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怖い小噺

作者: 中尾リョウ

さあさあ皆様、ご来場ありがとうございます。

きょうも私のこのイケメンっぷりを眺めにきたんでしょう?

まぶしい。は?額が?ちょっとそこのアナタ、おわったら二人っきりでお話しましょうか。



さて、今回は「閉園後の遊園地」というお話です。

少々長くなりますが、どうぞお付き合い下さい。




その遊園地には、噂がある。


閉園時間を過ぎても敷地内にいると、二度と帰ってこられない。



まあ、良くある都市伝説です。本当のところは、閉園時間を過ぎてもこっそり残っていた人がいて騒ぎになったとか、中々帰ろうとしない客に困った遊園地側が流した噂だとか、色々と言われています。

こまかいことは良く分かりませんが、でもこの噂は皆知っていました。



さて、ここでこのお話の主人公。

仮に、名前をトオル君としましょう。



トオル君は、友達と一緒にこの遊園地に遊びに来ていました。

噂のことは勿論知っています。ただの都市伝説だし、そもそも閉園時間前には皆帰るし、と気にもとめていなかったんです。

このときは。



さて、この遊園地は広い。アトラクションも沢山あります。


中央には大きなお城があって、森や川、荒野や海の中をモチーフにしたエリアや、何かの童話や物語をモチーフにしたエリア。遊園地のキャラクターがあちこち闊歩していて、まるでここで暮らしているかのようです。小さな生き物たちも見え隠れしています。


大きな噴水がシンボルの、薔薇の生垣が迷路のように広がる公園のエリアもありますよ。中々にロマンチックで、デートスポットとしても人気なんだとか。


さらに、高い建物がいくつもあって、中には展望台がある場所も。おいしい食事が出来る場所も山ほどあります。


1日ではとても遊び尽くせない、とてもとても大きな遊園地です。どうです、なかなかワクワクするでしょう?




トオル君たちは、はじめは皆で一緒に遊んでいました。でもあまりに色々なものがあるので、行きたいところがあっちこっちバラバラになってきましたので、そのうち別れて遊びだしました。

しばらく遊んでいるうち、トオル君は皆とはぐれてしまいました。



携帯電話で友人と連絡をとりましたが、何せ遊園地の敷地が広いものだから合流するのも面倒くさい。まぁいいか、とトオル君は1人でぶらぶら歩きだしました。


見上げると清々しいほどの青空です。まだまだ日が高いですね。




日差しが暑く感じて、トオル君は建物の中に入りました。エレベーターで1番上の階に着いたら、そこは展望台。

360度、遊園地が見渡せます。

広すぎて1日じゃ遊びきれないよなー、なんて思いながら窓から離れたとき、近くにある台が目に留まりました。

ペンと、アンケート用紙、アンケートを入れる箱が置いてあります。

何となく気が向いて、トオル君はアンケートに記入し、箱に投函しました。




今度はエレベーターで下って、途中の階で降りました。

何だか凄く騒がしいですね。食事スペースのようです。


中世ヨーロッパ風とでもいえばいいのか、なんだか妙な格好をしたの人達がたくさんいます。

料理で山積みになったテーブルを囲んで、みんな笑いながら飲んだり食べたりしています。酔っぱらっている人もいます。注文をとっている店員さんが忙しそうです。


これもアトラクションの1つかな?

なんて考えながら、隙間をぬってうろうろキョロキョロ歩き回るトオル君。そんなことしてるから、人にぶつかるんですよ。


海賊のような格好をしている人に、背中から倒れ込んでしまいました。

すみません!と謝ったら、オゥかまやしねえよ坊主、1人か?なんて話しかけられて。

そのままご飯奢ってもらっちゃいました。ラッキーですね、トオル君。




え、怖い話はまだかって?

せっかちですねぇ。

もうちょっと、話を聞いてくださいよ。

ほら、この麗しい顔に免じて。ね?


