしなことになるだろうと思って自重する。


「パトリック様には他にご婚約のお話が? それとも、相手の家柄との吊り合いにご懸念があるのでしょうか?」


 かつては貴族の家柄だったとは言え、今のプリシラは平民である。

 結婚に対する考え方は、砦村のような地方と貴族文化の華やかな王都とでは相当違うようだし、パトリックはその気でも、周囲がその結婚を許さないというのであれば、求愛に消極的になってしまうのは分からなくもない。


「い、いえ。そんなことは全然。俺はセドリックやローランと違って、貴族と言っても大した血筋ではありませんし、俺が結婚したいと言えば反対する者はいないかと」

「ならば、迷うことはないではありませんか。プリシラさんも妙齢です。ご交友関係は存じ上げませんが、うかうかしていると他の男性に取られてしまいますよ?」


 パトリックがアークレギスを発つ前日に、俺に向かって言った言葉の意趣返しだった。

 当然、パトリックにしてみれば、目の前にいる王女の中身が、数年前に別れたきりの親友だとは思いもしないことだろうが。


「先ほどのことで、嫌われてはいないでしょうか?」

「それはどうか分かりませんが、プリシラさんの方は、自分が貴方に毛嫌いされていると感じているかもしれませんね」


「そんな……」


 落ち込んだ表情のまま櫂を握るパトリック。

 おそらく今パトリックは、対面に座るジョセフィーヌの姿越しに、後方でボートに乗り込むプリシラの姿を見つめているはずだった。

 やはり、どうにも違和感がある。

 パトリックはこんなにもウジウジする奴だっただろうか。

 あるいはこれが恋の病の為せる(わざ)か。


『あー、ちょっとイライラしてきた。好きなら好きって言えばいいじゃない』


 気持ちをを告げて拒否されるのが怖いのだろうか。

 相手のあることだから、上手くいかない可能性もあるだろうが、それを怖がってこちらから相手を避けていると、どんどん可能性を狭めてしまうことになりかねない。


「パトリック様。今が分水嶺ですよ? 先ほどの件で、おそらくプリシラさんは、パトリック様が自分をどのように思っているのか……、その真意が気になっておいでだと思います。今から直ちに誤解を解いて、素直な気持ちをお伝えすれば勝機は必ず……、……?」


 こちらが熱を込めて真剣に説得しているというのに、パトリックは急にボートを漕ぐのに夢中になり始めた。

 おや、と思って振り返ると、後ろからローランの漕ぐボートがぐんぐんと迫って来ていた。

 なるほど。他の者に今の話を聞かれまいとして距離を取ろうとしているのか。


「何故逃げるんですの? やはり、パトリック様はわたくしとお姉さまの仲を引き裂くおつもりですか?」


 エミリーの声が近くまで迫ってきている。

 意外なことに、エミリーが乗るボードを漕いでいるのはローランだった。

 プリシラとセドリックが乗るボードの方はそれよりも大分後方にいる。


「おい。勝負か、パトリック? 向こうの岸まで勝負するか?」


 ローランが子供のようにはしゃいで懸命に追いすがる。

 じきにパトリックが諦め漕ぐのを緩めると、二艘のボートが並走を始めた。


「お姉さま」


 エミリーがボートから身を乗り出し、こちらに手を差し出してくる。

 屈託なく笑ってはしゃぐエミリー。

 この舟遊びを存分に満喫しているようだ。

 エミリーももう十四なのだから、もう少し分別を付けて良い年頃だと思うが、まあ、折角王都の外の、こんな遠くにまで遊びに来たのだから、多少羽目を外したくもなるか。


「そんなに身を乗り出すと危ないですよ、エミリー」


 俺も片手を出して応えてやるが、ひととき触れ合った指と指はそのままツイーッと離れていってしまう。

 ローランの漕ぐボートは、なおも速度を増してパトリックの漕ぐボートを追い越していった。


「ああっ……。ちょっと、ローラン様? 話が違います。お姉さまの舟に追い付くというお約束でしたでしょう?」

「ああん? ちゃんと追い付いたじゃねーか。掴まってろ。もっとスピード出してやるから」


「もういいです。戻ってください。ああ、お姉さま。お姉さまぁ!」


 俺は遠ざかっていくエミリーの姿を見送りながら軽く手を振ってやった。

 あんなにはしゃいで、うっかり湖に落ちなければよいが……。


 俺は少し心配になってボートの真下の湖面を覗き込んだ。

 透き通った綺麗な水だが、底までは到底見通すことができない。

 かなりの深さになるだろう。

 気が付くとボートは湖の中央付近を漂い、四方をぐるりと真っ平な水面に囲われていた。

 風もなく、陽も穏やかで、舟遊びをするには持ってこいの日和と言えそうだ。


 ローランとエミリーのボートは、すでに声も届かないほど、かなり遠くに離れてしまっていた。

 セドリックとプリシラを乗せたもう一艘のボートは、ゆったりと近付いて来るが、それもこちらに追い付くにはまだ距離がある。

 広大な湖の上に一人取り残されたような感覚に陥り、俺はしばし、この雄大な自然の情景に浸っていた。


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