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02 上から目線の芳野さん

 翌日の月曜日。


 いつものように登校すると、芳野さんの周りにはいつものように女子が集まっていた。いつもと違うのは、芳野さんの机に立て掛けてある黒いハードケースだ。

 いやいや……私物を持ってきたら駄目だろ。しかもお高いやつなのに。

 女子に囲まれて顔の見えない場所から、元気な声だけが聞こえた。


「おはよう! 猶崎君!!」


 男女を問わずクラスの全視線が、教室の出入り口に立つ僕に突き刺さる。

 慌てて教室からの脱出しようとする僕の背中に、追撃が飛んだ。


「逃げるなペナペナ君!!」

「誰がペナペナ君だよっ!?」


 思わず反応してしまった。みんなの視線が痛い。

 当然だ。クラスのアイドルが、『休憩時間は本を読むか寝ている系男子』の僕に朝の挨拶をするという、非日常的な出来事が発生したのだから。

 背中を冷たいものが伝う――そこにアイドルがつかつかと歩み寄った。


「おはよう。な・お・さ・き・君?」

「お、おはようごぜえますだ、芳野様」

「誰よ!? いいから来なさい!」


 腕を引かれ、芳野さんの机のある場所まで連行された。

 その行動の理由は分かる。お高いギターを見せたいのだろう。

 彼女がハードケースを開いたタイミングで、クラスの元気系男子である小池君がやってきた。


「芳野、ギターやんのかよ。俺も少しは弾けるぜ? ちょい貸してみろよ」


 そう言って伸ばされた手を、僕は反射的に掴んでしまった。

 咄嗟(とっさ)の行動の理由は、自分でもよく分からない。相手は怒って当然だ。


「おい猶崎。何してんだよ?」

「ま、待って。それは芳野さんの大切なギターだから」

「おいおい。お前になんの関係があんだよ。まさか彼氏気取りか?」

「うわキモーい……ストーカー?」


 周囲の女子まで嫌悪感を(あらわ)にする。

 違う。僕は彼女にとって、ただの同級生だ。


「いいから触らせろって」

「うわ小池っちもキモーい。変態ムーブすぎ」

「誰が変態だよっ!? 俺もギター弾けるって言っただろ!」


「触らないで」


 教室が凍り付きそうなほどの冷たい声――芳野さんだ。

 僕に腕を掴まれたままの小池君は、彼女を睨み返す。


「見せびらかすために持ってきたんだろ? だったら少しぐらい触らせろよ」

「うわ小池っちキモーい」

高峰(たかみね)、お前もうるせえよ!? 猶崎のほうがキモいだろ。なんなのこいつ?」

「知らなーい」


 当たり前だ。

 これまでずっと、目立たないように背を丸めて過ごしてきたのだから。

 こんなことになるなんて、昨日までの僕には想像すらできなかった。

 掴んだ手を振り(ほど)き、眉間に(しわ)を立てた小池君の顔が見上げる。


「なあ、猶崎。まさか芳野はお前に見せるためだけに、これを持ってきたとか言わないよな?」

「そ、それは――」

「そうよ? だから小池君は邪魔なんだけど」

「なっ!? ……マジかよ?」

「私と猶崎君はギタ友なんだから、邪魔しないで」

「ギタ友ってなんだよ?」

「おいおい。お前ら、いつまでくっちゃべってるんだ? ホームルーム始めるぞ。学際の内容詰めなきゃだろ?」


 担任の斉藤(さいとう)先生が教室に入り、裏拳でコンコンッと黒板を叩く。

 教卓の向こうに立った先生の視線の先には、開いたハードケースがあった。

 盗難などのトラブル防止のために、校則で私物の持ち込みは禁止されている。


「お前、それは……」

「せ、先生、違うんです。これは僕が――」

「学際でギター弾くのか、芳野? だけど、まだ持ってくるのは早いだろ」


 先生を止めようとした僕は、コントのようにずっこけた。


 クラスで何をやるのかは、まだ決まっていない。

 一足お先にコントの練習に取り組む僕のことなどスルーして、各々が自分の席に戻ると、秋の学園祭について話し合いが始まった。



§



「ごめんね。なんか大騒ぎになっちゃって」

「いや、僕が余計なことをしたせいだし」


 昼休み。

 前の休憩時間に受け取った小さな手紙に書かれていた内容に従って、僕は中庭のベンチに腰掛けてサンドイッチを食べていた。

 そこへ芳野さんがハードケース片手にやってきたのだ。


「隣、いいかな?」


 そう言って彼女は重厚なハードケースをベンチの横に立て掛け、背中のリュックから袋を取り出し僕の隣に座った。弁当が入っているのだろう。

 僕は口の中に残っていたサンドイッチの欠片を飲み込むと、コーヒー牛乳で喉を潤し、先程の話を続ける。


「僕のほうこそ、なんか誤解を招くようなことしてごめん」