はいはい、話を戻しますよ。




ご飯を奢ってもらって、いい気分になりながら1階へ降りてきたトオル君。

そのとき、ポケットにペンが入っているのに気が付きました。


アンケート書いたときのペン、持ってきちゃったんだ。もとに戻そう、と再びエレベーターのボタンを押します。


しかし。中々エレベーターがこない。しばらく待って、待って、ようやく目の前のエレベーターの扉が開きました。

早く返してこよ、と最上階のボタンを押しますが、今度はなかなか最上階につかない。


ようやくペンをもとの場所に戻したとき、別に律儀にここに戻さなくてもよかったんじゃん?と今更ながらに思ったトオル君。

別に1本しか置いてない訳じゃなかったし、他の場所に置いてもよかったじゃん、と。もしくはスタッフの人に渡すとか。


あー無駄に時間くったなぁ、なんて思いながらトオル君が外を見ると、少し日が傾いていました。




もう1つくらいアトラクション入ったら、帰ろうかな。

そう思ったトオル君は、近くにあったお化け屋敷に入りました。

1人でお化け屋敷なんて、勇気がありますね、トオル君。




そこは、日本の武家屋敷に似ていました。所々破れた障子が延々と続いていて、廊下の先は暗闇に包まれています。等間隔に置いてある蝋燭の火が、風もないのにゆらゆらと周囲を照らしています。

この中を1人歩いていくなんて、すごいですねトオル君。



すすす、と左側の障子が開きました。ネズミのような黒いものがいて、少しだけ立ち止まって、さっと走り抜けていきました。

驚いて立ち止まったら、今度はもう少し大きいものが近づいてきました。たぬきかな?と思ってみていたら、それもキッと鳴いて走り去って行きました。

何だろうと障子の奥を覗き込んだら、そちらに階段が続いています。

こっちがコースかな?とトオル君は階段を歩いていきます。螺旋階段になっていて、中央を見下ろすとそこも真っ暗闇。随分と深いように見えます。


さすがに怖くなってきたのか、トオル君は階段の踊り場にあった非常口の扉から外へ出ることにしたようです。



あれっ、と声が漏れました。

トオル君が出た場所は、外ではなく、ドアが沢山ある場所でした。

広い廊下に、赤いカーペットが敷かれています。

何だかホテルのフロアみたいだなぁ、と思った瞬間。ドアが一斉にバァン!と開きました。


中からスタッフの人たちがぞろぞろと出てきました。外にいたスタッフも同じ服装でしたから、すぐにわかりました。

やばっ、関係者以外立ち入り禁止の場所かな。トオル君は今出てきた扉を開けようとして、再び、あれっ、と。



そこに扉はありませんでした。



えっ。

どういうこと。



呆然とするトオル君。

その間にも、制服をきっちり着こなしたスタッフ達は、綺麗に隊列を組んで歩いていきます。

あとからあとからスタッフ達は出てきて、廊下の奥に吸い込まれるように進んでいきます。


邪魔にならないよう、廊下の端を横歩きで移動するトオル君。焦りつつ建物の外につながる場所を探します。

おっと、躓いた拍子に部屋の1つに入ってしまいました。




そこでトオル君の見たもの、想像つきます?


ああ、じらすなって?すみませんね、つい。




トオル君の見たもの。それは、クローゼットの中から次々と出てくるスタッフの姿でした。

同じ格好をしたスタッフが、延々と、延々とクローゼットの中から出てくるんです。

良く見たら、顔もみんな同じ。綺麗に一列になって、ドアの外へ出ていくのです。

一糸乱れぬ動きで、同じ微笑を浮かべて。



はた、とトオルは気付きました。

そういえば、遊園地にいるスタッフの顔、皆同じではなかったか?と。



どうして今まで気付かなかったんでしょうね?



途端に恐ろしくなったトオル君。ここから出なきゃ、と焦ります。ドアは後から後から涌き出てくるスタッフで塞がれて、通ることが出来ません。

あの列にまざるのは駄目な気がする。となると、窓は。いや、窓もない!


