7-祝福
俺が中学生のころ、大学生の青春を描いたドラマを見ていた。仲のいい友達同士の友情や恋愛のストーリーで、時には笑い合い、時には涙し合うような内容だった。その中で印象に残っているのは男3人、女3人のグループでいつも行動していたことだ。日常であるはずの昼ごはんのシーンが、まるで合コンのように見えていた。
俺は大学生になればこんな生活がやってくると夢見ていた。自分が大学生になるまでずっと。しかし、現実は違った。人数は同じでも男3人、男3人で向かい合って安い学食を食べる暑苦しい毎日だ。
そんなドラマの日々とは、かけ離れた生活を送っていた俺だが、ついにそんな悲しい日々とも別れを告げる日が来るかもしれない。
そう、坪川さんと二人で遊びに行くことが決まったのだ。
これは大輔に報告しなければいけない。そして感謝しなければいけない。
最初に大輔に友達申請をされた時は、強引なやつだなとも思っていたが、今となっては、その強引さに感謝している。
「こんばんは!いらっしゃいませ!」
俺が受付をしていると大輔が現れた。
「大輔。今日ファミレス行かない?ちょっと話したい事あるんだよ」
「……いいよ。実は俺もちょっと話したいことがある」
少し言葉を詰まらせながら大輔が返事をした。
いつもと雰囲気が違う。
元気がないというよりは、後ろめたい何かがあるような感じがした。ファミレスで話してくれるようなので、その場で詮索はしなかった。
なんだろう?急に不安になった。
自分が浮かれていることで何か大輔に迷惑をかけているのではないかと心配になった。俺だけ上手くいったことが気に食わないのか。いや、大輔はまだ知らないはずだし、そんなことで怒る男ではない。しかし、これだけ大輔にお世話になっておきながら何もお返しできていないのも事実だ。
自分の恋愛に浮かれて友情にひびが入るなんて、そんなよくある漫画のような失敗はしたくない!今日は自分の話だけでなく、大輔の話も落ち着いて聞こう。そして今度は大輔の背中を押してあげられるようになろう。そう心の内で決意しながら次のお客を迎える。
---バイト後のファミレス。
「俺はマヨコーンピザにするわ」
「またそれかよ」
ボケたつもりではないのだが、ツッコミを返す余裕はあるようで安心した。落ち込んでいるような雰囲気ではない。
「これがちょうどいいんだって」
「まぁ好きならいいんだけど……」
きっと周りから見れば普通の会話に聞こえるだろう。だが、いつもと違うことに俺は気づいている。
「あのさ、大輔に報告があったんだけど。その前に……大輔さ、なんかあった?」
大輔自身も俺が異変に気付いていることを察していたらしい。そんな表情をしている。
「……うん。まぁね」
「やっぱそうか。なんか今日、いつもと違う感じがしたから……。何があったの?」
「いや、太一も話したいことあったんだろ?そっちから聞くよ」
「そうだけど……。なんかモヤモヤするし、大輔から話してよ」
「……わかった」
大輔は一度大きく深呼吸した。
「実は……。俺、なつこちゃんと付き合うことになった」
「えっ?」
全く想像していなかった。あまりの急な話に、良い話なのか、良くない話なのかもわからなかった。
「えっと……。なつこちゃんって、こないだの、坪川さんと一緒にいた子?」
「そう」
「あっ、そうなんだ!おめでとう!」
……これで良かったよな?この場面の返事としては。
未だに理解が追いつかない。
俺は坪川さんが好きだ。大輔も応援してくれている。
なつこちゃんは坪川さんの友達だ。大輔は俺の友達だ。その2人が付き合った。
良い話で合ってるよな?
そこからは俺の中でいろんな疑問が溢れてきた。
相手は仲の良い大輔だ。落ち着いて聞いていけばいい。
「いつ付き合ったの?」
「こないだの週末、遊びに行った時だよ」
大輔となつこちゃんが連絡とってるのは知っていた。
だがここまで進展していたとは……。
それに俺は坪川さんと遊びに行くことが決まっただけでこんなに舞い上がっていたのに……。
そうか、大輔はきっとあれだ。俺より先に自分が付き合ったから、俺に対して後ろめたい気持ちがあるんだな!そうに違いない。
正直言えば羨ましい気持ちはある。しかし、そんな程度で俺たちの友情にひびが入るほど俺は心が狭くない。
「あー、もしかしてあれか?俺より先に付き合ったから言いにくかったんか?」
「……そう。なんかごめんな。たしかに最初にご飯行く前から、坪川さんの友達となんかあればラッキー!みたいな気持ちはあったけどさ……。ホントに起こるとは。しかもこんな早く。本当にごめん」
「いや、全然大丈夫だよ。俺が大輔でも、それくらいの下心持ってたと思うし」
大輔の様子がおかしかった原因が判明して安心した。
「それにしても付き合うまで早かったね。はじめましてから、1ヶ月もないくらいかな?」
そこからは軽めののろけを挟みながら大輔となつこちゃんが付き合うまでの流れを話してくれた。どうやらなつこちゃんからのアタックがすごかったらしい。
「今週も遊びに行こうと思ってるよ」
「さすがやなー。アツアツカップル感を楽しんでるね」
「まあね。初彼女だし。で、太一の話って何だった?」
そうだった。俺の話があるんだった。大輔の話が大きすぎて、自分の番が回ってくることを忘れていた。
「まぁ、あれだよ。今度、坪川さんと遊びに行くことが決まったよって言おうとしてただけ」
「良かったやん!やっと2人で行けるんやな!」
「……そう。やっと2人。楽しんでくるわ」
大輔に悪気はない。そんなことわかってる。だが、どうしても『まだその段階か?』と思われているような気がしてならなかった。
そこからは大輔ののろけ話に付き合った。
ちゃんと聞いていたつもりだったが8割くらい覚えていない。
それよりも、大輔が話している間に、自分が上手く笑顔を作れているかが気になっていた。
自宅に戻ると心に穴が空いたような気分になった。
仲のいい友達に彼女が出来たのだ。
なのに心から祝福できていないような、この感情はなんだろう。
こんな気持ちになるなんて。
最低だ。
悲しさと喜び、そして自分を責める想いで押しつぶされそうだった。
複雑な気持ちを押し込めて、ベットにうずくまっていると部屋のインターホンが鳴った。こんな遅い時間に。
外を覗くとそこには白いベレー帽が見えた。