「猶崎君は何もしてないでしょ? 悪いのは小池君だし」

「だけど、クラスでは距離を置いたほうがいいんじゃないかな……迷惑かけるし」

「どうして?」

「『なんであんなのと仲良くしてるんだ?』ってなるだろ」

「ならないわよ。そんなこと言う相手とは、私が距離を置くだけだし」

「それが駄目なんだよ。今までの人間関係が壊れる」

「うん? 別に構わないけど」


 平然とした顔でミートボールを頬張る顔も可愛い。冷めても美味しいやつだ。

 そんなことはどうでもいい。彼女の学園生活で僕はミートボール以下の存在だ。


「土曜日は、ちゃんと約束通りに行くから。学校では距離を置こう」

「嫌よ。せっかくのギタ友なのに!」


 ふくれっ面も可愛い。

 僕の中の僕が、「このまま押し負けてしまえ」と(ささや)く――いや、駄目だ。


「ぎ、ギター友達は僕だって嬉しいけど、迷惑をかけたくない」

「何が?」

「だから、こうして話してるだけでも芳野さんの時間が……」

「私は楽しんでるけど?」

「だけど、クラスの女子と一緒とかのほうが……」

「どういう趣味?」

「し、趣味とかじゃなくて、限られた時間をどう割り当てるのかって話だよ」

「うん。だから楽しいことがしたいなーって」

「噛み合わないな……」


 天を仰いだ僕の口に何かが捻じ込まれた。玉子焼きだ。


「美味しい?」

「うん……」

「猶崎君はさー、何か勘違いしてるんだよ。私は無理してクラスの女子と話を合わせるより、ギターの話がしたいだけだから」

「好きなんだなあ……ギターが」

「うん。クラスの女子よりも。猶崎君の趣味に合わなくてごめんね?」

「どういう趣味だよ!?」

「女の子同士でイチャイチャしてるのを眺めたいんじゃないの?」

「そ、それは……いいかもしれないけど、僕のはそういう意味じゃなくて……」

「うん。ありがと。だけど、私は自分の好きなことを優先するから」

「凄いな。芳野さんは」

「そうかなー? 小池君の腕ガシッと掴んだり、猶崎君の方が凄いと思うけど?」


 何も考えていなかっただけだ。

 あのあと「ごめん」と謝ると、小池君も「いいって」と言ってくれたが、本気で怒らせたら勝てる相手ではない。彼はスポーツ万能なのだから。

 僕は無駄に背が高いだけで何もない――だからギターでも始めようと思った。

 それが、こんなことになるとは……。


「あのさ、もしかして迷惑だったりする? 私がグイグイ系すぎて」

「うん。有難迷惑ってこういうことなんだと分かった」

「失礼ねっ! だって、嬉しかったんだもん」

「そんなに居ないものなの? ギタ友って」

「『私が上から目線になれる相手』ってとこなのよ。重要ポイントは」

「なるほど……芳野さんがそんな人だとは知らなかったよ」

「そんな人なのよー。怒った?」

「全然。むしろ僕が初心者で良かったよ。下から見上げればいいんだろ?」

「エッチ」

「なんで!?」


 馬鹿な掛け合いのあと弁当箱を片付けた芳野さんは、いそいそとギターをケースから取り出すと、少し(ゆる)めていた弦を締めて耳だけでチューニングを始めた。

 鮮やかなブルーのセミアコースティックギターだ。ボディーに空洞があるぶん、アンプ無しでもそこそこの音量がある。


「アンプで鳴らせないのは残念だけど。自慢したくて」

「大学受験も頑張って」

「うう、猶崎君って意地悪だったのね……頑張るわよ。駄目だったら没収だし」

「学際はどうするの? 結局弾くことに決まっちゃったけど」

「ど、どうしよう……」


 何も考えず『やる』と言ったのか。芳野さんは勢いだけで生きてるな。

 この学校に軽音部は無いのでライブステージは有志のみとなる。

 一人でどうするんだろう? バンドメンバーでも募るのかな。

 などと考えていると、隣から軽快にコードを掻き鳴らす音が聞こえてきた。


「なるようになるさー♪ ギタ友もいるしー♪」

「待って!? 僕は無理だから!」

「裏切るのかー♪ 私を一人置いて大海原に出るかー♪ 死出(しで)の旅かー♪」

「大海原ってなんだよ!? あと、ついでに殺さないで!!」


 やっぱり芳野さんは面白いなあ。

 そして、「はい」と渡されたお高いギターを受け取り、少し弾かせてもらう。

 やはり僕が弾くと、『ぺにょーん』と変な音がする。

 これでいい。きっと学際の件は諦めてくれるだろう。僕は大海原に出る。

 出ても死ぬみたいだけど。


「学際までみっちり練習だね! それか死出の旅だね!!」

「その二択なの!?」


 何故か港にガッチリ結わえ付けられた僕は、大海原には出られない。

 出ても死ぬみたいだけど。

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