まずい、どこか出られるところは、と周囲を見渡します。そして、天井近くにある細い通路に気が付きました。


まるで大きなキャットウォークのようなその通路は、どうやら隣の部屋と繋がっているようです。

あそこから外に出られるかも、と登ろうとするトオル君。

が、如何せん高い位置にある通路です。なかなか全身をのせることが出来ない。


どうしようどうしよう、と棚に登って通路に手を掛けながら、パニックになるトオル君。

その時、腰をグイッと持ち上げられて、身体が浮き上がる感覚がしました。


ヒッ、喉がひきつるような叫び声が漏れました。


振り返ると、そこには1人のスタッフの姿が。

微笑を浮かべながら、人差し指を口にあてています。

どうやらこのスタッフが、通路の上にトオル君を押し上げてくれたようです。


口を押さえたトオル君。しばらく見つめ合い、そしておずおずと小さく頭を下げました。呼吸を整えて、細い通路を四つん這いで進みだします。

部屋を出る直前にちらりと視線をおくると、先程持ち上げてくれたスタッフは列に加わって歩いて行くのが見えました。



いくつもの部屋を通り過ぎますが、どの部屋でも、クローゼットからスタッフが涌き出て行きます。


四つん這いでひたすらに進みます。額から汗が流れて目に入ってもお構い無し。とにかくここから出なければ、と必死に手足を動かします。



ふと気がつくと、すでに外に出ていました。

空が見えます。日が暮れかかっています。



ここでトオル君は唐突に思い出しました。




閉園時間を過ぎても敷地内にいると、二度と帰ってこられない。




まずい、閉園時間は?今何時だ?いやそれよりまず遊園地から出ないと!ゲートはどこだ!

あっあった!入場ゲートだ!あそこから外に……なんだあれ?!



入場ゲートが、黒い渦になっています。

収縮を繰り返すように大きさを変えながら、ゆっくりとぐるぐるまわっています。

ゲート近くにいる人達は、何事もないように黒い渦の中に入っていきます。


えっ、えぇ。あれ入って大丈夫なの。

で、でも、みんな普通に入っていくし、大丈夫なのかな。

と、とにかく、遊園地から出ないとっ。そう、ここから出なくちゃ!



トオル君は走ります。

走りながら考えます。


考えてみたらおかしいじゃないか。

いくらこの遊園地が広いからって、展望台から遊園地の敷地しか見えないなんて。

着ぐるみのキャラクター、普通あんなに滑らかに動くか?喋っているとき口も動いてたぞ。

あの海賊っぽい人、何でおごってくれたんだ。スタッフなら奢らないだろ。スタッフじゃない?ならなんであんな格好してたんだ?

エレベーター、途中の階で止まったわけでもないのに、あんなに昇るのに時間かかるんだよ!


次々と疑問が浮かびます。

その間も必死に足を動かします。気持ちばかりが先走って、中々ゲートに辿り着けません。

早く、早く、早く!早く外へ!



走り続けるトオル君。

その距離がちっとも縮まっていないことに、いつになったら気が付くのでしょうね?



がむしゃらに走るトオル君。おっと、派手に転びました。

ああ、膝に血が滲んでいます。赤い血が。


すっ、と白いハンカチが目の前に差し出されました。

立ち上がれないまま視線を向けると、そこに1人のスタッフの姿が。


ー大丈夫かい、トオル?


確かにそう言いました。




これは誰だ。

この声をきいたことがある。

こんな顔の知り合いはいない。

なんで名前を知ってるんだ。

こいつを知っている気がする。


なんで。

なんなんだ。

おかしい、おかしいおかしいおかしいおかしい!


頭がぐらぐらする。

視界もぐらぐらする。

吐き気がする。

世界が廻る。

ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる……




ふと、トオル君は自分が歩いていることに気付きました。

遊園地の中央にある、大きなお城に向かって。

あのどこまでも続くスタッフの列に加わって、同じ格好をして、自分の意志と関係なく足が動いています。

あちこちから、スタッフの行列が城に向かって延びています。

ああ、頭がぼんやりする。



次に気付いたときには、どこかのエリアの一角で、道に迷った来場者を案内していました。

その次に気付いたときは、ウサギに似た生き物になって、敷地内を走り回っては人を驚かせて遊んでいました。

その次は通路の途中で手品をして周囲から拍手を浴びていて、そのつぎは軽快なリズムでダンスを踊っていて、そのつぎは魚になってみんなからジロジロ見られるのが怖くて岩陰に隠れていて、そのつぎは…





ご来場ありがとうございました。

またのご利用をお待ちしています。



気が付くと、トオル君は、遊園地の入場ゲートの前に立っていました。

はっとして周囲を見渡すと、夕暮れの町並みが広がっています。

目の前の遊園地は、もう閉まっていました。

閉園のアナウンスが聞こえてきます。



夢?


ピロン、と携帯電話が鳴りました。

全然返信ないけど、大丈夫か?帰ろうぜ。今どこ?


今行く!慌てて返信して、走り出すトオル君。

その膝には、絆創膏が貼ってあります。

ポケットから血の付いた白いハンカチが、ひらりと落ちて。

地面につく前にすっと消えました。




ーご来場、ありがとうございました。

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